繋ぐ
小学校5年生の秋に入塾した茉希乃は、初めての学習塾の世界に魅了されながらも、真面目な性格が幸いにも続けられる要因だった。
6年生に上がる前の3月、春期講習があった。
授業前に必ず行われる朝礼で前に立ったのは、伊藤先生だった。
カッコいい。
そう思ったのは、この世界に魅了されていた一種の洗脳のような、その中の憧れのようなものだ。
茉希乃はこれまで小学校の先生しか大人と出会ったことがなかった。だからこそ、塾は異世界であり、そこで出会った友だちも特別なものだった。そして今、目の前にいるあの先生も、茉希乃は一瞬たりとも目を離すことができなかった。
小さな小さな心で、夢や希望を叶えるのにほんと微力もない小学生だった私は、小さいなりに伊藤先生のことを見続けた。
伊藤先生がいる曜日には必ず自習に行った。担当だった算数は何枚も何枚もノートに解いた。私が人生で初めて、誰かのために頑張ろうって思えた瞬間だった。
大人になると、急に臆病になる。
できるか分からないことには挑戦したくないし、弱くても許してほしいって叫びたくなる。
でも茉希乃は小さな小さなからだと心で、自分と伊藤先生をなんとか繋ぎ止める方法を探っていた。