淡い
それは偶然だった。
就職活動中の茉希乃が、たまたま目にしたのは去年に行われた企業説明会の写真。
伊藤先生だった。
あれから7年近く経つ。目まぐるしく時は過ぎ、過去など振り返ることすらせず突き進んできた。突き進んで掴んだものは、希望であったり絶望であったり、そんな言葉で表すことができないものであったり、淡い。白黒つけることのない曖昧な、淡い。
茉希乃が伊藤先生と出会ったのは小学校5年生のときだった。自分を育ててくれたおばあちゃんが亡くなって半年経った頃、茉希乃は母親に連れられ学習塾に来た。
「ここの塾、合格実績もすごいんだって!茉希ちゃんさ、学校のテストも悪くないし、授業受けてみて良かったら入らない?」
茉希乃以上に興奮した口調で母はワクワクしながら私に話しかける。これはもうほぼ入らないかという誘いで、そこに茉希乃の意志はない。それは母親が一番知っている。ノーとは言えない茉希乃の性格を分かっているからこそここで頑張らせたいと思っているのだ。母親ははっきりとは言わなかったが、この先には中学受験がある。進学塾に入り受験しない生徒などほとんどはいない。最初の体験授業を受けたときにそれを感じた。