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ホームシックと深夜のゲーム


 それは天気のいい日。


 妃宮のテラスにランチを頼み、侍女たちと日向ぼっこをしながら昼のランチを楽しんで勉強のストレスをリフレッシュをして自室に帰る時だった。

 アシュティンが顔の把握していない女性が3人、行く手を阻むように通路に立ちはだかってこちらを値踏みするように見ている。


 1人は薄紅色の衣をまとった異国風の小柄な女。

 1人は青いマーメイドドレスを着た長身の女。

 1人は黄色い豊かな体を強調する露出の多いドレスを着た女。


(見覚えがない人たちね。誰か私の許可なく妃宮に通したのかしら…?)


「あの、どなたかの許可をとっておりま…」

「貴女が王妃?ふーん、どんな子かと思ったら野暮ったい髪型ね?」

「やだ、王妃なのに茶色いカントリードレス着てるわよ!?」

「お肌がくすんで、隈ができているわ…手入れしていないのかしら…」


 アシュティンが妃宮に誰が通したのか聞こうと質問を口にすれば、遮るようにそれぞれがそれぞれに彼女への評価を始めた。


「無礼な!」

「どこの人間です!?名乗りなさいな。」


 お付きの侍女たちが怒りを露わにアシュティンより一歩前に出る。


「あらあら緊急時でもないのに主人より前に出るなんて躾のなっていない侍女ね、大丈夫なの?」


 青いドレスの女が冷めた目でアシュティンを見つめる。


(これは、試されているのでしょうか…)


「皆下がりなさい、私は彼女たちが何者でどこから来たか聞きたいわ。」


 少し考えて彼女が下がるように指示をすれば、不服そうな顔で侍女たちが待機位置に戻った。


「侍女が失礼いたしました。私はアシュティン・カシー・エイブラムです。あなた方はどちらからいらっしゃったのでしょうか?」

「ふうん、一応、支持は得ているのね?あたしはシェルピンク、基本は出先で王の寝室で務めを果たすものよ」


 薄紅色の衣を纏った女は、なまりの混じった自己紹介をした。


「あら、シェルピンクったら素直に全部喋っちゃうのね。仕方ないわ、私たちはフォールロックでも指折りの高級娼館から来ているものよ。今日は貴方の体の為に、今後を話し合うように王に呼ばれて3人とも城へ召喚されたの。」

「今しゃべったのが、ゼニスブルー。わたくしはライムイエロー。せっかくだから、長い付き合いになる王妃様と話したくて門番の男にお・ね・が・いして入ってきたのよ。ちゃーんと許可取ってるから安心して?」


 ライムイエローと名乗った女が豊満な胸を強調するように腕を組んでウィンクを2回もアシュティンに送った。色気を振りまくタイプの人種に初めて会ったアシュティンは、たじろいで後ずさった。


「こ、高級、…何ですって?私の体のため…?何を、言って…」


 彼女の視界の端で侍女たちが何かに怯えたように、かなり後ろに下がっているのが見えた。

 1人廊下に立つ形になったアシュティンは、否応なく3人の女性たちに接近される。


「それにしても勿体ないわぁ。うちの国の人間にはない豊かなウェーブの髪なのに、何なのこの中途半端なお団子ヘアー!お団子ならせめてシニヨンヘアーとかなかったの?カントリードレスなら編みおろしのほうが可愛いのに!」


 シェルピンクがアシュティンの髪をひっぱって解いてしまった。悲鳴を上げる間もなく、勝手に髪型を変えられてしまう。侍女たちから抗議の声が聞こえたが、助けにはこない。


「そもそもなんで王妃がカントリードレスを着ているのよ?若いんだから流行りのドレスを着るべきね。この裾、長すぎるのでは?」


 気づけばくるぶしまであった裾が切られて、膝が出てしまっていた。いつの間にやらゼニスブルーの手にハサミが握られている。


「やめ、止めなさい!無礼ですよ!」


 アシュティンは逃げようとしたが、大人の女性3人に詰め寄られて動けるわけがなかった。そうこうしている間に、ライムイエローが細い指で彼女の顎を掴み、反対の手でツーっと頬と口をなぞった。


「14才って聞いてたのに何で肌が皮むけを起してカサカサなの?唇も潤いがなさすぎて口の端が切れているじゃない…」


 甘い味がして彼女の顔に蜂蜜と何かを混ぜたクリームのようなものが塗られていく。よく解らないぞわぞわ感に襲われて、彼女は身震いをする。


「私は王妃ですよ!これ以上の無礼は」

「はーい、完成!」

「いい具合にできたわぁ」

「うふふ、またね。王妃様」



 一通りアシュティンをいじり終わり、声を荒げた彼女を3人は笑いながら見て、いなくなった。

 苦痛の時間に全く彼女を助けにこなかった侍女たちが、負け犬の遠吠えよろしくキャンキャンと立ち去る3人に罵声をかけている。


「何、なんなのあの3人…何がしたかったの…?」


 残されたアシュティンたちは、しばらくその場を動くことができなかった。



 ブスッとした顔のアシュティンに挨拶をした教師は、どう言葉をかけていいか戸惑い、閃いたように賛辞を口にした。


「我らが王妃様、今日もすこや、…健やか?あ、いえ、健やかにお会いできて嬉しいです。」

「…今日の午後もよろしくお願いいたします。」

「…ええっと、あ!今日のドレスは膝までのドレスとは珍しいですね。ざっくりカットされたオルガンスカートが良く似合っておりますよ。」


 ヒクッとアシュティンの頬が引きつった。不穏な気配を感じた教師は動揺して、他の賛辞を探す。


「あー、えっとえっと…肌つやが戻られたようで何よりです。」

「今までそんなに私の肌は酷かったかしら…?」


 アシュティンの怒りイコールそのまま国際問題になる可能性があるので、教師は震え上がって何とか彼女の機嫌を取り戻そうと更に言葉を探した。控えている侍女たちが必死に目配せを送っているが、教師には届かなかった。


「そ、そそその今日の髪型はわが国でポピュラーな編み込みハーフアップですね。王妃様の豊かな波打つ髪によく似合う髪型だと思います。」

「…え、そうなのですか?」


 アシュティンは初めて聞いた情報に気が逸れた。ホッと肩の力を抜いた教師が破顔して、そのまま気をよくして貰おうとつらつらと言葉を紡ぐ。


「はい、それはもう!王妃様の年頃の女子の間では必ず流行る髪型でして、うちの娘も学校行事や茶会に専用の髪結い師を雇うほど好まれる髪型でございます!」

「そう、なのですね…私の国では既婚女性は髪を肩につかぬよう結い上げるのがポピュラーでした。」


 安心した顔の教師を見ながら、アシュティンは複雑だった。



(髪型といいスカートも夫以外の人に素足を見せてはいけないから、長い裾のスカートを身に着ける風習だった。でも、あの女性たちと別れてから向かう先々で皆が今日の切られたドレスと無理やりされた髪型を褒める。祖国ならきっと恥さらし者呼ばわりだったのに…)


 あの後、ジャンカルロが準備した侍女はこのままでも素晴らしいから自室に戻りましょうと推してきた。アシュティンの連れてきた侍女たちが着替えてくるべきだと口論になり時間が迫った結果、三時の休憩時間までいじられた姿のままになったのだ。


「王妃様、今日の髪型似合っておりますね。」

「王妃様、今日のドレスは若々しく良いデザインですね。」


王妃様、王妃様、王妃様。

上っ面の賛辞はいつものことなのに、あの3人にいじられた後でも褒められることに彼女は納得がいかなかった。去り際の笑い声が、アシュティンの心を鈍くひっかく。


 彼女の憂いとはよそに道中最後まで色んな人間から髪型とスカートを褒められたことによって、彼女はぶすくれてしまっていたのだ。

 勿論、アシュティンが追い詰められていた時に助けにこない侍女たちの行動にも不信感を覚えてしまっている。


(ここは祖国と違う。この国の王妃になるために考え方もいずれ変わっていくのかしら…)


 とんでもない自己紹介をした女性たちにもたらされた現実と、彼女は上手く向き合えていなかった。いつもより長く感じる午後の授業は、アシュティンを上の空にさせる。


「勉強はここまでに致しましょうか…一旦、休憩にしましょう。」


 様子を見ていた教師はいつもより早めに休憩をはさんできた。ぼんやりとするアシュティンに、何か思案してからいくつかの本を差し出してくる。


「こちらは?教科書ではないですね…」

「はい、流行りの恋愛小説でございます。今どきの話を盛り込んでおりますので、話の中に流行りのファッションが書かれております。中には小説から流行った髪型などもあります。もしよければ、時間のある時に読んでみてください。」

「まぁ、嬉しいわ。さっそく夜に読んでみますね!」


 ずっと堅苦しい勉強用の本しか読んでいなかったアシュティンは喜んで受け取った。同じ勉強の本でも、身を飾る勉強本には心が躍る。

 その後の後半の勉強には集中して取り組み、夕食まで何も問題は起きなかった。

 湯あみを終わらせて、今日の反省として全員の侍女をよび、ついでに侍従もよんでお昼の事件について軽い叱責と今後への対応を注意指導し、精神的に疲労したくらいだった。


 全員から意見を聞いて今後の対応が決めてから全員下がらせ、寝室に一人で入ると自然にため息が零れた。水差しの水を飲んでベッドに腰かけると昼間に貰った本が目に入る。


「恋愛本…恋愛に興味はないけれど、この国のファッションは知っていかないと昼間みたいなことがまた起きてしまいそう…」


 昼間に祖国を思い出した感情がぶり返して、アシュティンの心に寂しさが宿った。


「この国に嫁いで半年、もうホームシックなんて感情に襲われるなんて…」


 最初に連れてきた侍女と侍従は25人残ったが、親しいとは言えない上にどんどん数が減ってきており、今は合わせて15人いるかいないかだ。残りの数合わせの人物はジャンカルロが用意した人間に変わっている。減った理由は彼の機嫌を損ねただか、そんな理由での解雇からの送還だった。仲の良い侍女や友人は念のために祖国に全員置いてきたことを、今になって彼女は後悔していた。


「いやだわ、寂しいなんて…。成人している人にしては弱過ぎね…」


(いえ、この国では私は成人すらしていないことになっている…)


 酷く寂しくむなしい感情が彼女を襲っていた。



(高級娼婦…確かにそれなら私との約束には触れないけれど…。)


 誰もいない寝室で貰った本の恋愛の部分をなぞった。


(私の夫になった人は聡明な方のままだった…でも、周りの機微に疎い方かもしれない…)



 どれくらい時間が過ぎたのか、ぼんやりしたアシュティンがピンクと白で彩られた背表紙をめくり、乗り気でないまま読み始めた時だった。


 コンコンコンと3回ノックがなった。寝転んだまま本を横に置いて返事をする。


「はい、どなたですか?」

「ジャンカルロだ。遅くにすまない、今から時間をもらえないだろうか?」

「え…?はい、どうぞ…!」


 アシュティンは慌てて起き上がって髪と寝巻の裾を整え、扉を開けた。

 整った顔をくたびれさせた青年が、何かの書類をもって立っている。


「寝るところだったか?すまない、昼間の件で話をしたかったんだが、いいだろうか?」

「あ、あぁ…かまいません。中へどうぞ…」


 ベッドサイドに設置された小柄なチェアとテーブルに2人で座れば、すぐに昼間の件について謝罪がきた。


「昼間はすまなかった。俺の知人たちが失礼な態度を行ったと聞いた。それから勝手に門を通してしまった門番にも罰を与えた。」

「知人、ですか…?」

「あぁ、知人だ。今後は貴女に接触しない様に命令を下した。切られたドレスも改めて弁償するから希望のものがあれば教えてほしい。」


 高級娼婦を名乗る彼女たちについてもっと言及したかったが、今後関わらないと聞いてその言葉をアシュティンは呑み込んだ。


「そうですか…では、少し時間をください。後で書類にまとめてお送りします。」

「では、ついでに何か足りないものがあればそれも教えてほしい。御飯が合わないでも、部屋を飾る花でも、調度品でもいい。不満があれば知りたいんだが…」

「そちらは構いませんが、その…昼間の件で少し侍女たちに問題があるように感じておりまして…」


(自国の侍女を増やしたいというのは、何か勘ぐられてしまうでしょうか…)


 先ほど集めて叱る際に人数を数えると、連れてきた侍女と侍従は合わせて13人、フォールロックで準備された者は39人で合わせて52人になっていた。気のせいかもしれないが、フォールロック側の人間は動きが少し護衛のような堅苦しい動きをするものが多いと感じ、息苦しさを感じていた。

 ちなみに昼間の時の不甲斐ない侍女たちは自国が3人とフォールロック側が1人だった。最初にアシュティンより前にでたのも、フォールロック側の侍女だ。


「貴方も感じていたか…今日の昼間の侍女、数人は解雇したいが構わないな?」

「え、困ります。このままでは祖国の侍女がいなくなってしまいます。」

「だが、親しい侍女たちは連れてきていないだろう?昼間のメンバーの中にもいなかったはずだ。」

「ご存じでしたか…それでも同じ国を知る者がいるのは心強いものです。先ほど私も彼女たちの行動を叱りました。今回は見送って頂けないでしょうか…」


 戸惑ったアシュティンを見つめて、ジャンカルロは少し考え頷いた。


「2度目で気になることがあれば解雇する。その代わり、エイブラム国に貴女に安全な侍女を送ってもらえるか聞いておくから、納得していただけないか?」

「…わかりました。こちらもそれはお願いしたいと思っていたところです。」

「わかった。早めに手配をしよう。」


 話は終わったとばかりにジャンカルロは立ち上がって、部屋を出ていこうとする。アシュティンは咄嗟に何故かその腕を掴んでしまった。


(寂しい…今はもう少しだけ一人になりたくない…)


「もう少しだけ、部屋にいて頂けないしょうか…」

「それはどういう意味…いや…ううむ…」

「あの、変な意味ではなく…」


 夫になった人物を寝室で引き留めたことに気づいて、アシュティンは言葉を探した。


「我が妻どの?」

「えーと、その…」


 ジャンカルロは探るように見てきた後、そっと彼女が掴んでいた手を外した。

 がっかりした彼女の耳に楽し気な夫の声が響く。


「ボードゲームは好きか?少しだけここで待っていてほしい。」



 戸惑うアシュティンを置いてジャンカルロは一度寝室を出て、ティーセットとチェス盤を持ってきた。


「チェスですか?」

「道具はチェスのものだが、せっかくだからお互い新しいゲームをやってみないか?」


 その言葉にチェスが苦手なアシュティンはホッとした。彼女の目の前でジャンカルロは、ポーンだけをチェス盤に置いて、他の駒をしまったままにした。


「東の国のゲームでなショーギというものがあるのだが、はさみショーギというものはチェスでも可能らしい。俺もルールしか知らないから、やったことがないんだ。」

「そうでしたか…どうしてそれを私と?」

「側近も侍従も俺と遊ぶことを断るんだ。貴族相手にチェスの道具を使った他の遊びをするのは馬鹿にされる材料になるからやるわけにもいかない。妻のあなたなら、この道楽を頼んでも良いと判断した。貴女がいやでなければ、他にアリアマという遊び方も一緒に遊びたいんだが、いいだろうか?」

「まぁ…ふふふ…」


(それは、少しは私に心を許して下さったということかしら…?)


 せっせとチェス盤にポーンだけを並べつつジャンカルロは様子を伺うような顔をみせた。その顔と態度が余りにも幼くみえて、アシュティンは不思議な感覚に襲われ笑ってしまった。

 彼が準備を進めている間に、彼女はお茶の準備をする。眠りやすいカモミールとラベンダー、オレンジを使ったハーブティーが優しい香りを放った。


「ゲームは貴女が眠くなるまででいい。疲れたならすぐに教えてくれ。」

「わかりました。では、お互いが眠くなったら終わりにしましょう。」


 それぞれの準備が整って、再び二人はベッドサイドの椅子におさまった。

 最初はゲーム説明書を片手に2人で四苦八苦していたが、徐々にジャンカルロが勝つようになっていく。


「ポーン1種類の盤石でも戦略はこうも難しいとは…」

「そちらの駒を取られれば私は負けますので、投了致します。次、次に行きましょう!」


 気づけばアシュティンはかなり惨敗するようになったが、それに気づいたジャンカルロは今度はどう負けるかに熱中し、不思議な接待ゲームを彼女は体験した。


「ううむ、このやり方でも俺が勝ってしまうか。」

「次は私が勝って見せます。さぁ、さぁ、次のゲームをしましょう!」


 どうやら夫になった相手はゲームに熱中してやり込むタイプだったらしい。アシュティンも負けじと食らいつくが、相手が悪かった。

 側近や侍従たちが彼とのゲームを断るわけである。


(元々チェスも弱かったから、ただ負けるのも、あえて勝たせてもらうのも嫌でないのね私ったら…。彼とゲームに集中できたから、さっきの寂しさも消えている…)


 勝敗云々ではなく、ジャンカルロと2人で過ごす時間が心地良いと感じていた。ほのかに心が軽くなったのを感じてアシュティンは静かに笑う。

 それに気づいたジャンカルロは次の準備をする手を止めた。


「…アシュティンと、呼んでいいか?今後は、俺も呼び捨てでいい。」

「え…?」


 今まで王、王妃、妻、旦那様だった。夫婦から成立した関係なのに、今更になって友人のような呼び名の関係になると思っておらず、アシュティンは一瞬だけ困惑した。


「も、勿論ですわ。…いえ、二人だけの時だけなら構いません。人前でそれは、国王夫婦として良くない気がします。」

「そうか…そうだな。では、今後二人きりの時は呼び捨てでいこう。」


 無邪気に笑ったジャンカルロは再びゲーム盤の準備をする。その姿を見つめながら、アシュティンは新しいお茶の準備をした。


(不思議ね…。この時間だけで、彼の色んな顔を見てる。夫婦から始まる友人関係とか、ありなのかしら…)


 19歳の青年らしく表情をコロコロ変えるジャンカルロに彼女は初めて親近感を感じた。

 半年間ほとんど公務以外で接触がなかった二人は、アシュティンの行動から大きく変わっていくことになったのだ。





ジャンカルロ視点


 夜も更けてアシュティンが睡魔に襲われた頃に深夜のゲーム会は解散になった。満足そうな顔に見送られて、ゲーム道具とティーセットを持って彼女の寝室を後にした。自身も満足感を抱えて妃宮の中にも準備されている自分の寝室に入ると、側近のギレルモが控えていた。

 ジャンカルロは穏やかな笑顔を一変させる。側近が妃宮にある寝室まで来るということは、それだけのことがあったからだ。


「王妃様の様子はいかがでしょうか。」

「…来ていたのか。…多分、昼間の騒動には気づいていない。ここのテラスにも異常は無かった。」

「それは良うございました。王城に暴漢が押し入ってきていたなど、エイブラム国に知られるわけにはいきませんからね。」


 フォールロック国は半年前まで暴君の支配する荒んだ国だった。まだ平和な国と言えるほど安全ではない。革命を狙う者、暴動を起こす者、大きくなった裏社会まで、まだ解決することは山積みだった。

 巨大な王城内の中部をくり抜いた場所に7つの妃宮は守られるようにある。昼間に裏門から数人の義賊を名乗る暴漢が押し入るようことがあっても、滅多にその騒ぎが伝わるようなことはない。無いはずだが、未だ内乱治らないフォールロック国では気が気では無いのだ。

 ギレルモは苦笑いをしながら、この半年アシュティンにきていた暗殺者のリストと毒の資料とそこに追加された資料を差し出してきた。


「…何故エイブラムには、自国の姫を殺そうとする輩がこんなに紛れ込んでいるんだ!?他国の刺客より多いではないか…ただでさえ国内でいっぱいいっぱいだと言うのに!」

「今なら王妃様というこちらを不利にできる理由がありますからね。…したいんじゃないですか?…戦争」

「迷惑な…我らの同盟の意味を理解できない馬鹿が多すぎる…!」

「王妃様は生贄としてここに送られたのでしょう。お気の毒に…」

「…昼間の妃宮を調査した者たちからの調査報告はきていないのか?」


 その生贄を差し出させた原因となった王の息子は、気まずげに資料に目を通しながら苦い顔でベッドに腰かけた。資料には、害虫のように何度も湧いて出る暗殺者たちの詳細が載っている。駆除してもきりがないのだ。


(アシュティンには申し訳ないと思っている…それなりに長い付き合いになれるよう、この先も色々と務めるしかないな…。)


 先ほどジャンカルロの穏やかな顔で入ってきた姿を見ていたギレルモは、再び疲れた顔になった彼をみて、話題を変えようと思考を巡らせた。


「報告書はまだ来ていませんが、かなり王妃様の現状について苦言をいただきましたよ。」

「何?やはり不足しているものがあったのか?それともまた新しい暗殺未遂か?」

「違います、カルチャーショックを受けているようでした。」

「…は?」


 この半年アシュティンに迫る暗殺の影に追われていたジャンカルロはかなり身構えていたが、その内容を聞いてすぐさま蓄えていた国家予算を動かした。




 アシュティンは生贄であると同時に、その命にこの先の2つの国の存続がかかっていた。





「それはそうと、ゲーム脳を王妃様にさらしてませんよね?ほどよく遊びましたよね?」

「なんの話だ?アシュ…王妃とはお互い満足いくまで遊んだぞ??部屋に引き止めて、交流を希望してくれたのも彼女だ。」

「可哀想な我々側近をとことん追い込んだゲームの仕打ちをお忘れのようですね?」


 きょとんとしたジャンカルロを放置して、呆れた顔のギレルモは逃げるように出口に向かった。


「これだからお子様王は…普段は公務に縛られて聡明な王を求められているからって、気を許した相手とのゲームではエゲツない子供化する自覚がないようだ!」

「何が言いたい?今からお前で遊んでもいいんだぞ?おい待て、一戦やってやろうではないか!こら、どこに行く!?」


 慣れている側近は、煽りにムキになった王から脱兎のごとく逃げて寝室を後にする。1人残されたジャンカルロは軽く笑って、明日の準備をすすめるのだった。


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