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第1話:なんでここに居るの?



ふと気が付くと目の前に生き物が見えた。デカい、地域を走る路線バスを思い出す巨大さだ。

匂いを感じるほどに近づけられていた顔はネコ科のそれだったが、体が異様に胴長で、脚が3対で6本生えている。中央の脚と後ろ脚の先から伸びた長い毛が重力を無視するように揺れている。

銀色の毛皮に浮かぶ斑紋は、胸元から体の末端へ流れるように発光しており、脈か何かに合わせて等間隔で輝いては洞窟を青く照らしていた。ジワジワとこの存在は作りものじゃないと理解していき、理由も無く小さな悲鳴が口から洩れてしまった。


「何をしている?」

「えっ!?えっ?」

「・・・?」


余りの恐怖心からへたりこんだまま見つめるしか出来ないでいると、急にライオンの唸るような声が聞こえ、素っ頓狂な声が出てしまった。

巨大な生き物は疑問符を浮かべながら前脚だと思っていた二脚を地面から離し、残った4つ脚でバランスを整えつつ頭を上げてこちらを見下げた。

その姿はまるで上半身の短いケンタウロスのようだ。

先ほどまでこちらに合わせその上半身ごと視線を下げていたらしい。よく見ると上げられた前脚は肩から人間の手と作りが近く、腕という方が正しいようだった。


「いえ、な、何もないです」

「・・・早々に消えるがいい、これ以上貴様に割く時間はない」

「あ・・・はい、さようなら・・・」


拡声器を使い建築物の三階あたりから話しかけられているようだ。声を出すときだけ口を小さく開いており、その隙間から青白い光が漏れていた。

完全に理解の及ばない次元の生き物だ。軟弱な人間にとっては恐怖そのもので、フラフラと後ずさりしておびえつつ、その時はただ洞窟を出ていく事しか考えられなかった。







「っ・・・あっついな」


外へ抜けると山の中だった。灼熱の太陽が木々の間から顔を見せていて、気温が妙に高く感じた。おかしいな、たしか季節は秋だったはずなんだけど。というかなんでこんなもの着てるんだ?と被っていた深緑のローブに不思議がり、脱いで小脇に抱えこんだ。今度はじわりと左腕に汗が浮いてきて正直捨てたい気持ちになった。


なんだこれは。今日は休みで、食後のまどろみの中陽だまりで昼寝していたはずで、14歳の男子中学生にしては余りに灰色の休日だと自嘲していたのが記憶に新しい。場所と時間と、ついでに服装まで一瞬のうちに変えられて。夢にしては現実味が強すぎて、手の込んだドッキリにしては余りにネタバラシが遅すぎだ。


左右を見渡すと見慣れない植生だった。踏みなれない握りこぶし大の楕円の塊が沢山乗った土、鮮やかな菌類の広がる、何十人で取り囲めばいいのかという太さの幹、それが途中からひとりでにねじれながら成層圏までありそうなくらい高く伸びているので青空を映す視野角がなんとなく狭かった。教科書でもテレビでもこんな森は見たことが無く、なんというか見渡しているだけで気分が悪くなってくる。余りのスケール感に何もする気になれず、そのまま少しの間顔を上げていると見慣れないシルエットが編隊して空を舞っているのが見えた。


「ワニみたいな・・・アゴと、コウモリみたいな翼・・・しかも・・・でかい。」


なるほど、一言で言うならば翼竜だろうか。


「あはは」


もうなんというか笑うしかない。


これは、いわゆる異世界というやつか?興味が無いジャンルだったけど一度は目を通した方がよかったかもしれないなと後悔した。セオリーが、これから僕がどうすればいいかわからない。空を舞う翼竜を眺めぼんやりとしていると、空から何か土のようなものが落ちてきた。たぶん翼竜が落としてきたフンだ。咄嗟に左手に抱きかかえていたローブで防いだが、フンの飛散は数メートル手前で終わっていたらしく何も被害は無かった。肉食特有の鼻をつく匂いが辺りにただよい、なんとなく恐怖心がぶり返してきた。僕がここに居るのは気づいていないらしいが、見つかれば降りてくるかもしれず、そうなると逃げられない。


(流石に死にたくないし、背に腹は代えられない。)


とりあえず、これがただの夢だったらそれでいいじゃないか。現実だったら食べられて終わりなんて本当に最悪だ。震える手で緑のローブを羽織りなおし、森にカムフラージュして下山する事にした。さっき見た洞窟の主が、この入口を通る時この惨状を見たら怒らないかなと思い、どちらかというと翼竜よりも洞窟の主に恐怖している事に気付く。そうだ、ぼやぼやしてないで早く動かないと。まずは山を下りつつ水場を探そう。それ以外の事を考えるのはそれからだとあたりを見渡し、獣道だと思われる方へ歩みを進めた。






(やった、水だ!)


下山を始め30分ほど経ったか。この山、一言で言うとスケールが何もかも違っていた。ヘラジカクラスの図体の大きな生き物を途中で見かけ、おぞましさにおびえつつ歩を進めていたが、あちらはあまり人間を恐れていない様だった。目が合っても草を食む事の方が大事だと言わんばかりに無視された。背に生えそろったヤマアラシのような針が印象的だった。一般に林床とされる空間が妙に高いようで、これが丁度良い保護色と身の守りになるのだろう。


そんなわけで先が見えづらく、下るのではなく見渡しの良いところに出て周囲を確認した方がいい気もしてきたが、この生き物の様子だと近辺に人間の集団など期待できない気がしてきた。草食の割に人間に対する警戒心が無さすぎる。


死の気配のするけもの道が分け入っても分け入っても延々と行く手を阻み、粒の大きな地面にも苔が生えそろっていてとても歩きづらい。遠目に果実とみられる物も見つけた。柿色をしたしなびたぶどうのようだ。試しにその木の足元の、落ちて斜面を滑っていった状態の良さそうなものを一口食べてもみたが、苦くてとても食べづらい。20ほど回収してみたが、相当腹が減らないと食べる気にならないだろう。ああ、なんというか、多面的につらい。


そうしている内に息を弾ませつつ、渇き始めた口内を舌でなぞって喉の渇きを再認識した。数分前にとらえた鳥の声を辿ってみて正解だった。次第に水の流れが聞こえてきて、ついには渓谷があった。あの水辺まではまっすぐ降りられれば10mくらいだろうか、渓谷を見渡してどう降りるか道を探していると、数匹の魚が水中を泳いでいるのを視認できた。煮沸殺菌さえできれば水も害は少なそうだし、必要なら彼らを獲って栄養にするのもアリかもしれない。


持ちやすい枝を手に取り、岩肌を軽く突いてみる。がっちりとした岩だ。苔にさえ足を取られなければ問題なく降りていけそうだと思う。先端を折ってささくれさせ、杖にしながら少しでも安定感のある移動先を選んだ。一まず、休憩できる状況が作れて安心だ。川に沿って降りていけばいずれ港にでもつくかもしれない。木に目印をつけながら来たので最悪あの獣道にも戻れる。


(まず情報が欲しいな)


降りるにつれ木の陰がなくなり、日差しをモロに浴び始めた。これから太陽で方位は知れるし、どういう形をした山なのか川辺でガラス質の石を探してみるのもいいかもしれない。火打石を探すのもついでになる。ただ、必要な情報はそういうのではなく、ここが元居た世界なのか、そうでないのかを裏付ける情報だ。


(気が付いてからこれだけ時間が経ってなんともないから酸素濃度は同じだろう。重力も多分同じ。ほぼ地球と同じなのに・・・)


不可解なものが多すぎる。知ってる生き物なんて一つも見なかったし、植物の大きさはどれも過剰にありすぎる。あの翼竜や洞窟の主なんてどうだ、どう進化したらああなるんだ。途中、猫のようなサイズの節足動物がいくつも足元を這っていったのはかなりびっくりしたし、生存戦争がかなり進んでいるのだろうか?恒星と惑星の位置がそっくりなだけの別の星と言われた方が納得ができる。あるいはイメージの中の白亜紀とか、中生代を想起するような。


(もし、そうだとしたら。人間がいるのだろうか)


あるいは、それに準ずる知的生命体などが。僕の疑問に答えてくれる何者かが。異世界。まさかこんな事を真面目に考える日が来るなんてと苦笑いが浮かんだ。


「うわっ!」


考えに頭のリソースを割きすぎた結果か、底まであと2mほどの高さで足を滑らせてしまった。掴んでいた枝が運よく岩の隙間に引っ掛かり、それを強く握りこんでいたために地面に激突しないで済んだようだ。降り立つ先が苔の無い、白く平たい岩であることを確認し、ぱっと手を放して着地した。


(・・・元の日常に戻れないかもしれない)


これだ。これが一番の不安要素だ。このままこんなハードな世界で生き続けるなんて僕には無理だ。もって数日か、それもこういう風に運が良ければの話だ。怪我はなんとかなるが、病気にかかる事や肉食獣などに襲われる事、死ねる理由なんていくらでも思いつく。


はぁーとため息をついて離した枝を見ると、遠方で翼竜がまた空を舞っているのが見えた。急いで水をローブにふくませて被りなおし、近くの木陰の下に潜り込んで見えなくなるのを待つ事にした。うわ、なんとなく雲が増え始めている気がするな。


(山の天気は変わりやすいと聞いたことがある。曇るだけならまだしも、雨とか降ると困るぞ)


枝を一本折って石に挟んで立てかけた。影の先に色違いの石を置いて時間を待つことにする。東西線さえ出せれば迷うことはないのだ、移動するにしても方位を知っているというのはこれまでとは安心感が違うだろう。


「・・・」


荒れた呼吸が治まっていく。生ぬるい風がやさしく頬を撫でてきた。もし雨が降ったら流石に川辺には居られないなと思い、ため息をついた。ああ、なんというか、全面的につらい。










できたら続きあげます

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