☑配達完了
ピンポン、とチャイムが鳴ったのは、注文から一週間後のことだった。誰かと思い、覗き窓を覗いてみると、ご丁寧に胸に『マグロ運送』と書かれた服を着た配達員が立っている。直後、サイトのことや上杉の腹立たしい表情が頭の中を通り過ぎていき、そういえばまだ上杉を一発殴っていない、と思い出した。
再度チャイムが鳴らされる前に、俺はドアの向こうに声をかけながら、ドアを開いていた。サイトで注文する時も思ったが、運んでいるはずの物を考えると、あまりに配達員が普通に思えた。確かにトイレットペーパーを頼もうが、ノートパソコンを頼もうが、アダルトビデオを頼もうが、配達員はいつも同じ表情で運んでくるが、今回の物はそれらとは一線を画す存在のはずだ。見られてはいけない物という意味では、これに並ぶ物の方が少ないくらいだ。
やはり、詐欺か悪戯か。どちらにしても、払った十万は宙に消えた、と俺が半ば諦めている中、配達員は俺に伝票を見せてきた。この辺りは普通の宅配便と同じようだ。サインかハンコを、と言ってくるので、俺は差し出されたボールペンで和泉と書いた。それに納得した配達員が荷物を運んでくると言って、その場を立ち去っていく。
さて、これから何が持ち込まれるのだろうかと、俺は期待半分、怖さ半分で待っていた。この緩さの中で、死体が運ばれてくるとは思えない。詐欺や悪戯か。さっきまではそう思っていたが、もしかしたら、それ以外の可能性もある。例えば、警察がそういう嗜好の人間を逮捕するために、罠として用意したサイトかもしれない。それなら、あの緩さも納得できる、と一瞬思いかけたが、それなら、もっと厳重にして、いかにも本物とした方が罠として機能しそうだ、とすぐに思い直した。
しばらく待って、もしかしたら、もう戻ってこないのかもしれないと思い始めた頃、さっきの配達員が一人で大きな荷物を抱えて戻ってきた。これもまた驚くべきことなのだが、棺桶かそれに近しい箱に入った死体が運ばれてくるという俺のイメージとは違い、配達員がせっせと運んできたものは等身大の段ボールだった。サイズこそ、俺がすっぽりと入りそうなくらいに大きいが、段ボールであることに変わりはない。保存状態良好とは、どの口が言い放った嘘だと抗議したくなった。
配達員が段ボールを家の前に置くと、爽やかな笑顔で一礼して、すぐさま立ち去ってしまった。家の中まで運んでくれるサービスはないのかと愚痴りながら、想像よりも重たい段ボールを家の中に運び込む。小さなアパートとはいえ、俺の部屋があるのは二階だ。そこまで良くこれだけの重さの荷物を持ってきたな、と俺はさっきの配達員に尊敬の念を懐き始めていた。ほんの数秒前までの愚痴が消えるくらいに凄いことだと思う。これだけの荷物を二階まで運んできたのなら、部屋の中に運び込むことが難しくなっても仕方がない。
段ボールはガムテープで綺麗に隅が塞がれていた。あくまで段ボールとガムテープで可能なくらいだが、その厳重さには俺の爪では歯が立たず、近くのカッターナイフに手を伸ばす。中身がどの位置にあるか分からないので、ガムテープだけを切るように気をつけながら、段ボールが開ける状態にしていく。
その間も、俺は中身が何なのかとドキドキしていた。注文していない物が入っていたら驚くのは当たり前だが、今回は注文した物が入っていても驚く状況だ。玉手箱やパンドラの箱も、そうだと知っていたら、これくらいのドキドキの中で開けることになるのだろうかと考えてみて、その二つなら開ける理由がないことに気づく。
カッターナイフがガムテープを突き破り、ガムテープを段ボールの隅の飾りに変えている途中から、少しずつだが、段ボールの中から漏れる冷たさに気づいた。それと同時に、微かに白い煙のようなものが漏れ出てきて、俺の頭の中でドライアイスが思い浮かぶ。思い浮かぶが、ドライアイスを入れるようなものなら、段ボールに入れるかという疑問もある。ドライアイスで保存するなら、それ相応の箱があるだろうと思ったところで、俺は少し力んでしまったのか、カッターナイフを少し深く段ボールの中に差し込んでしまった。
そこでカッターナイフが硬い何かにぶつかった。カツン、という音と一緒に、木かプラスチックか分からないが、少なくとも金属ほどには硬くないものの感触が、カッターナイフを通して手に伝わってくる。
何かと思い、段ボールを開けてみると、きっちりと段ボールに覆われた木箱が姿を現した。その木箱の隙間から、白い煙が冷気と一緒に漏れ出ている。冷凍の蟹でも入っているのかな、と現実逃避をしようとしてみたが、箱の隅に書かれたマグロ運送の文字が邪魔をする。冷凍のマグロの可能性も、サイズ等々から考えるにあり得るが、それを捌く技術がないので、結局のところは億劫だ。
蟹かマグロか、それとも死体か。意味の分からない究極の選択を強いられたまま、俺は既に決まっている答えを知ることにする。木箱の蓋を何とか押さえている柔い紐をカッターナイフで切り取り、木箱の隙間に指を突っ込んで、その隙間から漏れ出る冷気と対面する。
そして、俺はその白い煙と一緒に溢れる冷気の中央に、等身大の綺麗な人形が横たわっている光景を見た。微かに赤みを帯びているように見える頬は、今にもその人形が動き出しそうに見せているが、手で触れるまでもなく、その赤みが化粧であることは分かった。
とても精巧な人形だと思い、人形に手を伸ばしてみるが、その肌に触れる前に俺の手は止まる。そこで気になってしまったのが、その人形の特徴だった。とても若く、とても美しい女性の人形だが、その身長や体形まで、どこかで見覚えのある姿をしている。どこか、と誤魔化すまでもなく、俺の頭の中ではどこで見たことなのか分かっているが、まだ少し飲み込めていない気持ちが強い。
ゆっくりと、震える手を人形の肌に近づけた。触れた、というよりも、当てた、という方が近いくらいに、それは一瞬の接触だった。それでも、その誤魔化し切れない柔らかさに、俺は気づいたら、箱から飛び退くように逃げていた。尻餅を突き、箱の中でただ眠っているようにしか見えない女性の表情に目を向ける。
どうやら、十万円は宙に消えることがなく、ここに結実したようだ。それが喜ばしいことなのかは分からない。