広がる仲間の輪
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!
鬱陶しいことこの上ない目覚ましの音は無情にも俺に語りかけてくる。
人間語に訳すなら『さっさと起きんかコラァ!』ぐらいだろうか。
心なしかいつも以上にやかましく感じる。
だが今日の俺はとてつもなく眠い。
とにかく眠い。
起きようとしたくなかった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!
だが目覚ましも負けてはいない。
やつは一旦鳴り出すと1分ぐらい鳴り続けるのだ。
一旦鳴り止むがその5分後にまた再開する。
とにかくうるさい。
俺はタオルケットの中に埋もれたまま時計に手を伸ばす。
視界を使わず手探りだけで見つけようと試みた。
しかし、いつまで経っても指先にはあの感触が感じられない。
「ぬぅ」
もうちょっと手を伸ばしてみた。
だが、健闘むなしくフローリングの床の少し埃っぽい感覚しか伝わってこない。
「ぐぐぐぐ………」
こうなったら意地でも手を伸ばす。
死にもの狂いで限界まで頑張ってみた。
起きて目覚ましを止めることは簡単だ。
しかしそれをやっては俺のプライドが我慢ならなかった。
人間、意地を張るということも大切なのだ。
肩を軸に腕を車のワイパーのごとく左右に振ってみた。
と、指先が何かしらの物体に触れる。
このとき俺は勝利を確信した。
ガチャリ。
そうしてやつは静かになった。
勝った!
思わずニヤリと笑みがこぼれる。
嬉しさのあまり、なんだか目が冴えてしまったので結局起きることにした。
いつ如何なるときでも勝利というのは心地よいものだ。
妙な満足感を抱きながら机においてある手帳を手にとって開く。
今日から平常の授業が始まる。
しかも、よりによって俺の大嫌いな数学からだ。
鬱陶しいこと極まりない。
何で文系の俺があんなものを解くのに朝から労力を使わなければならないのか。
嫌な気分になるのでさっさと準備を済ませて、飯を作ることにした。
「今日はスクランブルエッグにしようかな」
俺が作れる数少ない料理の内の一つだ。
あとは目玉焼きとインスタントラーメンしか作れない。
ていうより、それしか作ったことがない。
よくもまあこんなスキルだけで一人暮らしをするといったもんだ。
自分のあまりの無謀さに、むしろ感心する。
半熟加減が無駄に上手くなったスクランブルエッグを黙々と食べながら、
今日の新聞を見てみた。
『まさに最強!ボクシング界のニューフェイス現る』
ボクシングか。おそらく体も筋肉ムキムキなんだろうな。
俺には考えられんよ。
そもそもの話、ボクシング自体が俺には無謀すぎる。
そう思いつつスクランブルエッグを食べ終えた。
飯を終えたら歯をみがく。
俺は食後にやらないと気がすまない。
ときに朝食を食べる前に歯をみがく奴がいるのは何故だろうか?
何のための歯みがきだと思えてならない。
汚れを落とすための行為なのに、それでは本末転倒である。
大体みがいた後に食べる飯って不味くないのか?
ふと、時計を見るとまだ8時きっかりだった。
「ちょっと早いが、行こうかな」
玄関を出て鍵をがちゃりと掛ける。
空はうっすとら雲があるくらいで、うんざりするほど晴れていた。
まだまだ夏は終わってくれないらしい。
早く秋らしくなってほしいものだ。
「あ、裕樹さーん」
ふと後ろからそんな声がした。
立ち止まって振り向くと里佳さんが小走りでこちらに向かってくる。
「ふぅ。おはようございます。早いんですね」
少しだけ切れた息を元に戻して彼女は挨拶をする。
しかし気になることが一つ。
「日本語が重複している気がする」
「はい?」
「いや、何でもない。おはよう」
この際、細かいことは気にしないでおこう。
そう思いながら二人で並んで歩き始めた。
他愛もないやり取りをしながら俺たちは学校に向けて歩を進めた。
「いいか!?sinの加法定理というモノはだなぁ……」
1限目からの数学は苦痛より他ならない。
しかも、よりによって俺の大嫌いな三角関数から始まるという惨劇が用意されていた。
俺の精神力は、またたく間に削られていく。
さっさと終わらないだろうか。
時計を見てみる。
この時間で4回も見たというのに、まだ15分しか経っていなかった。
50−15=35分
そんな小学生低学年レベルの計算で残り時間を算出したら、げんなりしてきた。
まだ35分もあるのかよ……。
コツン
不意に左から側頭部に軽い衝撃を感じた。
次いで、机の上に紙くずがポトリと音をたてて落ちた。
だが俺の席は最後列だから先生も他の生徒も気づかない。
里佳さんは俺の右隣だから、彼女ではない。
なら、こんなことするのは誰だと思いつつ視線を左に移す。
「クスッ……」
と、左隣の女の子が笑っていた。
腰ぐらいまである長い髪にパッチリとした目。
どこかのモデルでもやってそうな人だった。
隣人観察を止めて丸まった紙くずを拡げる。
『こんにちは、一之瀬 紫苑だよー。シオンって呼んでね、転校生君』
くしゃくしゃの紙にはそう書かれていた。
手紙をもらったら返すのが礼儀だ。
俺は律儀にも彼女への返信を書く。
『俺の名前は裕樹だ。"荻野 転校生"ではない』
皮肉を交えて書き殴り、折りたたんで左に投げた。
彼女は机に落ちた紙を拡げて読むと、またクスっと笑った。
『ごめんねー、裕樹君。しかし君ってば面白いね』
『失礼な人だな紫苑さんは。大体いきなり何なのこれ?』
『君、数学は嫌そうじゃない?暇だから相手になって』
『勉学に勤しみなさい』
『面倒だもん』
『それならそれで俺を巻き込むな』
『数学嫌いなんでしょ?』
『否定はしないが暇つぶしなら他をあたってくれ』
『ケチー』
左を覗くと顔が膨れあがっていた。
仕方が無いので折れることにする。
『はいはい分かった。何をするんだ?』
『お、では質問!里佳とはどんな関係?』
『その質問は聞き飽きた』
『だって里佳はただ廊下でぶつかっただけって言うんだもん』
『全くその通りなんだが』
『そうなの?つまんないなぁ』
『そんなこと言われても知らんわ!』
俺が紙を返した途端に授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
いつのまにか、そんなに時間が経ってたのか。
「きりーつ。礼」
一也はしっかりと委員長をしていた。
礼をして数学の先生が教室をさっさと出ていく。
それと同時に紫苑さんが俺に喋りかけてきた。
「ありがとねー、裕樹君」
「いや、こっちも助かった」
「また暇なときはよろしくねー」
そう言って彼女は教室を出て行った。
その後姿に俺は思わず見惚れてしまった。
「裕樹さん」
「おわ!な、なんだ里佳さんか」
「なんだとは失礼ですね。それはそうと紫苑さんともう仲良くなったのですか?」
「うーん。仲良くなったというか、暇つぶしに付き合わされただけだ。里佳さんは彼女とよく話すのか?」
「はい。お昼とかも一緒に食べたりするんです」
「へぇ」
「あ、2限目は英語なんです。それであのですね……」
里佳さんは言いづらいのか口籠もる。
俺は彼女が最後まできちんと言うのを待った。
「私、この訳が当たるんですけど分かりますか?」
「どれどれ」
英語のテキストを拝借する。
数ある英文のうち、1つだけマーカーでアンダーラインがしてあった。
『No one is born stupid.』
それは短い英語だが、確かに少し和訳しづらい。
だが、俺は割りとすんなり答えをはじき出すことができた。
「生まれつき馬鹿な人はいない、ぐらいかな」
「なるほど。流石は文系です」
「俺も文系なんやけど、さっぱりやったわ」
どこからともなく関西弁が聞こえてきた。
「こっちや」
声とともに後ろから肩にポンと手を置かれた。
振り向くと案の定、一也がいた。
「一也さんも出来なかったのですか……。では流石は裕樹さんと言っておきましょう」
「俺の頭はそんな上等なもんじゃないぞ」
「今の発言は俺を敵に回したで」
一也が恨めしそうな顔で俺を睨んでくる。
心なしか彼の周りに負のオーラが出ている気がした。
その妙な迫力に圧倒される。
なんとか話題をそらさなくては……。
「そういや、さっき紫苑さんて人と話をしたぞ」
とっさに彼女とのやり取りを思い出して一也に話す。
「ふぅん。そうでっか……」
だが、一也はつまらなさそうに返事をした。
失敗したかと思い、また必死で他の話題を頭のなかに巡らす。
「じゃあ、自分の席に戻るわ」
そう言って、一也は言葉通り自分の席に戻っていった。
なんだか様子が変だ。
一体全体どうしたのか。
俺と里佳さんは顔を見合わせて頭をかしげる。
キーンコーンカーンコーン!
授業開始の合図が鳴った。
その瞬間、英語の先生がガラガラと教室の戸を開けた。
「ほいじゃあ、席に着けー」
四限目が終わって昼休みに突入。
というわけで学食に行きたい俺なのだが、はたして場所はどこなのか。
途方に暮れていた時、一也と里佳さんが俺に話しかけてきた。
「おーい裕樹、昼飯はどうすんのや?」
「良ければ一緒に学食に行きませんか?」
どうやら二人は委員長、副委員長として気遣ってくれているらしい。
「もしかして二人とも俺のために学食にしてくれたのか?」
そう思って口にした。
もしそうだとしたら、なんだか申し訳ない。
「私たちは最初から学食派なので心配は無用ですよ」
「そういうこっちゃ。あんた場所わからへんやろで誘ったんや。で、どうすんのや?」
「じゃあ、ありがたく案内されることにしようかな」
「ここが食堂です」
「どや?なかなかええ所やろ?」
「ああ。確かに凄いな」
まず驚いたのはその広さだ。
もしかしたら生徒全員が座れるのではないだろうか。
加えてメニューの数もかなり多い。
和洋中と一通りそろっている。
「どうやって買うんだ?確か生徒手帳を使うんだったよな?」
「トレイを持って列に並び、順番が回ってきたら注文します。そして料理を受け取り、手帳をICリーダーのようなものにかざすだけです」
「なるほど」
何とか言われたとおりに注文して支払った。
俺は豚のしょうが焼き定食、里佳さんはスパゲティ、一也はお好み焼きを頼んだ。
「さて、空いている席はどこだ」
3人分座れる所はないかと見渡す。
すると隅のほうにちょうど3人座れるスペースがあった。
「あそこでいいんじゃないか?」
「あ、そうですね」
「そんなら取られんうちに行こか」
空いている席に着いたが、一応空席なのか聞いておこう。
「隣、空いているか?」
と、俺が聞いて飯を食べていた女が振り向く。
その見知った顔に俺は驚いた。
「紫苑さん!?」
「おー、偶然だねぇ。あれ?カズっちと里佳も一緒なんだ」
一也は紫苑さんにカズっちと呼ばれていた。
この二人は仲が良いのだろうか?
ていうかそもそも知り合いだったのか?
「裕樹さん」
「うん?」
「一也さんは紫苑さんの隣だそうですから、私たちは向かいの席に座りましょう」
「了解」
席につくと早速待ちに待った飯にありつく。
まずは一口。
パクッ!モグモグモグ。
「……美味い!」
「そやろ?ここの学食はこの学校の自慢なんや。学食目当てで入学する奴もいっぱいおるで」
そんなこと言ってる間にも、豚のしょうが焼きはどんどん減っていく。
「凄まじいまでの食欲だね」
「裕樹さん。もうちょっとゆっくりと食べたほうが……」
ガツガツガツガツ!!
横で何か言っているようだが、きれいさっぱり無視。
美味くて箸が止まらなかった。
その辺にあるレストランより美味いのではないだろうか。
んぐうっ!!!
急に喉につっかえてしまった。
どこかに水は無いのか!
胸の上辺りをドンドンと叩きながら、必死の想いで水を探す。
「ぐぅ、んんん!」
「なにやってるんですか!水です!」
里佳さんから水をもらって無我夢中で水を飲む。
ゴクッゴクッゴクッ。
「ぷはぁ〜。し、死ぬかと思った」
「人の忠告を無視するからです。こうなるのじゃないかと思って水を汲みにいったのですが、まさか本当にやってくれるとは驚きです」
「面目ない」
「いやー、流石は里佳だね。いい嫁になるわ」
「よかったなぁ、裕樹」
「何がよかったなぁだ、コラ!」
「結構みんな噂してんで」
「はあ?噂って?」
「里佳ってモテるからねぇ。君が現れて外野も騒がしくなってるんだよ」
「私はそんなにモテませんよ。紫苑さんのほうが人気あるじゃないですか」
改めて二人をよく見てみる。
里佳さんと紫苑さん。
タイプは違うが、二人はれっきとした美少女である。
心なしか、今も少し視線を感じる気がする。
美少女二人が揃って食事をしているのだ。
きっと気のせいではないだろう。
もしかして俺はかなり際どい位置にいるのではないか?
「裕樹さん。聞いてますか?」
急に呼ばれてハッと我に返る。
気がつけば里佳さんの顔が目と鼻の先にあった。
「おわっ!」
「ひゃあ!な、なんですかいきなり」
「ご、ごめん。ちょっとびっくりして」
ふと一也のほうを見ると、声を殺して腹を抱えながら笑っていた。
あいつめ……。
「それでどうするんですか?」
「どうするって?」
「やっぱり聞いてなかったんですね。今日の放課後、裕樹さんの歓迎会にカラオケにでも
行かないかと紫苑さんが……」
「いいよね?」
笑顔満載で訊かれる。
ここで俺には断るという選択肢は無いのだろう。
まったくズルイ笑顔である。
「分かった」
「やったね!裕樹君の歌が楽しみー」
「おい。あんまり期待されると困るんだが」
「カラオケは普段行かないのですか?」
「行くには行くが、偏ったアーティストで90年代の曲がほとんどだ。
ちなみに前回の最高は89点だったかな」
「お、なかなかやないか。じゃあ俺と勝負や。負けたほうがカラオケ代を奢る、でどうや?」
「何で俺の歓迎会で俺が奢らなくちゃならんのだ!」
「なんや?負けるんが怖いんか?」
その言葉にカチンときた。
はっきり言って俺は負けず嫌いだ。
ここで身を引いては俺のアイデンティティが粉々だ。
「いいだろう。挑んだことを後悔させてやる」
「望むとこや。絶対に負けへんでー」
というわけで今俺たちはカラオケにいる。
「はい、歌い終わったよー。次は裕樹君だね。」
「ほいほい」
紫苑さんが終わって俺の入れた曲が流れ出す。
今から歌うのは90年代にヒットしてミリオンセラーになった代物だ。
この歌なら皆も知っているに違いない。
「これまた懐メロだねぇ」
「そういえばこの曲はヒットしましたね」
「なかなかのチョイスやないか。お手前見せてもらおか」
それぞれ何か言っているが、俺はそれどころではない。
かなり緊張してきた。
マイクを持つ手が軽くプルプルと震えている。
果たして上手く歌えるだろうか。
最初は確か……
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
「ほう」
「おおー」
「はわー」
「〜〜〜〜〜〜〜♪」
曲の1番が終わる。
久しぶりだったが、なんとか歌えた気がする。
「なかなか上手いやないか!俺、燃えてきたで」
「やるねぇ裕樹君」
「結構すごかったです」
「そりゃどうも」
ここまで言われると照れるな。
だが、褒められると結構嬉しいものだ。
思わず頬をポリポリと掻いてしまう。
……っといかんいかん。
もうすぐ2番が始まってしまう。
すかさずマイクを構えてまた歌い始める。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
………………
…………
……
…
『今回のあなたの点は……』
皆が息を呑んで俺の点数を待ち構える。
何点取れたのだろうか。
『90点だぁー!スゴいぞー!』
「よっしゃあ!」
「むむむ……」
「ほー」
「やりますね」
俺の自己新記録が更新された。
今日は調子が良いようだ。
ふっとテレビの画面が変わる。
「次は私ですね」
里佳さんの曲が流れ始めた。
どうやら季節モノのバラードのようだ。
彼女はマイクを持って歌い始めた。
「〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜♪」
これは上手い……。
里佳さんの優しい声が曲調とマッチしている。
流れるような曲が心地よく耳に響く。
「里佳もうまいねぇ」
「ああ。そうだな」
「ホンマやわ」
このバラードは結構レベルが高く難しい。
それをここまで歌えるのは彼女の腕が良いからなのだろう。
俺は彼女の歌に聞き惚れていた。
………
……
…
「ふう。裕樹さん、どうでしたか?」
「ああ。聞き惚れてたよ」
「そ、そうですか……」
俺が褒めると声を小さくして俯く里佳さん。
どうやら照れ隠しなのだろう。
『今回のあなたの得点は……』
俺の時と同じテロップが流れる。
聴いた感じからして高得点かもしれない。
『なんと95点だぁーー!見事な歌唱力だったぁーー!』
「流石里佳だね。あっさりと裕樹君を追い抜いちゃったよ」
「たまたまですよ」
「まあ、裕樹も遅れを取ってへんだけどな」
「そいつはありがとさん」
「それでは次いってみよー」
紫苑さんがピッとリモコンを押すと次の曲に切り替わった。
「よっしゃあ。次は俺がいくでー」
「あと1点……。あと1点で負けたっちゅうんか」
「これが現実だよ、一也」
今の俺はご機嫌だ。
一也との勝負は僅か1点の差で勝ちを収めた。
もちろん俺の分のカラオケ代は一也が出した。
一也は91点を出して俺は一時抜かれたが、最後の最後で92点を叩き出した。
そのときの一也の顔は思い出しただけで笑えてくる。
「まあまあ、カズっち。次リベンジしろー」
バッチーーーーーン!!
「痛!な、なにすんねん、紫苑!」
「いつまでもウジウジしてるからだよー」
「やりすぎじゃ、どアホ!手加減せんかい!」
「アホとはなんだアホとはー!」
「アホやない!どアホや!!」
一也と紫苑さんはギャーギャーと叫んでいる。
だが本格的なケンカではない。
ケンカするほど仲が良い、という言葉があの二人には似合いそうだ。
思わず暖か〜い視線を送ってしまう。
「あの二人、いつもああなんですよ」
いつのまにか里佳さんは俺の隣にいた。
「よくケンカしてるんですけど、次の日には仲直りしてて……」
「あの二人って付き合ってるのか?」
「いえ。まだ付き合ってませんが、そのうちたぶん」
「かもな」
「でも、なんだかいいですよね。そういうのって」
「………そうでもないさ」
「え?何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか」
まただ……。またあのことを思い出してしまった。
なぜだろうか?
最近よく脳裏をかすめるのだ。
俺の………初恋の人のあの悲しい顔が。