表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暖かな想い  作者: vicious
1章
4/15

優しさは戸惑いに

ガバッ!!


まるで体が勝手に動いたかのように跳ね起きた。

嫌な汗がつぅっと流れる。

胸の鼓動もドクドクと耳に聞こえてくる。



「また……あの夢か」



一体この夢を見るのは何日ぶりだろうか。

楓さんと過ごした時の夢。

3年前はよく見ていたが、最近は全くだったのに……。

それがどうして今さら?


ふと里佳さんの顔が浮かんだ。

だが、頭を振ってそのビジョンを無理やり拭い去る。


……違う。そんなはずはない。


俺はあの時からずっと考えていた。

どうしたら楓さんに許してもらえるかを。

そして俺は恋愛を自制することにした。


俺はもう二度と誰にも恋なんてしないと胸に誓ったんだ。

それが楓さんに対しての俺なりの償いだ。


確かに里佳さんはかわいい。

不意にドキッとすることもしばしばあった。

だが、そんなものは全く関係ない。

………関係ないんだ。



目覚まし時計の針は4時を示している。

外はまだ暗いようでカーテンの隙間からも光は漏れていない。

いくらなんでも起きるのには早すぎる時間だった。



「寝なおそう」



タオルケットをかぶり直して寝ようとするも、とっくに目は冴えてしまっていた。

本を読んでみても、内容は頭に入ってこない。

羊でも数えてみたが、全く効き目がないことが証明されただけだった。

結局それから眠れないまま、窓の外は明るくなってしまった。










瞼がピクピクと痙攣している。

どうやらやはり睡眠時間が足りていないようだ。

加えて少し頭痛もする。



「まあ、学校には行けるかな」



きちんと戸締りは忘れず、家を出た。

学校までの道をトボトボと歩く。

多少は慣れてきたはずの道なのだが、いつもより確実に辛い。

早く学校に行って少しでも仮眠を取ったほうがいいかもな。


ちょっとキツイが歩くペースを上げる。

時間はまだ8時10分。

学校に着けば20分ぐらいは寝れるだろう。

もう少しの辛抱だ。



………

……



教室の戸を開ける。

今の俺はそんな動作にも少し苦労を要した。

中に入るとHRまで時間があるからか、生徒はまだ半分もいない。



「おっす」



ベシッ!!



「いでっ!」



いきなり背後から叩かれた。


しっかりと立っていなかった俺は前に倒れそうになったが、なんとか踏みとどまる。

振り返ると一也が妙な顔をして俺を見ている。



「そない強う叩いてもうたか?」


「いや、今日はちょっと寝不足でな」


「そうなんか。なんか死んだ魚みたいな顔してるで」



死んだ魚だって?結構リアルに想像してみる。

……………。



「なあ、今の俺の顔ってそんなに危ない感じなのか?」


「ああ。あんま顔色ようないで」


「やっぱりそうなのか。ちょっと寝て回復してくるわ」


「おう、そうしときや」



そう言うと一也は自分の席へと向かった。

俺も自分の席に着き、カバンを横にかけて頭を机の上に置いた。



………

……



キーンコーンカーンコーン



パッと目を開く。

チャイムの音が頭に響くと痛みまで駆け抜けてきた。


まずい。頭痛が余計に酷くなっている。

かなり体がしんどい。


ガラガラっと教室の戸が開き、葛城先生が入ってきた。

教壇に着くと紙を見て何か喋っているようだが、今の俺は完全にそれどころではない。

その声は耳から入った後、頭の痛みへと変換していく。



「裕樹さん。大丈夫ですか?」



俺の様子が変だったのだろうか、里佳さんは心配そうな顔でぼそっと聞いてきた。



「ああ。大丈夫だ」


「本当ですか?」


「本当だ」



なんとか平静を保ってそう返事した。

里佳さんはそうですかと言って俺から視線を外した。



どうやら誤魔化せたようだ。

あまり他人には余計な心配はかけたくない。

極力表情に出さないようにしないといけないな。












──4限目。

国語の先生が教科書の内容を朗読している。


俺はというと、頭痛のみならず体のだるさが生じてきている。

額からは脂汗でも流れているような感じだ。

これはもう保健室に行ったほうがいいかもしれない。



コツン



何の前触れもなしに左側頭部に軽い衝撃が襲った。

机に紙がポトリと落ちる。

前にもこんなことがあったような気がする……。

紙を拡げてみる。



『大丈夫?顔色悪いよ?』



視線を左に移す。

紫苑さんがこちらを心配そうに覗っていた。

やはりこれ以上隠し通すのは限界かもな……。

諦めるか。



俺は手をすっと高く上げた。

先生は教科書を朗読してたにもかかわらず、それに気づく。



「ん?どうした?えっとお前は転校生の荻野だったな?」


「はい。気分が悪いので保健室に行ってもいいですか?」



そう言うと先生が俺の方へ歩み寄ってくる。



「ふむ、確かに顔色がかなり悪いな。わかった。保健室に行きなさい」


「はい」


「えーと………お!千堂、お前は副委員長だったな?保健室まで荻野に付き添ってあげてくれ」


「わかりました。では、行きましょう、裕樹さん」


「ああ」



幸いなことに最後列なので戸は近い。

少し危なっかしい足取りで教室を出た。



里佳さんと2人で廊下を歩く。

当然だが授業中なので誰1人としていない。


聞こえてくるのは教室から漏れてくる先生の声と俺たちの足音だけだった。

逆にそれはこの沈黙を強調している。



「裕樹さん」



里佳さんが重い口を開く。

彼女が何を言おうとしているのかは大体見当がついていた。



「どうして私が尋ねた時に言ってくれなかったんです?」



いつもより口調が厳しかった。

もしかして怒っているのだろうか?



「あの時はもう調子が悪かったんでしょう?何で無理をしたんですか!?」


「……余計な心配をかけさせたくなかったんだよ」


「余計?人に心配されることは要らないものだということですか?」


「何でそんな……」



言いかけて途中で淀んでしまう。



”何でそんなに俺のこと心配するんだよ?”



そう言おうとしたが、言葉が最後まで出せなかった。

あの時と同じだ。

楓さんに別れを告げた時とまるで同じ言葉だった。


別に言ったって良いじゃないか……。


どうせ俺は彼女に恋なんてしない。

してはいけないんだ。

しかし、その言葉は喉に引っ掛かって出てこない。


どうしてだ?


今までだって他人とは一線を引いてきた。

全く人付き合いが無かったワケではないが、どこか拒絶していた。

俺の深い場所には誰も立ち入らせなかった。

そうしてきたはずなのに……。



ズキンッ!!



「つぅ!」



頭が急に痛んで思わず声を漏らしてしまう。



「裕樹さん?………裕樹さんっ!?大丈夫ですかっ!?」



視界がぐにゃりと粘土細工のように歪む。

次いで色がだんだん黒になってゆく。

もう自分が立っているかも分からなかった。



「しっかりしてくださいっ!」



その声を最後に俺の意識はシャットダウンした。














すぅっと目が開く。

まず視界に入ったのは見慣れない天井だった。




「……は?」



自分でも至極マヌケな声が出たと思う。

しかし、今はそんなことはどうでもいいことだ。



「ここは……どこだ?」



体をゆっくりと起こす。

見渡すと、前方と左右はカーテンで覆われいている。

窓から秋風が入ってきては、ひらひらと揺れていた。

風は俺の頬も掠めていき、それが少し気持ちいい。


しかし一体なんでこんなところで寝ていたのか。

記憶を遡ってみる。

そういえば、俺は頭が痛くなって里佳さんと教室を出て……。



……教室を出てどうした?


里佳さんと途中まで歩いていたのは確かだ。

だが、そこからが全く思い出せない。

なぜだか分からないが急に記憶が途切れている。

謎を謎のままにしておくのは気持ち悪いし、なんとか思い出せないのか。


目を閉じて集中してみる。

……………。



すぅー、すぅー。



気のせいか息遣いが聞こえた気がした。



すぅー、すぅー。



……間違いない。

閉じていた目をパチッと開く。音源を探してみるとすぐに見つかった。



「すぅー、すぅー」



犯人はすぐそばにいた。

里佳さんがベッドに顔を乗せて眠りこけている。

どうしてさっきまで気が付かなかったのだろうか。



「う〜ん……」



それにしてもチラッと見える首筋が色っぽいというか。

なんだかドキドキする。

髪の毛もさらさらしてそうな……。


思わず俺は里佳さんの髪に触れる。

ありふれた言葉で言うと、シルクのような髪とでも言えばいいのだろうか。

指と指の間をススーっと滞りなく流れていく。



「んん………」



里佳さんは言葉にならないような声をあげた。

俺も反射的に手をひっこめる。



「うーん。………あれ?」



ようやく目を覚ました里佳さん。

寝起きだからなのか、いつもと比べて顔がポケーっとしている。

彼女は瞬いたり、目をこすったりして意識を戻す。

同時に俺の存在にも気づいた。



「裕樹さん?……や、やだ!私、寝てしまいましたか!?」



そんなに恥ずかしかったのか、おどおどする里佳さん。

あまり見ることのないレアな光景だ。

普段とのギャップのせいもあってか、見ていて少しおもしろい。



「何を生暖かい目で見てるんですか!」


「あー。わかったわかった。とりあえず落ち着け」


「むぅ。大体あなたが倒れたせいなんですよ?」


「……は?倒れた?俺が?」



そう言えば教室を出た後の途中から記憶がバッサリと抜け落ちている。

気絶していたというなら納得もいく。

だが、普段に気を失うなんてことが無いせいか、どうもしっくりとこないな。



「あ!そう言えば具合は大丈夫ですか?」



急に心配そうな顔つきになる。

そんな顔をされると罪悪感が出てくるからやめてほしい。



「ああ。大丈夫だ」


「…………」


「ん?どうかしたのか?」


「いえ。朝に尋ねたときと全く同じ返答だったので」


「今度は本当に大丈夫だ。むしろピンピンしている」



むん!と、胸を張って元気であることをアピールする。

その動作が里佳さんの目にどう映ったのか、



「ぷっ。クスクスクス」



どうやらツボにはまったらしく、彼女は吹き出して笑っていた。

こんな笑い方をするのは初めて見る。

おっとりとした笑顔が普通なのだが、今はリミッターが少し外れたような感じだ。



バタン!



突然そんな音がしたかと思えば、次いで周りのカーテンがシャーとスライドする。

カーテンの奥から現れたのは一也と紫苑さんだった。



「あれ?里佳が笑ってる……?」


「なんやなんや?」



里佳さんが笑っているのを見て不思議がっている2人。

彼女は2人を見ると笑い止んでしまった。

もうちょっと見ていたかったな。



「あ。一也さん、紫苑さん、授業はもう終わりましたか?」


「ああ。もう放課後やで。チャイム聞こえへんだか?」


「ええ。少しだけ眠ってしまって」



……は?放課後?

さっぱり意味が分からなかった。



「なあ。一体いま何時なんだ?」


「もう3時だよ。今日は水曜日だから放課後はいつもよりちょっと早いけどね」



俺の質問に紫苑さんが答える。

3時ということは……俺は3時間も寝ていたのか。

いや、そんなことより。



「あれから里佳さんは授業に出てないのか?」


「そうなのよ。里佳は先生に無理言って許可してもらったんだから感謝しなさい」



人差し指を文字通りビシッと俺に向ける紫苑さん。

別に自分がやったワケでもないのに、何だか妙にエラそうだった。

しかし当然俺には反論する権限もなく、しぶしぶ言うことを聞くしかなかった。



「あら。もう具合は良くなったの?」



突如発せられた声に皆が一斉に振り返る。

そこには30代ぐらいの美人の女性が立っていた。

白衣を着ていることから、この人はもしかして保健室の先生だろうか。



「そっか、君は転校生だったわね。保健室を担当している桜丘(さくらおか) 絵梨(えり)よ」


「あ、はい。よろしくおねがいします」


「もう一度聞くけど具合はどうなの?」


「ぐっすり寝たせいかすっかり良くなりました」


「そう、そかったわ。もう少ししたら君の親に電話しようと思っていたのよ」


「あー。どうせ親は家には居ませんから」


「まあ、とりあえず起きたのならこの紙に記入して。学年、組、席、名前そして保健室を利用した理由等々」


「はい」



渡された紙にささっと記入し、すぐさま返す。



「速いわね。どれどれ………うん、OKだね。調子良いみたいだし、もう帰っていいよ」


「ありがとうございました」










保健室を出てから校門まで一也と紫苑さんは一緒にいたが、

彼らは反対方向に家があるらしく、そこで別れた。

ということで、里佳さんと2人で帰っているわけなのだが……。



「…………」


「…………」



なんだか非常に気まずい状態になっている。

話しかけるタイミングを失ってしまい、途方に暮れていた。

どうしたものかとあれこれ考えていると、1つ言わなくてはならないことがあった。



「なあ」


「え?あ、はい」


「あのさ……その、ごめんな」


「えっと……何がですか?」


「保健室に行く前のことだ。せっかく心配してくれたのに俺、余計だなんて言ってさ……」


「……はい。私も少し言いすぎたかもしれません。でも、本当に心配したんですから」


「うん。悪かった」


「まあ、どっちもどっちということにしておきましょう」


「………そうだな」



口ではそう言ったものの、全然どっちもどっちじゃなかった。

悪いのは確実に俺の方なのに。

それなのに、彼女は自分も悪いからあいこだと。

彼女の優しさが身に染みると同時に、申し訳ない気持ちになった。



「じゃあ、ここでお別れですね。私はこっちの道ですから」


「ああ。また明日」


「はい。きちんと体、休めてくださいね」



そう言って里佳さんは自分の家へと歩いて行った。

彼女はどこまでも優しい人だった。



「千堂里佳……か。何なんだろうな、あの人は」



どうしてあそこまで人に優しくできる?

おかしいのは俺の方なのか?

もやもやした気持ちのまま、俺は家に帰った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ