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早乙女柚希

 死体をどうするか。ようやく考え始めた俺だったが、その答えは簡単に出せるものではなかった。そもそも、死体の処理を素人が簡単にできるはずがない上に、死体をどこかに預けることもできない。そんなことをしたら、死体をどうにかしないと思った理由のところがなくなるに等しくなる。

 死体の処理。考えれば考えるほどに、俺の頭は重くなる。それ以外に方法は思いつかないが、それを簡単にできるはずがなく、それを簡単に行って良いのかも分からない。


 そうだ、と俺は思った。これは明らかに簡単に行って良いものではない。死体を購入するところからそうだが、その死体を個人の意思で処理して良いわけがない。ちゃんと、あの女性のことを考えると、死体を家族のところに返すべきだ。そう思ったが、そう思ったところで、その方法まで分かるわけではない。あの死体の名前も分からない状況で、家族のところに返せるとは思えない。死体の名前を調べるところから始めないといけないが、その方法も分からない。


 死体を返す決意をした直後の八方塞がりに、俺は木箱の前で項垂れることになった。死体に払った十万ごと、この死体との決別を決意したにも拘らず、この死体と決別する方法が俺には分からない。そのあまりの無力さに、どうして購入できたのかという疑問ばかりが深まることになる。


 もしかしたら、あのマグロ運送は罠の類だったのかもしれない、と再び思い始めていた。今から考えると、扱っている商品が商品のはずなのに、それを購入するために必要な情報が少な過ぎたのだ。住所と名前と入金のためのクレジットカードの情報などの、他の通販サイトとあまり変わらない情報しか打ち込まなかった。クレジットカードの情報を抜き取るのかと思うところもあったが、俺は購入の際にプリベイドカードを用いたので、その可能性もなくなった。罠だとしたら、何のための罠なのか分からないが、普通に売っているとしたら、あまりに不用心だと思うしかない。だって、あのシステムなら、警察だって購入できてしまうのだから。


 考えても分からないことに頭を悩ませても仕方がない。死体の処理が難しく、死体を返すことも難しいのなら、他の手段を考えなければいけない。考えなければいけないが、他の方法となると、死体を遺棄することくらいしか思いつかない。その場合は警察署の前とかになるのだろうか、と想像してみて、即座に逮捕される俺の姿が思い浮かび、その考え自体に封をした。これも本末転倒だ。違う手段を考えないといけない。


 不意に疑問が頭を過ったのは、木箱を隠すために覆っている新聞を目にしたからだ。そこに並べられた文字の羅列が、一つ一つの事件を描いた記事だということを思った瞬間、死体の出所に対する疑問が再び引っ張り出されていた。


 もしかしたら、どこかで死体がなくなった事件があるのかもしれない。どこかで若い女性の死体が消えた事件があるかもしれない。そう思った俺は死体の活用を調べた時のように、パソコンの前に座り、『死体 盗難 事件』と検索エンジンに打ち込んでいた。

 しかし、残念なことに俺が望んでいる事件は見当たらなかった。並べられているのは、大半がフィクションの話で、後は願望と妄想と虚言が入り混じっているブログ等が割り込んでいるくらいで、実際に起きた事件は見当たらない。ようやく実際の事件があったと思っても、日本の話ではなかった。


 やはり、そう簡単には見つからないか、と諦めてパソコンを閉じようと思った直前、俺の目に気になる記事が飛び込んできた。数ヶ月前に起きた事件の記事で、病死した女性の遺体が霊安室から消えたという事件だった。警察は遺体が盗難された可能性も考え、捜査を開始したが、未だに遺体の発見には至っていないらしい。遺体の女性の名前は早乙女(さおとめ)柚希(ゆずき)。そこまで記事を読み、俺は慌てて画面を戻す。すぐに早乙女柚希と名前を打って、ずらりと並んだ検索結果に目を落とす。大半はSNSのアカウントが並んでいた。


 その中で不気味なほどに見覚えのあるものが紛れ込んでいて、俺の目は吸い込まれるように、その一枚の写真に向いていた。「あった」と思わず声が漏れたのは、マグロ運送のサイトを見つけた時以来だ。そこには、木箱の中に入ったあの死体と同じ顔の写真が載っていた。どこから調べたか分からないが、早乙女柚希という女性の卒業アルバムと思しき写真だ。化粧の差はあれど、本人で間違いないことは明白だった。


 早乙女柚希。その名前と、遺体の消えた事件の情報が合わされば、そこから個人を特定していくことは、俺にでもできそうだった。もしかしたら、この死体を家族の元に返せるかもしれない。そう思い、俺は更に詳細な情報を調べていく。早乙女柚希が住んでいた実家の住所が分かるのは、それから数十分後のことだ。その直後に、俺は数日間の旅行に持っていくような、大きなスーツケースを大手通販サイトで注文していた。明後日、到着予定である。

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