ぷろろぐ
体壊した療養中の社畜が書きました。治ってないけど明後日からまた仕事です。
「あ痛っ!」
人身事故だ。
前方で白いスーツを着た二人組の一人が、僕の横を通り過ぎていった車に接触した。車は止まる事なく走り去っていき、視界が効くギリギリのところで我に返った僕は目を凝らしてナンバーをひかえた。
大丈夫ですか!と二人組に駆け寄りつつポケットに手を入れて電話を掛けようとすると、もう一方の小太りの男に手のひらを突き出され静止させられた。
「で、でも事故ですし」
「いや、いやいや。我々は急いでいてね、大事な仕事が待っているんだ。やめてくれ。」
ばっさりと切り捨てるような勢いだったが、諭すような声でもあった。次いで、さあいくぞ、と肘を抑えてうずくまる男のわきに腕を入れて立ち上がらせようとする。
「ぐううっ!」
痛みのせいだろう、うめき声が聞こえてきた。ギリギリ二車線無いくらいの道なのにかなりの速度が出ていた印象があり、あの勢いなら折れていたり打ち身になっている可能性が高い。
「とりあえず道の脇へ。当たったところを見てみましょう。」
幸い歩く分には問題なさそうだった。電柱の陰まで歩かせてゆっくりと白いスーツを半身分脱がせ、学生カバンからハサミを取り出して袖から肘の上までシャツを切り開いた。
「わ、真っ赤になってますね。」
「うむ。・・・で、君に何ができると言うんだい?」
前腕の上部広範囲が内出血を起こしている。これは痛そうだ、皮が裂けていれば相当血が出ていただろう。指を持ってこちら側にやさしく引いてみると、小さな悲鳴が聞こえた。
「それは、その・・・・・・うーん。」
そこで直接触れないように患部に手を添えて、一呼吸置いた。痛々しそうな様子を見て一周回って落ち着いてきたのか、悩みながら状況を整理する。
なんか、変だ。
なんか、場面が出来すぎている。
あの勢いでぶつかれば車内にも相当衝撃音が鳴りそうなものだが、あの車からは一瞬の減速の様子も見られなかった。あいつが降りて事故処理してたら僕も今頃帰路につき直していただろうに。
「どうも出来ないのかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そしてこの男だ。
声のしてくる方へゆっくりと視線を返した。この人も急いでいるとは言っていたが、それほど必死な気配が無い。
普通警察呼んだりするだろう。何かあったら僕のことも証人に出来るし、なんなら僕に彼を任せて自分だけ仕事に行けば、多少遅れたとしても相手方に申し訳も立つんじゃないか。
何で悠長に待ってる?何故期待をする。というかなんで白服なんだ?顔つきや躰つきが反社会的勢力のそれではない。どちらかというと中堅サラリーマンのそれだ。なのに派手過ぎる。
目立ちすぎるだろう、世間の目や、汚れが。
「・・・おや?見間違えだったみたいですね。」
「え?」
いや、情報が少なすぎる、答えを出し切れない。考えることをやめて一度逃げる事にしよう。
視線を持っていた指の先に戻し、怪我など無いと二人にそう伝えた。男たちが同じ方へ視線を送ると、健常そうな肌色だけがそこに在った。
「あれ?痛くない」
「何もない・・・いや、治っている・・・?」
仰天の面持ちでそれを見た二人が、少ししてから小さな声で本物だ、とか二人目、とか何か小さい声で話し始めた。嫌な予感が現実味を帯び始めていた。
治した部分を動かして状態を確認し、その場から早足で去ることにした。たぶん誤魔化せないだろうが、証拠もない。出血が無かったのは本当によかったなと思った。
たぶん、これはテストのようなものだ。間違いなく試されている。
「では。」
「あっ、待ちたまえ!」
別にやらなくてもよかった。だがここまできて何もしなければ良心が痛んだだろう、何か他の治療法を知っていた訳でもないし、放置してさようならをしたところでこの手合いがまた僕の前に現れない可能性も無い。
誰かから聞いた僕の力を直接確かめようとし、そうしてまんまと力を使わされた。とりあえずはこうだ。たぶんあの車のやつもグルだ、白かったし。これはこじつけだが。
さて、目的は何だ?彼らは何者だ?どれくらいの組織に属している?秘密を洩らしたのは誰で、この力を知っている人の中に信頼できる人は何人だ?今すぐ相談できそうか?もしもの時、誰に、どれだけ迷惑をかける?
「待ってくれ、少年!待ってくれ!ひき逃げの目撃者になって欲しい!!」
歩きながらこれからどうするか考えていると、先程力を使った男からかなりの声量で呼び止められた。それはこちらの足を留まらせるには十分の動機と熱意だった。
そのまま全力で駆けつけてきてありがとうと頭を下げられて、小太りな方が被害者だったら怪しんでいなかったかもしれないなとか思ってしまった。
「ごめんね、轢かれた事は間違いないからね。とりあえず名前と電話番号だけでも」
用意周到だがそんなことも調べていないのかと思いつつ、流れるように懐から差し出されたメモとペンに黙って文字を書きこんだ。
「・・・アカジくん、でいいのかな?珍しい名前だね。」
「いえ、赤治です。」
そのまま黙って去ろうとしたが、覚え間違えはやめて欲しいという気持ちの方が勝って訂正してしまった。
小学生の時はこの名前のおかげでよく馬鹿にされた覚えがある。今となっては自虐ネタとして便利なのだが。
「すまん、すまんすまん。もうちょっとだけ話ができないかな?」
踵を返した僕に小走りで追いついてきたもう一人がそう呼びかけてきた。急いでいるんじゃなかったんですか?と返そうとしたが、あからさまに警戒していると思われるのも不都合そうだと思い、視線だけ相手に返した。
小太りの男はにやりと笑いつつ名刺を手に取り、両手でそれを差し出して目を合わせてきた。
「どうだね。世界を・・・救ってみないか。」
「お断りします。」
出来次第続き上げます