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世界観が同じシリーズ

勤勉を常とする伯爵家当主は婚約破棄撤回のために奔走する

前作(https://ncode.syosetu.com/n4462ib/)の別視点です。お父さん。

ツネルガットの栄光は勤勉により成る。


現ツネルガット伯であるガイゼル・ツネルガットはそのことを身に染みて知っていた。というのも、ガイゼル自身が勤勉さによって立身出世し、逆を言えばそれ以外の才覚を発揮することがなかったためだ。


ツネルガットの血統は生真面目で努力家だが、さほど頭の出来がいい訳ではない。


ガイゼルの息子にはその特徴が特に強く出ていた。


生真面目で努力家で、融通が利かない。年齢や生まれ持っての性格もあるだろうが、実にツネルガットらしい跡取り息子だ。


「初学年の成績表です」


二つ折りにされた厚紙には悪くない数字が並ぶ。


提出物に授業態度、課外活動と、努力に左右される項目はすべて優だ。応用力が必要な実技テストや実地訓練はそこそこ。


よく頑張っている。


「お前の目立つ祝福もこの成績なら過分と思われないだろう。これからも励むように」


そんな息子に、努力以外をしろと言うのは酷だ。


本当は、立ち止まって自らを顧みることも覚えてほしい。


努力が報われないときもある。そんなときに心折れぬよう柔軟であってほしい。


自身が勤勉さによって立身出世し、逆を言えばそれ以外の才覚を発揮することがなかったガイゼルは、人からそれを言われることが残酷でときには無意味であることを知っていた。


チルバイトハインの長女と出会ったのはそんなときだ。


「お初にお目にかかります。イライザ・チルバイトハインと申します」


興味を持ったのはもちろん、息子と同じ歳だったからだ。チルバイトハインと近い領地の貴族が開いた昼食会だった。


「では息子と同じ初学年かな」

「いいえ。私は領地で勉強しております」

「昨今は、若い女性も嫁入り修行のため学園に通うものだというが」

「決められた水準の証明は貴族の婚姻に役立ちますから。でもそれだと私どもの領地にはそぐわなくて。もし幸運にも、家と家を繋ぐ役目を給わったならば、私も学園で学びたいと思います」


息子の伴侶に理想的だと思った。


チルバイトハイン辺境伯は最初の妻を早くに亡くし、娘二人をことさら可愛がっている。しかし、二人いる娘のどちらも手元に残しておけるものではない。家を継がない娘は嫁に出すしかないだろう。


そこを突いた。息子の珍しい祝福を、里帰りが容易いと売り込んだのだ。


貴族の当主らしいいい仕事をしたと思う。


そしてその婚約を息子が破棄してきた。


「あのような怠け者は勤勉をならいとするツネルガット家にふさわしくありません!チルバイトハイン家にはウルリナ嬢を嫁がせるよう申し入れください!」

「できるわけがないだろう撤回だ!なかったことにせよ!」

「何故です!」


生真面目で努力家だが融通が利かない息子に、そんなお前には才覚に優れ名より実を取る賢さのある女性をあてがいたいのだなどとは言えない。


「とにかく撤回だ!婚約破棄など許さぬ!」


勤勉を常とし他に優れたところはない。自身のことをそう分析するガイゼルは、婚約破棄撤回のために親友の屋敷を訪れた。知恵を借りるためだ。


「思い切ったよなぁ」


学生の頃からの親友はそう言った。


「まず謝罪することだな。それで、ご令嬢の名誉を回復するためとか謝意に見せかけてこちらに取り込むんだ」

「助かる。この礼はまたの訪問で」

「俺はいつまでお前の家を出禁なんだ。娘も息子も正式な紹介を待っているのに」

「其方らの血統は時期によっては我々ツネルガットに毒だ。妹君のように取り繕えるようになってから来てくれ」

「そのうち勝手に押しかけるぞ」


貴重な祝福を多く出す家系で、当人たちもよく頭が回る。賢い一族なのだ。


その分遊び好きで、場合によっては責任よりも自身の感性を優先する。この親友とも若いうちにはよくぶつかった。息子に引き合わせるのは、息子がもう少し落ち着いて、親友やその子らと上手くやれると確信できてからにしたい。


今は駄目だ。


「内々の、口約束だけのものでしたからね」


チルバイトハイン家の当主は穏やかにそう言った。息子の非礼を責めることなく、しかしもうこの婚約には興味がない様子だ。


「そこを何とか」

「そうは言いましても」


イライザ嬢とよく似た顔立ちに柔和な笑みを浮かべて辺境伯は言う。


「ウルリナももう結婚しましたし」

「そうですか。いえツネルガットはぜひイライザ嬢を、今結婚とおっしゃいましたかな」

「ええ。私は早いと言ったんですが。婿に来てくれるそうなので」


ウルリナ嬢はイライザ嬢の異母妹である。貴族は祝福を持って自らの領地を守り発展させる。生まれ持った祝福によって跡取りを決めるのはよくあることだ。"豊穣"は、どの領地でも欲しがるが、辺境を治めるならもっと護身に役立つ祝福が望ましい。


しかしあまりにも早い。ウルリナ嬢は息子と同い年のイライザ嬢よりさらに年下なのだ。


驚きのあまり友の授けてくれた話術を発揮することができなかった。婚約破棄の撤回はならなかった。


息子が婚約破棄を撤回したいと言い出したのはその数日後だ。


「人の努力は、学業の成績だけに表れるものではないと気づいたのです」


遅いのではないか、息子よ。あと少し早くそのことに気づいてくれたら父はこのような苦労をする必要がなかったのでは。


泣き言はしかし勤勉を常とするツネルガット家の当主として飲み込む。


「もとよりツネルガットはイライザ嬢との婚約を推める心づもりでいる。そなたの行動は礼を失していた。誠意を見せよ」

「はい」


本人が乗り気であるというのは前向きで良いことだ。一方的な気持ちであるが。


しかしどうして、辺境伯領に押しかける息子が追い返されることはなかった。あそこの家はそういったおおらかさがある。


婚約が再度結ばれるには至らないものの、息子が通うことを知っていてイライザ嬢に縁談を持ち込む者もいない。イライザ嬢がツネルガット以外に嫁ぐのは絶望的な状況になって、ガイゼルはやっと一息ついた。


「無駄な苦労であった…」

「そんなことありませんよ。よかったではないですか。ワイリーがそんなに夢中になるなんて、会うのが楽しみだわ」

「貴女のように素敵な女性だよ」


息子の恋が上手くいってもいかなくても、そろそろ親友の子供たちと交流を持たせようと思った。


親友の娘と息子はどちらも"転移"の祝福持ちで、これ以上抑えていては実力行使に出る。面識のない従姉弟たちに突然目の前に押しかけられては息子が不憫だ。

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