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 御厨や柴田の手足によって、ボロボロになった俺の身体が治るまで、俺は病院のベッドの上で過ごすことになった。それで何もかもが帳消しになれば良かったが、死体を購入し、それを家族の家の前に放置したことは消えない罪として残る。猶予こそ与えてもらえたが、俺の履歴に傷がついたことと、大学を辞めることになったこと、それから、母親を泣きながら怒らせたことは、想像以上に俺の心に傷を残した。


 それでも、俺はどこかで安堵していた。これだけの傷も、全てを痛いと思うことも、死ねば感じなかったことだ。どれだけ悪いことでも、それが確かな実感として残っていることは嬉しかった。


 俺を助けてくれた八雲さんと小林さんとも、あれから何度か逢うことになった。詳細は話してくれなかったが、受けた依頼からマグロ運送のことを調べる必要があったようで、そのために購入者を当たっていたようだ。分かるのは、あくまで購入した可能性のある人物ばかりだったが、その中の一人が俺だったようで、どうやら、俺がスーツケースを運ぶところも目撃されていたらしかった。

 それなら、もっと早くに助けてくれると良かったのに、と愚痴を零すと、小林さんが頭を下げて、見失ってしまったことを謝罪してきた。スーツケースを運ぶ俺を尾行していたが、駅で御厨に拉致される直前、見失ってしまったそうだ。


「違うの。ちょっと可愛い犬だったから」と八雲さんは気になることを言っていたが、敢えて追及はしなかった。


 その後、退院した俺は真っ新になってしまった人生を歩むことになった。いや寧ろ、以前よりも陥没しているかもしれない。少なくとも、最初は経歴に傷などなかったのだから。


 これから、どうするかは全く思いついていなかった。ほんの数日間の出来事だったが、その強烈な体験を頭が処理してくれていない間に、次のことなど決められない。せめて、あの死体、早乙女柚希には、その家族には、明確な謝罪をするべきだ。その気持ちはとても強かった。

 しかし、面と向かって謝罪することは非常に難しかった。早乙女家の前まで行きはしたが、そこから、早乙女家の人間と逢うとなると、どうしても覚悟が決まらなかった。正式な謝罪をするべきだ、という思いは強かったが、それ以上に、逢って罵声を浴びせられることが怖くて仕方なかったのだ。


 御厨達に捕らえられた後遺症だった。俺はほんの少しでも罵声を浴びせられると、あの瞬間がフラッシュバックし、強い吐き気を催すようになっていた。仕事が決まるまでの間と思い始めたバイトも、それが理由でクビになった。少しでも怒られると、吐きそうになるどころか、最悪吐いてしまうような人間を、そうそう雇い続けてくれる店は少ない。


 結局、何度も短いバイトで働きながら、一向に決まらない仕事を探し、謝罪する覚悟を決めようと早乙女家の前に行って帰ってくる。そんな日々ばかりを過ごすことになる。

 もう既にダメになっている人生かもしれないが、このままでは回復するかもしれない可能性を潰している。新たな行動を開始しないと、このままでは生き残ったにも拘らず、死んだのと同じ人生を生きることになる。


 その思いが強くなったある日のことだ。俺は御厨達に捕らえられたあの日の夢を見た。あの日を最初から再び体験するような夢で、俺はスーツケースに入った死体を運んでいた。それを家族のところに返し、駅に戻ってきたところで、御厨に捕らえられる。


 そこで勢い良く目覚めた。脂汗が酷く、布団には俺の形の跡が残っている。最悪な夢だと思いながら時計を見ると、既に昼の十二時を過ぎていた。夜にはバイトがあると思いながら、俺はさっきの夢を思い出し、不意に気づいたことがあった。

 あの日、スーツケースを持って駅に到着した時、俺は上杉に見つかった。その時はスーツケースを誤魔化すために実家に帰ったと言ったのだが、思えば、それ以来、上杉と逢っていない。大学を休んだこともあるが、入院中も上杉が逢いに来ることはなかった。あまり深く考えなかったが、非情なやつだと今更ながらに思う。友人なら、一度くらいは見舞いに来てもいいではないか、と思ったところで、俺は一発殴ろうと思っていたことを思い出す。そういえば、まだ一発も殴っていない。


 これは良い機会だと思い、俺はスマートフォンを手に取った。直接的に逢う約束を取りつけてやろうと思い、俺は上杉に電話をかける。

 しかし、上杉はなかなか出なかった。時間帯も時間帯なので、何か忙しくしているのだろうと思い、俺は電話を切ろうかと考える。


 その時、チャイムが鳴った。何かと思い、玄関に向かい、覗き窓を覗いてみると、見慣れた服を着た配達員が立っている。何かを頼んだ記憶はないので、誰かが何かを送ってきたのだろうか、と思い、俺は電話を切って出ようとした。


 不意に気がついたのは、その時だった。スマートフォンの着信音が玄関の向こうから聞こえていた。

(あれ?)と思いながら、俺は電話を切る。着信音もちょうど鳴り止んだ。

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