文字
満月には少しばかり満たない夜。
ビルの上から下界を見下ろす者がいた。
その顔は月に負けないほどに青白く、生気が感じられない。
それはそうだ。
彼は今、生きることをやめようとしているのだから。
屋上の端に腰掛け、眼下に広がる街並みをぼんやりと眺める。
道路に連なるテールランプ。
明かりを灯す家々。
街は今日も忙しなく動いている。
──僕が死ねば少しは落ち着くだろうか。
そう考えながら彼は、
重心を前に傾けた。
被害者の名前は○○、年齢は17歳。
死因は転落死によるものかと。
おそらく自殺でしょう。
警察らの手で調査が進められていく。
転落死なのだから凶器など無い。
しかしこの自殺にはそれがある。
凶器は文字だった。
たった2文字の簡単な言葉だった。
重く見るべき言葉。だが軽く見られる言葉。
それが「生きろ」なら、どれだけ彼の背中を押しただろう。
しかし憎悪がこもったその2文字は。
あの日腰掛けていた彼の、背中を押した。