一難去ってまた一難
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!
「……んう?もう朝なのか」
瞼がとてつもなく重い……。
なんだか寝た気があまりしないなぁ。
よし、こんな時は頬でも引っ叩いてみますか。
この前は少しやりすぎてしまったから、少々控えめに。
……では、いざ行かん!!!
ペチッ
う〜ん。効果はいまひとつのようだ。
仕方ない、今度はさっきよりちょっと強めにしよう。
……では、いざ鎌倉ぁ!!!
バッチーーーン!!!
ひりひりする頬をさすって台所に向かう。
面倒だから今日はパン焼くだけにしとこかな。
マーガリンは買ってあったかな?
「あ、おはようございます裕樹さん。もうすぐパンが焼けるから座っててください」
…………………………は?
これは夢の続きなのか?
それにしては随分とリアルなもんだ。
夢というものは本人の欲望が強く表れるらしい。
つまりこれは里佳さんと朝を過ごすことを望んでるってこと?
それにしても、俺の脳はかなり精巧な夢を作ってくれるんだな。
てっきり現実とばかり思い込んでたよ。
では、仕方ないのでもう一度……
ペッチーーン!
かなり良い感じの強さで叩けた。
そう、俺が求めていたのはこの痛みだ。
一応言っておくが、俺は変態じゃないからな!
「どうしたんですか?自分のほっぺなんか叩いちゃって」
「…………………もしかして本物?」
「変な裕樹さんですね」
あ、そうか!
そういや、俺の家に泊ったんだっけ。
昨日のことが頭に蘇る。
彼女が訪ねてきたこと。
一緒に寝たこと。
そして、彼女に告白したこと。
全部、夢じゃないんだよな。
里佳さんの顔を見ると、昨日のことは現実だったんだと強く思う。
俺の胸で泣きじゃくった彼女は穏やかな顔だ。
里佳さんを俺の家に泊めてあげて良かったと思う。
少なくとも、このときはそう思っていた。
「ところで、何で制服着てるんだ?」
昨日は特に荷物を持っていなかったのに。
何故か、さも当たり前のように制服を着ている里佳さん。
「一度、家に帰ってからここに来たんですよ」
「どうやってもう一回マンションの中に入ったの?」
マンションの管理人とは仲の良い間柄ではあるが、きちんと仕事をする人である。
彼女は一体どんな魔法を使ったのか。
「事情を話したら開けてくれました」
「はあ?何て言ったんだ!?」
「私と裕樹さんは恋人同士ですって。昨日も家に泊まったって」
瞬間、俺の頭はオーバーヒートした。
あえて効果音をつけるなら『ぼふんっ!!ぷしゅううぅ〜〜……』ぐらいか。
顔に熱が帯びてゆくのが自分でもわかる。
「なんでそんなこと管理人さんに言うのさ!?あの人は噂好きなのにぃ………」
「あ、そうなんですか?これで公認の仲になれます」
罪悪感は全く感じてないようだった。
「管理人さんに顔を合わせられない……」
「あ、そういえば」
「今度は何?」
「恋人っていうのは否定しないんですね♪」
とっても卑怯な笑顔だった。
そんな顔されては何も言えないじゃないか。
「暗証番号教えとくから、今度からそれ入力して入ってきてくれ」
「はい、わかりました」
「番号はピーーーーーーーーだ。覚えたか?」
「えっとピーーーーーーーですか?」
「違う。最後に0が一つ足りない」
「つまりピーーーーーーーーですね?」
「ああ。もし忘れたらケータイに電話してくれ」
「はい、わかりました。ふふっ……」
「ん?どうかしたか?」
「いえ。なんだか恋人っぽくなってきたと思いません?」
顔の温度がさらに上昇した。
「………。ちょっと顔を洗ってくる」
「はい、その間に朝ご飯作り終えてますね」
そう言って里佳さんは料理を再開した。
フライパンの中はベーコンエッグらしい。
その後ろ姿は、もう恋人を通り越して新妻だった。
…………………。
余計に顔の温度が上昇した。
変なこと考えないでさっさと顔洗ってこよ……。
「「いただきます」」
誰かと一緒に朝飯を食べるのは久しぶりだ。
しかも相手は里佳さんだ。
ふと目が合うと、ふふっと微笑んでくれる。
「ぱくっ、モグモグモグ。お、美味い」
「そうですか?作った甲斐がありました」
「いつも里佳さんが朝ご飯とか作ってるの?」
「はい、母は忙しいですから」
「そっか」
昨日のことを思い出す。
里佳さんのお父さんはいないんだったな。
きっと寂しい思いをしたにちがいない。
だから、人一倍に寂しさを知っているから人に優しくなれるんだろうな。
でも、今は俺が……。
「なあ」
「え?」
「俺はずっと傍にいるからな」
「……………はい。私もずっと裕樹さんの傍にいます」
「一緒に登校してますけど、前にも何度かあったのでイマイチ新鮮味に欠けますね」
「まあ、仕方ないわな」
「手でも握ってみますか?」
「………………」
俺は黙って里佳さんに手を差し出した。
正直言って照れくさいが、繋いでみたいという気持ちもある。
きゅっ
こそばゆい感触がした。
繋いだ手を通して里佳さんの体温が伝わってくる。
しかし、なんだか彼女の手が震えている。
「ねえ。手が震えてるような気が……」
「そ、その。繋いでみたは良かったんですけど、恥ずかしくなってきてですね……」
「な………」
なんてこと言うんだよ……。
こっちまで照れてきたじゃないか。
彼女の手を少しだけ強く握ってみた。
「別に恥ずかしがることないだろ?恋人同士なんだし」
「え?」
「里佳さんは俺の彼女でしょ?」
「あ………。はい!」
その声と共に里佳さんも少し握ってくれた気がした。
俺のとなりを歩いてくれる大切な人。
恋人っていうのも良いもんだな。
「………ふーん。で、そのまま恋人同士になっちゃったんだねぇ」
「あ、ああ。何度も言うが、絶対に他人には話すなよ?」
「良かったなぁ、裕樹!」
俺たち4人は学食で飯を食べながら
学校では付き合っていることを伏せておくことにしたが、この2人には話すことにした。
まあ、紫苑さんには協力してもらったしな。
里佳さんは彼女の家に泊ったことになっている。
恩返しとは違うが協力してもらった手前、きちんと教えておく方が筋は通っている。
「しかし、来る者をことごとく粉砕してきた里佳がねぇ」
「紫苑さん、余計なこと言わないでください」
「なあ、裕樹。どうやって籠絡したんや?」
「とりあえずお前は飯を食うことに専念しろ」
「2人共、冷とうなったなぁ。そう思わんか紫苑?」
「まあ、彼氏彼女の関係だから仕方ないねー」
「何言ってやがんだお前ら?」
ピーンポーンパーンポーン♪
突然、校内放送の合図が鳴った。
この学校に来て初めて聞くが、どこも似たような音だ。
しかし一体何の連絡だろうか。
『呼び出しをします。2年4組の荻野裕樹君。同じく2年4組の千堂里佳さん。校長室に来てください』
俺と里佳さんは顔を見合わせた。
何かしでかした覚えは特にない。
一体何の呼び出しだろう?
もしかして転校関連のことかな?
だが、それなら里佳さんは全く関係のないことだ。
「2人とも呼ばれるって、なんかあったの?」
「さあ?私にもよく分かりません」
「俺もだ」
「まあ、さっさと食って行かなあかんな」
俺と里佳さんは残りのご飯を食べて校長室に向かった。
コンコン
「入ってきなさい」
「「失礼します」」
初めて校長室に入ったが、なんとも立派な部屋だ。
トロフィーの数もそこそこ多い。
そんな中、校長先生は椅子に腰掛けていた。
見た感じは温厚そうな人なのだが、油断は禁物だ。
こういう人は怒ると怖い場合が多い。
「それで、どういった用件でしょうか?」
「うむ。千堂君だったね?実はPTAの方から電話をいただいたんだよ」
「どんな電話でしょうか?」
「君が荻野君の家に泊ったという旨の内容だった」
思わず目を開いてしまう。
昨日のことがバレてしまったのか……。
もっと気をつけるべきだった。
「その様子からして本当のようだね」
「はい、本当です」
嘘をつくと厄介なことになりそうなので、正直に答えておく。
「千堂君と荻野君はそれぞれ親の許可を得たのかね?」
「いえ、貰ってません」
「……私もです」
「そうか……」
校長は難しい顔をした。
「単刀直入に尋ねるが、やましいことはしたのかね?」
「していません」
「そうか、安心したよ。しかし、このことは問題になるだろうねぇ」
「と言いますと?」
「噂が学校に広がれば、厄介なことになるかもしれん」
「そうですか……」
「まあ、PTAの方々には私から何とか言っておこう」
「ありがとうございます」
「うむ……。もう帰ってもいいぞ」
…………
………
……
…
「ねえねえ、聞いた?千堂さんと転校生の話」
「何それ?」
「なんでもその転校生の家に泊ったらしいよー」
「うそー!あの千堂さんが?」
「信じられないよねー」
数日後、そんな噂が広まっていた。
俺も里佳さんも精神的に参ってきている。
何で物事が上手く運ばないのだろうか。
ただ、里佳さんのことが好きなだけなのに。
「あんま気にせんときや」
「そうだよ。深く考えすぎると体に悪いよ?」
「ああ」
「はい」
とは言われても、噂は広がる一方で。
クラスの人からジロジロと見られていると疲れてくる。
どうしたものか。
「荻野君と千堂さんがねぇ」
「ふたりとも、もうやっちゃったらしいよ?」
嫌でもそんな声が聞こえてくる。
いい加減に勘弁してほしい。
もう、限界だった。
バンッッ!!!!
その音は教室中に広まって、空気がシーンとなった。
「おい、お前ら。ええかげんにせえよ?」
声を発したのは一也だった。
いつもの飄々(ひょうひょう)した雰囲気は全く感じられない。
その声は冷たくて、でも怒気が含まれている。
思わず息を飲んでしまう。
「委員長の命令や。少し黙れ」
…………
………
……
…
「久々に切れてもうたわ……」
「ここぞというとき熱いもんね、カズッち」
一也のおかげで教室内では噂を言う人はいなくなった。
だが、根本的な解決にはなっていない。
どうやったら学校全体から噂を消せるだろうか?
「人の噂は75日だもんね。あと2ヶ月半もあるよ」
「嫌なこと言わないでくれ」
「すみません、私のせいで……」
「気にすんな。そのおかげで俺たち付き合ってるんだし」
「はい」
「話が逸れてるでー。加えてイチャつくな」
「待てよ?そういえば明日は確か……」
あることを思いついて俺は愛用の手帳を開いた。
確か明日は時間割が……。
「裕樹さん、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと考えがあってな。職員室に行ってくるわ」
「あ、ちょっと……」
俺は職員室に向かって駆け出していた。
流石にもう職員室までの道は覚えた。
もしこれでダメだったら、どうしよう?
まあいい。とりあえず話すだけ話してみるか!
この角を曲がれば職員室はすぐそこだ。
「失礼しまーす。葛城先生はいませんか?」
「お?荻野か。校長から聞いたぞ。千堂とのことで大変なことになってるな」
「はい、すいません」
「話をしようと思ってたんだが、手間が省けた。それで、千堂とはどういう……」
「恋人です」
「ほう、即答か。きちんと節度は守ってるんだろうな?」
「はい」
「ふむ。お前らのしたことは良いとは言えないが、悪いと断定もできないな」
「すいません」
「そう何度も謝るな。で、学校に広まった噂をどうするかが問題だな」
「そのことなんですが………」
俺は自分の考えを先生に話した。
先生に許可を貰えば行動しやすくなる。
なんとか受け入れてもらいたい。
「う〜む。本当にそんなことするのか?」
「はい。今から噂を取り消すことはできませんから、それなら……」
「そうか。千堂のこと大切に想ってるんだな」
「はい!」
「わかった。協力してやろう」
要望、感想等々お願いします。