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暖かな想い  作者: vicious
1章
7/15

風邪には御用心

ジリリリリリリリリリリリリリッ!!



いつもの様に目覚まし時計は朝から気合が入っている。

まだ強烈に眠いけど、今日は学校だから起きないとな。

もぞもぞと時計に手を伸ばそうとした刹那、二の腕あたりに違和感を感じた。



「マジか。まだ筋肉痛治ってないのかよ……」



ボウリングに行ったのは土曜日。

そして今日の日付は月曜日。

1日おいても尚、筋肉痛は健在だった。



「風呂に入る前に腕立て伏せでもして鍛えようかね」



そんな考えが浮かんだが、すぐに却下した。

以前にも、やろうと決意して腹筋を始めたものの続いたのは2日だけ。

三日坊主すら達成できなかった俺は持続力が無いのだろう。

我ながらなんとも情けない体である。






幸いにして筋肉痛は腕だけなので歩くのに支障はない。

すぐさま学校に着くと、偶然にも廊下で紫苑さんと鉢合わせになった。



「あれ?裕樹君?里佳は?いつも一緒に登校してるんじゃないの?」



一体今の会話にいくつ"?"が入ったのか。

それも挨拶もなく急に尋ねてきた。

そういえば今までこの人が挨拶をするところを見たっけな?



「いや、いつも一緒に登校してないよ。たまたま時間が一緒になったりするだけだ」


「あれ?そうなの?お姉さんがっかりー」


「そんなこと言われてもな」


「君達って陰でこっそり付き合ってたりするのかなーって思ってたのになぁ」


「んなワケねーだろ」


「あっそ。でもね………」



紫苑さんは急に真面目な口調になった。

彼女がこんな風になるのは出会って以来初めて見る。



「最近の里佳ってちょっと違うのよ」


「違う?どういう意味だ?」


「なんていうか、君が来てからクスクス笑うんだよね。にっこり笑うんじゃなくて」


「………。それはつまり俺が面白おかしい奴だと、そう言いたいのか?」


「確かに君は面白おかしいんだけど……」



そこは否定してほしかったよ。



「あんな笑い方するところ、最後に見たのは小学校の最初のほうまでかな」


「ふうん……」


「ふうんって、そっけないなー。里佳のことだよ?」


「いや、俺は別に里佳さんを………」


「はいはい。言わなくても分かってるよ。別に里佳のこと好きじゃないって言いたいんでしょー?」



不敵な笑みを浮かべてそう言った。

絶対に分かっていないな、この人。


正直なところ里佳さんが彼女っていうのは悪くない。

しかし、心のどこかでブレーキをかけている俺がいる。

やはりあの誓いのせいなんだろうな。


今になってもあの時の楓さんの顔は鮮明に思い出せる。

その表情は忘れることができない。

でも、頭に焼きついているのはそれだけではない。

里佳さんの笑顔。

それもまた住みついて離れない。



「人の話ちゃんと聞いてる?」


「ああ。でも教室に着いたからこの話はやめだ」


「あれ?いつの間にか着いちゃったか。でも席は隣同士でしょ?」



……そういえばそうだったな。

どうしたものかと機転を利かそうとする。



「こんな話聞かれると嫌だから終了」


「あーあ。お姉さん残念」



そう言って教室に入っていった。

が、俺はすぐには入らずに10秒くらい経ってから続いて入る。



「何してたの?」



不思議そうな顔で紫苑さんに質問された。

まあ、確かに疑問に思うだろうな。



「一緒に登校してきたと思われたくないから、タイミングをずらした」


「ちょっと傷ついたよー。何であたしとは嫌なの?里佳とは普通に来てるのにー」


「里佳さんの場合は手遅れだったからな。転校初日を覚えているか?」


「なるほどねぇ」



会話に一段落ついて机に用意をしまい込む。

今日の授業に数学は無い。

そう考えただけで嫌な気分は吹き飛ぶのだ。


ふと、時計を見上げると残り5分だった。

ちらりと里佳さんの席を見る。

が、そこにいるはずの人がいなかった。

妙だな。いつもならとっくに来ている時間なのに……。


そしてとうとう里佳さんが来ないまま葛城先生が来てしまった。

紫苑さんに聞いてみたが、どうやら彼女も知らないらしい。

一体どうしたんだろうか?



「さあて、出席を確認するか。………ん?荻野の横に空席があるな」



先生は座席表を手でなぞっていた。

いつも点呼は取っていないが、皆が出席しているのかをきちんと見ているらしい。



「千堂が休みか……。おい、荻野。何か知らないか?」


「いえ、わかりません」



その時、誰かのケータイの着信が教室に鳴り響いた。

音源は………左のほうだ。


顔を左に向けると紫苑さんがなにやらもぞもぞしている。

まさか彼女のケータイが?

すると紫苑さんは全く罪悪感を感じてなさそうに堂々とケータイを開き、画面を見ていた。



「一之瀬のケータイか。今はHRなんだからケータイは………」


「あ、里佳……じゃなくて。千堂さんからの伝言です。今日は風邪で休むそうです」


「千堂から?なるほど風邪か……。わかった。皆も季節の変わり目だから風邪をひかないようにな」



ありきたりな言葉で生徒に注意を促して、名簿にカリカリと書き込む先生。

里佳さんは風邪だったのか。



「よしこれでHRは終わりだ。っていうか一之瀬!返信しているのか知らないがHRの後でしなさい」


「あ、ごめんなさい」



ケータイを閉じて、一応は罪悪感があるような返事をする。

まあ、どうせ演技なんだろうけど。



「まあ、とにかく終わるか。大原」


「起立。礼」



それから里佳さんのいない授業を受けた。

なんだかいつもより味気ない気がしたのは思い過ごしなのだろうか。











──昼休み

紫苑さんと一也と一緒に学食に来ていた。



「でさー、里佳のことなんだけど。裕樹君、お見舞いに行ってあげてくれない?」


「ああ、もちろんいいぞ………って1人でか!?」


「俺たちもホンマは行きたいんやけどな。今日は部活の大事なミーティングがあるねん」


「……はあ?部活?お前ら部活やってるのか?」



そんなの初耳なんだが。

てっきり俺と同じく帰宅部だとばかり思っていたのに。

まさに青天の霹靂(へきれき)だった。



「あれー?言ってなかった?あたしと一也は料理部なんだけどねー。今度、大会があるからミーティングがあるの」


「ちなみに里佳さんも何か部活を?」


「お前と同じ帰宅部や。ちゅうかね、なんで紫苑が料理へたやのに料理部に入ったんか………あだぁ!?」



すかさず紫苑さんは一也の頭をひっぱたく。

上下関係がはっきりしているなぁ。



「料理が上手くなるために入ったに決まってるでしょ。で、話を戻すけどね?」


「ああ」


「あたし達は行けないから、悪いんだけど1人で行ってくれないかなぁ?」


「そんなこと言われても場所が分からないんだが」


「そのことなんだけど……あたしが裕樹君のマンションからの地図を描くね」


「地図を描く?そんなことできるのか?」



確か紫苑さんの家の方角は全く違う。

だと言うのに、俺のマンション周辺の地図を描けるのだろうか?



「ふっふーん。あたしを甘く見ないでよ」



ポケットから紙とシャーペンを取り出して描き始めた。

何でそんなもん常備しているのか非常に気になったが、みるみるうちに地図が完成していった。



「すげえな。人間か?」


「失礼ねー。ちゃんと海馬に記憶してるのよ」


「料理の腕前は上がらんけどな………いぎっ!?」



一也は再び奇声を上げて悶えていた。

なんというか、随分とバイオレンスな関係なんだな。



「はい。じゃあ頼んだよー」


「あ、ああ」











というワケで、紫苑さんの地図を頼りに無事に里佳さんの家にたどり着いた。

表札には『千堂』と書かれている。

わりと珍しい名前だから間違いないだろう。

ここで伊藤とか加藤とかなら不安になるかもしれないが。


問題はインターホンを押そうとすると指が震えることなんだよな。

手をかざすだけでプルプルと震えて押せない。

さて、どうしたものか。



「ワンワンワンワンワンッ!」


「っっ!!!」



勢いよく振り向く。

散歩をしていた犬が俺に向かって吠えていた。

だが、すぐに飼い主にリードを引っ張られて去って行った。


まったく驚かしやがって……。

心臓に過度の負担をかけて殺す気か!

まあ、なにはともあれ元凶は去って行ったから安心だ。

そっと肩の力を抜く。



ピーンポーン♪



……………は?

突然、そんな音が鳴った。

自分の指を凝視すると、千堂家のインターホンを押してしまっていた。

冷や汗が背中を流れる。

あんの犬め!次に出会った時がお前の最期だ。



『はい……。どなたでしょうか?』


「あ、えっと。荻野裕樹と申しますが」


『……………』


「あの、聞こえてますか?」


『………ゆ、裕樹さんっ!?』



応答したのは里佳さん本人だった。

どうやらインターホンの向こうではかなり動揺しているようだ。

まあ、無理もないか。



『今、行きますから……待っててください』


「ああ」



その言葉を最後に、インターホンがプツンと切れた。

30秒ぐらいたってから玄関のドアがゆっくり開く。

中から出てきた里佳さんはパジャマ姿だった。



「こんにちは。具合は大丈夫か?」


「はい……。裕樹さん、どうして私の家が?」


「紫苑さんに地図を描いてもらった」


「そうですか。とりあえず……入ってください」


「うん。お邪魔します」



スリッパに履き替えて里佳さんの後をついていく。

とある一室に入る。

入った部屋はどうやら彼女のものらしい。


なんとも女の子らしい部屋だった。

ファンシーな小物とかが置いてあったり、ぬいぐるみがあったり。


よく見ると俺がプレゼントしたクマのぬいぐるみだった。

その隣にはちょっと古いが、同じくクマのぬいぐるみがある。

前にお父さんにプレゼントされたって言ってたな。



「ここに座っててください。お茶を入れますから」


「病人が無茶すんな。途中で店に寄って買ったミカンがあるから食ってなさい」



大サービスにミカンの皮を剥いてやる。



「はい。どうぞ」


「なんだかお父さんみたいですね」



などと言いながら里佳さんはモグモグと食べていた。

その仕草はハムスターを思い出させるというか。

どうやら大した風邪ではないようだ。



「そういえば紫苑さんと一也さんは?」


「部活だって。なんでも大事なミーティングがあって来られないとか」


「料理部でしたね。いいですよねぇ料理部って」


「里佳さんは入らないのか?」


「私は……家の手伝いがありますので、っこほん!」



里佳さんは急に咳をした。

まだ完全に治りきってないようだ。



「寝た方がいいんじゃないか?」


「え?でも……せっかく来ていただいたのに」


「俺のことは気にしなくていい。体を休めろ」


「………はい」



里佳さんはベッドに横になる。



「結構寝たんですけど……また、眠たくなってきました」


「眠たいならきちんと寝とくんだ」


「あの………手を」


「ん?」


「眠るまででいいですから……手を握ってくれませんか?」



トクン!



鼓動が高鳴った。

そんな目をして頼まれては断れない。

ちょっと恥ずかしいけど、里佳さんの手をキュッと握る。


風邪をひいてる割に少し冷たい手。

その手は小さくて、儚くて……。

守ってあげたいと思った。



「ありがとうございます……」



里佳さんはそっと目を閉じる。

しばらくしてすぐに寝息をたてていた。



「この前と立場が逆だな」



保健室のことを思い出す。

あの時は俺が病人だった。

まあ、目を覚ました時には里佳さんは寝コケていたけど。


見た感じ安らかに眠っている。

もう、手を放しても大丈夫かな……。

起きないようにそっと手を振りほどこうとする。



キュッ!



だが、里佳さんの手がそれを許してくれなかった。

起きてしまったか?と思ったが、彼女は眠っている。


と、そのとき玄関のほうから物音がした。



「ただいま〜」



そんな声が聞こえた。

まずい。家の人が帰ってきたのか!

どど、どうしよう?とりあえず深呼吸だ。



「すぅ〜、はぁ〜。すぅ〜、はぁ〜」



落ち着いてきた。

さて、どうしたものか。

と、考えていると部屋のドアが開いた。



「里佳〜、友達でも来てるの?………あら?」



女の人と視線が合ってしまった。

どうも、と会釈すると向こうも会釈した。

次いで、その人は俺と里佳さんの繋いだ手の方に視線を移した。



「あのぉ、里佳の彼氏さんでしたか?」


「あ、いえ。ただの友達ですけど……」


「あら?随分と仲が良さそうですけど」



見ず知らずの人に会って第一声がそれか?

もっと心配しなさいよ。

俺が悪者だったらどうすんだ。



「あ、申し遅れました。俺、里佳さんと同じ学校の荻野裕樹です」


「あなたが荻野さんですか。初めまして、里佳の母で千堂 (なぎさ)と申します」


「はい。あの……俺のこと何か聞いてるんですか?」


「ええ。なんでも面白い方だとか」



里佳さんは一体この人に何を話してるのだろうか?

とても気になって仕方がない。



「う〜ん。……………あれ?」



背後から眠たそうな声がした。

どうやら里佳さんを起こしてしまったみたいだ。



「あ、里佳。起きちゃった?」


「お母さんと………裕樹さん?」



俺を見て不思議そうな顔をしている。

まだ寝ぼけているらしい。



「見舞いに来たこと忘れたのか?」


「…………そういえば、そうでした」


「で、里佳。あんた体大丈夫なの?」


「うん。朝よりか楽になったよ……」



ですます口調から普通の口調になっていた。

家ではこの話し方をしているようだ。

いや、そんなことより。



「あのさ。目が覚めたんなら、そろそろ手を……」



里佳さんの視線が手の方に移る。

寝る時に繋いでいた手がまだそのままの状態だった。

彼女は慌てて引っ込める。



「え?あ!す、すいません!」



顔を赤くして下を向いてしまった。

母親の前でよっぽど恥ずかしかったのか。

で、その母親がさっきからニヤニヤしているのは何故か。



「やっぱりあなた達って恋人同士なんじゃないの?」


「お母さん!?私と裕樹さんはそんな関係じゃないってば!」


「あの……。一応、病人なんだから安静にしないと」


「うぅ。もういいです!」



そっぽ向いてしまった。

いじけモードが発動したのか。



「コラ。他人の前でみっともないことしちゃダメでしょ?」


「……………」



何を言ってもムダらしい。

時計にある時計をみると、もう5時半だった。

俺もそろそろ帰ろうかな。



「あの、もう5時半ですし。俺、そろそろ帰ります」


「あら?帰っちゃうの?じゃあ里佳がこんなんだから私が玄関まで見送ります」


「あ、はい。じゃあ里佳さん、またね」


「……………はい」



一応きちんと返事はしてくれた。

なんだかんだで優しい人なんだよな。











「またいらしてくださいね」


「はい。ありがとうごさいました」


「いえいえ。こちらこそ里佳の看病ありがとうね」


「大したことはしてませんから。では、さようなら」


「さようならー」



帰りも紫苑さんの地図を頼りに歩く。

おっと、一応紫苑さんに報告しておこうかな。

まあ、メールでいいだろう。



『お見舞い行ったぞ』



送信する。

すると、わずか30秒後にメールが返ってきた。

どんだけ早いんだよ……。



『おおー。1人で行けたみたいだね。里佳とは何か進展あった?』


『じゃあ、また明日な』


『待ちなさい、コラ!逃げるってことは、やましいことがあったんじゃないの?』



紫苑さんのニヤニヤした顔が頭に浮かんだ。

別に何もねえよ!

しいて言うなら手を握ったことぐらいだが、絶対に言いたくはない。

でも、里佳さんの手………柔らかかったな。



『期待に添えるようなことなんて何もない』


『期待を裏切るようなことがあったの!?』


『今のをどう解釈したらそうなるんだ!』


『やっぱ裕樹君っておもしろいねー』


『じゃあ、また明日な』



何だかムカついたので会話を止めてやる。

ざまあみろ。



『うん♪また明日ー』



そういう返しで来たか……。

なんかムカつくな。

しかし、これ以上メールを続ける気もなかったので良しとする。


俺は里佳さんの手の感覚を思い出しながら、家に帰った。


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