死体 活用 個人
年齢は二十代前半、俺と同じくらいに見えた。身長は百六十センチ前後、体形は比較的痩せ型。死体に詳しくないので、死因は分からなかったが、見る限り外傷は見当たらないことから、少なくとも、殺されたわけではないように思えた。死体の片隅には、袋詰め販売の野菜みたいにドライアイスが詰め込まれている。これが死体の鮮度を保っているのだろうか、と思いながら、死体に改めて触れてみると、その人間のものとしか思えない柔らかさに反して、身体は真冬の手足のように冷たかった。
そこまで確認してから、俺は一度、木箱の蓋を閉め、木箱を覆っていた段ボールを部屋の片隅に押しのけた。今にも起き上がりそうなくらいに綺麗な死体は、確認すればするほどに現実感を宿していく。俺の中の常識と違ったその状況が、俺の脳を混乱させていく。
少し落ちつこうと思い、俺は立ち上がってキッチンに向かった。コップに水を汲んで、一息で飲み干してから、もう一度、玄関近くに置かれたままの木箱を見る。蓋が閉まって、外から中身は見えないが、それでも、はっきりと想像できるくらいに、瞳の奥にさっきの死体が残っていた。
さて、どうしたものか。どうしたものも何もないことは分かっているが、それでも、どうしたものか。もう一度、コップに水を汲んで、一息で飲み干してから、俺はようやく落ちついた頭で考え始める。ただの好奇心で頼んだところまでは良かったが、実際に届いてしまっては問題が大きい。笑い話にもならない。誰かに話したところで、俺の手に手錠がかかる未来しか見えない。いっそのこと、処分してしまおうかとも思うが、それも見つかった時を考えると、リスクしかないように思える。
そもそも、死体を注文する人間は、その死体をどのように扱うのだろうか。不意な疑問が湧いてきて、俺は気づいたら、パソコンの前に座っていた。『死体 活用 個人』と検索エンジンに打ち込み、ずらりと並んだ検索結果を上から読んでいく。死体愛好家のブログやネクロフィリアの体験談。俺の知らない世界がそこにはあり、それらを覗いた結果、俺は飲んだばかりの水をパソコンに吐きかけそうになる。
これは俺には理解できない世界だと思い、水を吐く前にパソコンの前から立ち去ることに決めた。再び木箱と向き合い、今度は木箱の周囲を見ていく。マグロ運送と書かれていること以外に、特に変わったところは見当たらない、と思った直後に、木箱の側面にぺったりと一枚の紙がくっついていることに気づいた。恐らく、段ボールと木箱の隙間に挟み込まれていたものだ。
A4サイズの紙には、この死体の特徴と思しき内容が書かれていた。死体の処理の仕方やその後の保存方法まで詳細に書かれているが、名前等の生前の情報は見当たらない。外見から分からなかった死因も、そこには内臓系の疾患が原因と書かれていた。それに付随する形で、内臓の一部が除去されている、という注意事項が書かれている。
それらを最後まで読み切り、木箱の中の死体の状態に詳しくなった俺だが、だからと言って、その死体をどうするかという考えがまとまるわけではなかった。取り敢えず、数日間なら、この木箱の状態で保管できることが分かったので、しばらくは放置して、処理の仕方を考えようかと思いながら、俺は木箱を部屋の片隅に移動させ始める。
死体のことは詳細に分かった一方で、あの女性が誰なのかは分からなかったな、と不意に思った。十万も払って届いた女性が誰なのかも分からない。きっと、この死体を頼む多くの人にとって、それが死体であるかどうか、死体が綺麗であるかどうか、以上に大切なことは存在しないのだろうな、と思うと、こうして死体が売買されている事実が悲しく思えてきた。
そういえば、この死体はどうやって集められているのだろうか。誰かが墓を掘り起こして、と思ってから、日本は火葬だと思い直す。もしかしたら、金が欲しくて親族の死体を売り払う輩がいるのだろうか。あり得ないことを考えて、俺はかぶりを振った。死体の出所など考えても意味がない。問題は今、ここにある死体をどうするかだ。そのことを今の俺は真剣に考えなければいけない。
古新聞を取り出し、木箱を隠すように新聞を被せた。これで少しは木箱と現実を引き離すことができるだろうか。そう思いながら、俺は木箱に背を向ける。
こうして、俺と死体の同居生活が始まりそうだった。