恋愛ゲームとゆるやかな変化、急な知らせ
初夜事件から3か月
アシュティンとジャンカルロの関係がちょっとずつ近くなっていた。
それは初夜事件から3日目のことだった。
「アシュティン、ゲームをしよう!」
「はい。今日は何のゲームですか?」
にこやかに応じた彼女に対し、そわそわとしながら何やら最初にお互いで書いた誓約書と白紙の紙を彼は持ち出してきた。
「残り1年と3か月後にこの誓約書の内容に違反すれば、相応に罰がくだる。」
「え?そうですね。」
「だから、追加事項を付けたい。」
「それとゲームとどう関係するのですか?」
話しが読めず困惑する彼女に、早口気味になり遮りながら内容を彼は口にした。
「まず、これは初夜のため、子供を作るにあたっての誓約書だ。」
「そう、ですね…?この間、未遂とは言え初夜を迎えたから変更したいということでしょうか…?」
「まずお互いの認識のずれと感情のずれを修正したい。アシュティンには、性教育…あー…子供を作るのにあたって必要な知識を学んでほしい。」
「はい。…え、知識って?」
「それから俺はアシュティンを異性として好きだが、君はそこまでいってないな?」
「っあ、それは―」
「だから俺は残りの1年3か月のあいだに君と両想いになれるよう、口説き落とそうと思う。」
「く、口説く??」
「それにあたって、段階をゲームにしていこうと考えたんだ。」
「はぃ?え?」
白紙の紙に条件が書き加えられていく。
「レベル1、食べさせあい(クリア)、手をつなぐ(未クリア)、遠出(未クリア)。
レベル2(解放条件はアシュティンの知識量と感情による)、抱擁(未クリア)―」
「待ってください。待って!!」
後半でうっかり祖国語がでてしまうほど、彼女は動揺していた。レベルが上がるほど、恋人や夫婦の人しかしないものになっていく。もうかなりジャンカルロへの恋心を自覚してきている彼女には、すぐさま同意してしまいそうな内容ばかりだった。
「それはレベルをつけるほどのものですか?夫婦になったのですから、段階を踏む必要は…」
「だめだ!君が無垢なのを良いことに俺の理性が崩壊したら意味がない。まだ1年以上あるのだから、君が知識を得て両想いになるまでに時間をかけるべきだ。」
(先日の初夜未遂があったから何か考えがあるのかしら…?)
アシュティンは少し考えて、ジャンカルロに抱き着いた。王は裏返った声をこぼす。
「何っだっ!?」
「未クリアのものを飛ばしてしまいましたが、その場合はどうするんですか?」
服越しに彼の心臓が跳ねるような連動になったことを嬉しく感じながら、いたずらっ子のように彼女は笑った。
(これがジャンカルロの望みならば、どれも叶えたい。私の恋はとっくに…)
猫のようにすり寄るアシュティンに、ジャンカルロは真っ赤になった顔を片手で覆いかけたが、ニヤリと笑って抱擁を返した。
「君の感情も優先条件だから、このくらいなら遠慮はしない。」
「えっ、あっ!」
「あくまで、両想いになるまでの‟ゲーム“だ。」
「きゅ、急に意地悪な顔をしないでください!!」
(私の心臓まで早くなってることが、ばれてしまう!!)
逆に真っ赤になったアシュティンが抜け出そうともがくが、小柄な彼女はすっぽりと腕の中におさまってびくともしない。
「俺はゲームに勝つまでやるのは知っているだろう?」
「ここ数カ月で身を持っていますとも!!」
「勝った後も飽きずに続けることも知っているよな?」
「っう…。それは、下手は告白よりも実感が湧きます。」
「ん?…下手…。下手…いや、長いゲームになるが、一緒にやってくれるよな?」
王の生き生きとした瞳に覗き込まれ、先の未来で完全敗北を察した王妃は涙目で頷いた。
「王妃様。またお会いできて嬉しいわぁ。」
「こここ、これから、よろしくお願いします。」
ライムイエローたちの接近禁止が解除され、妃宮に再び彼女たちはやってきた。どうにも初対面の苦手意識で逃げ腰になってしまうが、それでもアシュティンは授業について意気込んでもいた。
(祖国では無かった貴重な知識を必ずものにしたい。)
自国の文化の認識ずれはあるものの、彼女は提示されたゲームに乗り気になっている。ジャンカルロは、アシュティンが無知を自覚してさらすことへの抵抗を心配しての考慮もゲームに含めていた。だが、勤勉な彼女は新しい知識には妃教育同様に積極的に挑んでいった。
彼の予想以上に飲み込みの早いアシュティンは、ライムイエローとの授業内容をハイスピードで覚えていき、レベル2の解放条件にあっさりと1週間で到達した。
「レベル1の手をつなぐと遠出、が未クリアでしたね。今の状勢でしたら、城下町のゲストハウスまでいきませんか?そこの庭園を散歩してみたいんです。」
「積極的で何よりだ。だが、ゲストハウスよりいい温室庭園を予約した。そこで半日だがゆっくりしよう。」
「期間までに未クリアがあれば、ゲーム失敗。初夜延期もあるのですから、私だって頑張りますよ…。」
ちょっと恥ずかしそうに頬を染めるアシュティンは自身が勝った場合こと、両想いにならなかった場合の条件がないことに気が付いていたが、あえて触れなかった。
(ゲーム開始の抱き返された時、私は強烈に彼を異性として意識していた。多分とっくに負けているけど、このやりとりも楽しいからまだ答えを言わないでおこう…)
数週間後の温室庭園への小さな遠出では、自然な流れで手をつなぐところへいった。
(クラウスに引かれるように手をつなぐのとは違う。剣だこの代わりにペンだこのある包むようなつなぎ方の手。私の歩幅に合わせて歩いてくれる人、この人の手とずっと繋いでいきたい。)
アシュティンは静かに幸せを感じていた。
つい手に意識を向けすぎてよろめき、花の中に埋もれそうになったが、寸で抱き寄せられる。
「大丈夫か?疲れたなら、そこの長椅子で休もうか…」
「ふふ、レベル2を先にクリアしちゃいましたね…?」
「…君は…参った。可愛すぎる…。」
照れ笑いをする彼女に、感情を我慢する顔の彼が困ったように笑った。2人から自然な笑顔がこぼれ、ゆっくり温室を楽しんだのだった。
その日のうちにレベル2が解放され、2週間で抱擁が二人の間で常習化した。
このままだと2か月待たずしてレベル3にいきそうな勢いだった。
「君ほど豊かな美しいウェーブの髪はこの国のどこにもいない。俺は君ならどこにいても見つけれる自信がある。」
「もし、私がどこかに行っても探してくれますか?」
「もちろんだ。必ず探すとも!でも、どこへも行けない様にずっと妃宮に閉じ込めていたくもある。」
「あっ、急に抱き込まないでくださいな…皆が見ています!」
「照れた顔を見せてやるがいい。」
だんだんジャンカルロの口説き文句のボキャブラリーの幅も広がっていき、アシュティンが女性としての自信もついていく。彼女はエイブラムにいた頃よりも格段に綺麗になってきていた。
「新婚ですしねー。ちょっと甘くなりすぎな気がしますが…」
「夫婦仲が良いことは、めでたいですし…甘過ぎな気はしますが…」
「最近、甘すぎて胃もたれが…。」
最初はぎこちない二人を生暖かく見守ってくれていた侍女と侍従、側近たちだったが、だんだん遠慮がなくなってきた二人に、顔を赤らめ、時に甘さに胸やけを起こして、見ないふりをするようになった。
エイブラムから連れてきたの侍女は残り一人、侍従はいなくなった。他はフォールロックの侍女と侍従になったが、最近は暗殺未遂などの物騒なこともなくなり、王城内へ賊や暴漢が押し入ることも減ってきている。
フォールロックの王城内は3か月で、ゆるやかな空気になっていた。
しかし―
アシュティンが15歳になり、フォールロックに来て1年経った時だった。
妃教育の合間に国務を手伝うようになった彼女のもとに、分厚い報告書が届いたのだ。
それはエイブラムから火急の報告だった。
「2の姫…第2王女が…妊娠?相手は婚約者じゃない人で、しかも異国の客人の可能性が高い…、ですって!?」
1枚目の報告書からとんでもない内容に、残りの報告書が床に落ちる。床からも見える大きめの文字が視界に飛び込んできた。
「なんでそんな…え!?3の姫、4の姫、5の姫の3つ子の姫全員が婚約破棄、解消の後に遠い町村のところへそれぞれお嫁にだした―!??」
床に散らばった報告書をかき集め、慌てて残りの報告書を読む。
(2の姫は私と一個違いだったから、成人まで一か月も無かったはず!誕生日が来る前に彼女に何が??三つ子姫たちはこの間13歳になったばかりだし、お嫁に出すには早すぎるのでは?エイブラムでいったい何が…?)
3の姫―第3王女の妹は婚約者の影響がすごく、アシュティンに嫌がらせを行う主犯だった。嫌なことをすればするほど褒めてもらえると喜んでいる純粋無知な面があった。三つ子なので3の姫の影響を受けて他の2人も地味な嫌がらせを繰り返しては、両親に怒られていた。
(3人とも自身の婚約者が大好きで、婚約者自慢をよくしていた。それなのに、3人とも婚約をなかったことにされている?どういう…ん?待って?何この報告書…)
内容が信じられずに彼女は何度も報告書を読み返した。
(2の姫が私への嫌がらせの主犯で、私がいなくなった後にクラウスに何度も言い寄っては失恋を繰り返していた。…あれだけクラウスを貶していたあの子が!?しかも、自棄になって異国人に手を出し、逆に傷物にされた可能性がある??相手は―??)
何度読み返しても内容は変わらない。
(三つ子姫の婚約者たちの家を国家転覆罪の疑いと横領罪で捕縛。爵位と領地の没収に加えて、妹たちも加担した可能性が高いために自白剤で尋問。今回の事件に最も協力したものたちを昇格させ、罪をおかしたものたちの中で犯罪に関係なかった家族を遠い町村へ追放。その監視役を兼ねた結婚…?婚約がなくなったのはこれが原因よね…。そんな…好きな人の家族と結婚なんて、ちょっと13歳のあの子たちに酷すぎる気が…)
他国に嫁いだアシュティン宛の報告書なのに随分と詳しい状勢が書かれていた。
(2の姫と双子の弟は…弟が革命派の首謀者??第一王子の称号も継承権も剥奪。現在も尋問中で妊娠中期に入った2の姫は幽閉して経過観察中…何なのこれは、何が祖国で起きているの??)
追記としてアシュティンの為に侍女を2人フォールロックへ送ったことが記されて、報告書は終わっていた。
「王家の子は今、末の弟で第二王子のあの子しか残っていない…。こんな、こんなことが起きるなんて…」
何回読み返しても内容は変わらない。アシュティンはてっきり半年前の毒殺未遂の件で、分厚い報告書が届いたのだと軽く考えて読み始めた為、現状をのみこむのに時間がかかった。
彼女の正面には、報告書を届けてくれたジャンカルロが難しい顔をしている。
「今回の件、実は3か月前にこちらに報告が来ていた。」
「え?3か月前??」
「第2王女の体調不良を皮切りに発覚したようだ。」
アシュティンの脳裏に忙しそうに1週間以上仕事詰めだった王の姿が浮かんだ。
「あの時…?私が手紙を受け取って喜んでいた時にそんなことがあったの…?」
「事情が事情だったから念のため、極秘で同盟国となったうちに合同軍事強化の話としてきていた。」
「ちょっと前まで戦争手前だった国に…」
(和平同盟を組んで一年足らずの国に情報を開示した?そこまで切羽詰まったことが祖国で起きている…?)
青ざめる彼女へ言葉を選びながら、ジャンカルロは説明を始めた。
「だからだろう。お互いに兵力を減らし、疲弊した国同士だからこそ、力を合わせていく必要があると、そちらの王からの言葉だった。俺も同意見だ。隣国だから場所によっては数分、遅くても数日で援軍を送ることができる。小競り合いでも戦ったことがあるからこそ、お互いの兵同士も詳しい。敵なら厄介だが、味方になれれば強いものはない。」
「この国は最近、どんどん経済回復に向かっているではありませんか。逆に祖国は、王子と姫が4人、私も合わせて5人も国を担う者が抜けてしまいました…。支持率も下がって、民の不安もあおられています。これは格好の…攻めどき―」
「そんなことは考えていない。こちらの、先王の機嫌だけで、エイブラムと戦争手前までいったのに、君の国は和平交渉に応じてくれた。あのまま小競り合いで消耗して、戦争が起きていたら2つの国が地図から消えていたんだ。君の国の王に、君をくれた義父上に俺は恩を感じている。」
その言葉にハッと気づき、不安が消えたアシュティンは、すぐに本来の政略結婚の意味を思い出した。
「すみません、不本意なことを口にしました…」
「あんな父とは、違う。俺は違うんだ…信じてくれ…。」
歯切れ悪く、アシュティンと視線が合わなかった。苦しそうな彼を見て彼女は立ち上がり、そっと抱きしめた。初めてみる彼の気弱な面に動揺して、つい、いつものように抱きしめていた。
「疑うような口調になってすみません。本心では、わかっているのですが心配と不安で失礼なことを口にしました。」
「…いや、その考えでいい。」
ジャンカルロも立ち上がり、横から抱きしめているアシュティンを正面に抱き寄せる。こんな時でも、彼女たちの心臓はうるさいぐらいに鼓動を速めている。
「誰も俺を疑わなかったら、俺もまた暴君になるかもしれない…」
「そんなことありえません!!」
妃教育の合間に国務も手伝うようになった彼女はすぐさま否定した。彼が王になってから、傾いていた国政は目覚ましい復活を続け、経済回復に市民の暮らしも落ち着きを取り戻してきている。1年の中で新王と側近たちがどれだけ国のために苦労してきたのか、関わりだしたばかりの彼女でもわかるほどだった。
「あなたは先王とは違います。私が動揺して酷いことを吐きました。許してください。」
「アシュティン…」
ゆるゆると泣きそうな2人の目線が合い、そのまま唇が重なった。触れるような一瞬の後に、彼から先に離れる。
「…同盟国として、エイブラムには引き続き援助を続けている。今はまだ国政が荒れているが、もう少しで落ちつくそうだ。まだ君には言えていない裏側もあるが、それもじきに伝える日がくると思う。」
「裏側、ですか…。」
「君が知るころより、エイブラム王家は色々動いている。君を勤勉で努力家に育てたご両親だ、そこまで不安がることはない。大丈夫だ。」
「…はい。」
(こんなことが起きるなら、もっと早く好きと伝えておけば良かった。違う、こんな時だから祖国のことを優先して考えるべきよ。いえ、それも違う。今はジャンカルロのことを、傷つけてしまったことを…違う?どれを優先して考えればいいの…)
少し前までゆるやかな幸せな時間にいたのに、火急のそれは彼女を混乱させた。心をかき乱された彼女には、話を聞いてくれる「誰か」が確かに必要だった。
ジャンカルロ視点
挨拶もそこそこに、もじもじするアシュティンに見送られて、ロボットのような動きでジャンカルロは妃宮を後にした。
じんわりと頬を染め口を押えた彼に、ギレルモは白けた顔で書類と掌からこぼれるサイズの箱を差し出した。
「…なんだ、余韻にひたってたのに…ん?これは?」
「エイブラムの近衛騎士からの贈り物で宝飾品だそうです。どうにも検査員の歯切れが悪く、危険物ではないようですが扱いに困っているようでして…」
「エイブラムの近衛騎士が俺宛の宝飾品?」
「添え状には、“我が剣を捧げる”と書いてあります。」
「ふむ?護身用ナイフでも贈ってくれたのだろうか?」
王は首を傾げて側近と一緒に箱の中身をのぞき、悲鳴を上げた。最初は短い悲鳴、次に引き絞られたような悲鳴を出した。
「うぇっ…!!な、なんだ!?どういう意味だ、これは…。」
「ひっ…自分には切り取られた男性器に見えますね…。贈り主はクラウス・ガルシア…」
「は?アシュティンの元婚約者だった男ではないか!?何で彼が俺にこんなものを贈ってくるんだ!?なんの暗喩だこれは!?そもそも本当に俺宛か??」
「考えたくありませんが…我が剣を捧げる、とは、そのままの意味なのでは??」
「確かに剣だろうけども!!いや、おかしいだろう??俺…王宛だぞ??しかも、妻の元婚約者が現夫になぜ切り取った男性器を贈るんだ!?」
箱はすぐに閉じられて机の隅に置かれそうになったが、その側近の手を全力で王は阻止した。二人揃って内股になっている。
「王命だ。これをお前が保管しておけ!!」
「いやです、無理です。流石に泣きます!!心配なら、執務室の金庫にでもしまえば良いのでは??」
「これを?金庫に??ふざけるな!身近なものになるじゃないか!!」
「もともと我々には身近なものでしょう!!増えるだけですって!」
「じゃあ、お前が保管で良いだろう!?俺はいやだ!!」
醜い押し付け合いの末に、他の側近が嫌々ながら管理することが決まった。
ちょっとかわいそうになったギレルモだったが、巻き込まれたくないので口を噤む。そのまま流れでクラウス・ガルシアの資料を渡した。
「おそらく、この書類と関係があることでしょう。」
「これは、この間の皇国もかんでいた舞踏会場の事件か…?なるほど、そういうことか。…いやいやいや!だからって切って贈るか?…なんなんだこの男、豪胆すぎだろう…。」
「どうします?人手不足ですが、受け入れていいものか判断を頂きたいのですが…」
「いいんじゃないか。ここまでする男なら、まだ侍女侍従もどきの輩たちよりましだろう。」
「御意、では手配をすすめましょう。」
「ただなぁ…何か…、俺の周りの奴らアシュティン以外が曲者が多くないか…?」
「類は友をよぶと言いますし、そういうことでは?」
呆れた視線を向けるギレルモに、ジャンカルロは視線を真っ直ぐに向けてスッと指をさした。
「友!!」
「自分は宰相候補を兼ねた王の補佐官です。友人ではありません!!」
「プライベートは友人だろう!?ゲームをする仲じゃないか!!」
「自分は曲者ではないです!!一緒にしないでいただきたい!!」
まじめな雰囲気から一転して賑やかになった王城に、新しい風はすぐそこまで来ていた。