表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暖かな想い  作者: vicious
1章
1/15

新たな生活

ジリリリリリリリリリリリリリッ!!



まどろみの中で酷く不快な音が部屋に鳴り響く。

眠い目をこすり、脇にある目覚まし時計に手を伸ばす。


ガチャッと鈍い金属音が妙に頭に残るが目の焦点が定まらない。

加えて瞼がまた閉じようとする。

だめだ……。また寝てしまいそうだ。


こういう時はいつも思いっきりほっぺたを叩く。

せーの。



バッチーーーン!!!



少々やり過ぎてしまった。

寝起きということもあってか、目から少し涙があふれ出てくる。

次はもう少し控え目なビンタにしないとな。

まあ、とにかく目は覚めた。



「もう朝か……。今日は何があるんだっけ?」



ひりひりするほっぺをさすった後、机にある手帳を開いた。

今時の学生にしては珍しいが俺、荻野裕樹(おぎのゆうき)は手帳を使っている。

俺の一家は引越しの多い、いわゆる転勤族というやつだった。

そのせいかスケジュールを書くことが癖になっているのだ。



「しかし自分から言い出したことだが、一人暮らしも楽じゃないな……」



今まで母さんがしてたことを全部俺がやらなきゃいけないのはわかっていたが、

まさかここまで面倒くさいとは……。


俺は、この9月から転校生として高校生活を送るのだ。

そして2度と転校しないようにマンションの一室に住むこととなった。

両親も前々からすまないと思っていたのか、俺が提案するとあっさり承諾した。

経済的な面も全く心配ないらしい。


回想はこのくらいにして朝飯食うか。

モグモグモグ。ゴクゴクゴク。はい、ごちそうさま。

適当に朝飯を食って、学校に行く準備をする。


……ふと時計を見た。

8時10分。うん、そろそろ学校に行ったほうがいいな。






戸締りをした後、学校までの道をのんびり歩く。

いつもは転校初日じゃ緊張しないのに、今日はなんだか胸が高鳴っている。

それほどに今回の転校は俺にとって意味のあるものだった。



「てゆうかこの暑さのせいでもあるのかな。残暑がきびし……ん?」



十字路にさしかかると、ふと横目に落し物を発見。

見たところ生徒手帳っぽい。なんだか俺の生徒手帳にそっくりだ。



「あれ?俺の生徒手帳と一緒じゃん!ってことは同じ学校の……」



生徒手帳を開いてみる。真っ先に目についたのは女の子の写真。



「……かわいいな」



転校のプロである俺が思うんだから間違いない。

今まで見てきた中でも指折りのかわいさだ。

穏やかな目にキュっと引き締まった唇。髪はサラッとしたセミロング。


名前は『千堂里佳(せんどうりか)』か……。

学年は2年生か。俺と一緒だな。



「まあとにかく届けたほうが良さそうだ」



確かこれは学食のペイカードでもあったはず。

なくしたら昼飯が食えないし、使い込まれるのを心配してるかもしれない。

とりあえずカバンに入れておく。後で職員室の先生に渡しておこう。











「たしか職員室はこっちだったよな」



数日前の入学手続きの記憶を頼りに職員室を探す。

が、果たしてどこだったか。俺はよく道に迷うのだ。

ずばり、俺は方向音痴なのである。



「ホント方向音痴ってこういうときに苦労するんだよな」



と、曲がり角をまがりながら嘆いていると



ドカッ!!!



「おわ!」


「きゃっ!」



少しよろめいてコケそうになったが、なんとか踏みとどまった。

この勢いと痛さからして相手は走ってきたようだ。

それとこの声は女性のものだろうか。



「「ごめんなさい!!」」



声がハモッてしまった。ふとぶつかった相手の顔に目を向ける。


やはり女の子だった。それも、とびきりかわいい。

ってあれ?この子どこかで見たような……。はて?



「って、さっきの生徒手帳の子だ!!」



拾った生徒手帳の写真の女の子だった。凄い偶然だ。

まるで漫画やアニメのような展開だ。

もしかしてこれは何かのフラグでも立ったのだろうか?



「私の手帳あなたが持ってるの!?」



彼女は凄い勢いで顔を寄せてきた。顔と顔の距離がゼロになりそうだ。

てか、ホントに近すぎるんですけど。思わず後ずさりをしてしまった。



「あっ、ご、ごめんなさい」



自分のしたことに気づいて彼女は赤くなった。

少し恥じらいを含んだ顔もまたかわいいな。



「それで、あの、私の手帳あなたが……」



彼女の体は細くスラッとしている。

ワインレッドの色をした制服の間から見える彼女の肌は白い。



「えと、手帳……」



そういやぶつかった時も良い匂いがしたな。

うすく香水でもしているのだろうか。



「あのっ!!」


「は、はいっ!!」



いかん。ボーっとしてしまった。



「えと……。私の手帳、あなたが持ってるんですよね?」


「あ、ああ。うん。えっと、一応確認するけど君の名前は?」


「千堂里佳です」


「うん。やっぱり君のだね。どうぞ」


「ありがとうございます。は〜、良かった」



千堂さんの顔に安堵がひろがる。少し上がり気味だった肩もすうっと下がった。

やっぱり手帳をなくして困ってたんだな。


さて、俺も職員室に行かなくちゃ。職員室、職員室……。



「って場所がわかんないんだった!」


「ひゃあ!!どど、どうしたんですか!?」



俺が突然声を上げたので驚かせてしまったようだ。

心の中で謝っておきます。ごめんなさい。



「あ、ごめん。うん、俺、転校生なんだけど職員室はどこかなっと」



心の中だけで謝るつもりだったのにホントに謝ってしまった。

俺って律儀だな。



「転校生?じゃあ、あなたが噂の荻野裕樹さんですか?」


「そうだけど……噂?もう俺のこと広まってんの?」


「はい。なんでも世界史と政経はほぼ満点を取ったって」


「あれは運が良かっただけだったから……」



とは言いつつも、実は俺は社会が得意で模試では常に上位5位には入るのだ。

俺は人より記憶力が良いと自負している。

あれは覚える教科だから他と比べて点が取りやすい。

もっともグラフ問題とかの応用問題みたいなのもあるが。



「英語も90点くらいだったらしいですよ?」


「た、たまたま取れただけだよ」


「でも、ここの編入試験はとても難しいらしいですよ?」


「た、たまたま……」


「数学は駄目だったみたいですね」


「あー。数学は苦手だから。小学校でも算数はできなかったなぁ」



そうなのだ。記憶力が良い反動なのか、計算は人より苦手だ。

特に一年生の途中で習った三角関数というのは俺史上で最悪極まりない代物だった。

解いているだけで吐き気をもたらすあの記号は二度と見たくない。

ってゆうか何で俺の点数が漏れてるのだろうか?俺も知らなかったのに。


しかし彼女はよく喋る人なのか、俺が珍しいからなのか質問が多い。

見た感じは物静かな印象なんだがな。



「やっぱり文系ですか?」


「ああ。数学は死んでるからな。三角関数とか意味不明だ。君も文系か?」


「いえ、私は理系です。英語とかさっぱりで」



これはまた意外だった。見た感じ文系なのだが……。

まあ女子でも理系の子たまにいるよな。

今時、女子=文系という方程式は成り立たない。

まあ、昔はどんなのだったか知らないが。


ん?なんだか話が脱線してないか?

ってそうそう職員室だよ!職員室に行くんだった。



「あの、もう俺職員室に行くので……」


「あ、すみませんでした。あの、良ければ案内しましょうか?」


「いいのか?」


「生徒手帳のお礼ということで」


「なるほど。じゃあ頼む」


「はい」



といって彼女はくるっと後ろを向いた。

顔の動きにつられて髪がふわっと回る。



「こっちです。ついてきてください」


「おう」











「ところで何年の方でしたか?」


「君と同じ2年生だけど」


「あ、そうなんですか。あれ?私、自分の学年言いました?」


「生徒手帳」



意地悪な口調で俺が言うと彼女は「うぅ」と言って、小さくなった。



「あ、そうそう。同学年なんだから敬語はやめようぜ?」


「でも私、他の皆にも敬語使ってますよ?それだと荻野さんだけ特別になってしまいます」



そんなの嫌です的なニュアンスを含んだ言葉にちょっぴり傷ついた。



「わかった。敬語はいいから荻野さんは止めてくれ」


「文句の多い人ですね。なんと呼べばいいんですか?」



なんかだんだん態度にトゲがでてきてないか?

俺の気のせいか?



「裕樹でいい」


「裕樹………さん?」


「まあ、その辺でいこう。俺も里佳さんと呼んでいいか?」


「いいですよ」



里佳さんがにこっと笑った。

しかも、とびっきりの笑顔で。それは反則だろ。


なんだかんだで彼女は愛想が良い。

それは媚びたものではなく、彼女の自然体だ。

きっと友達とか多いだろうな。

彼女を好きな輩も少なくは無いはず。


まあ、今の俺にはどうでもいいことだがな。

そんなことを考えていると、ふと別の人の顔が浮かんだ。



「……きさん。裕樹さんってば!」


「は、はい!何でしょうか」


「どうしたんですか、ボーっとしちゃって?一瞬口調も変わっちゃってましたよ」


「いや、何でもない。……ただ緊張してるだけだ」


「そうでしたか。裕樹さんが緊張してる間に着きましたよ」


「は?たどり着いた?」



顔を上げると『職員室』と書かれたプレートがある。

いつの間にか里佳さんのナビゲートは終了していた。



「ここが職員室です。もう迷わずに来れますか?」


「…………」


「ま、まあなんとかなりますよ」


「……はい」



我ながら情けないというか。だが、方向音痴じゃない奴等は一体どんな感覚してんだ?

一度通った道なら分かるのだろうか。

記憶力は良いはずなんだが、何故か道は覚えられない俺だった。



「そういえば裕樹さんは何組ですか?私は4組です。」


「いや、まだ俺にも分からないんだ」


「そうなんですか。同じ組になれるといいですね」



嬉しいこと言ってくっれるじゃないの。

そんな台詞を言われてはカン違いをする輩もいるはず。

里佳さんは何気ない言動で他人を虜にしてるだろう。

これが本当の魔性の女ってやつか。



「まあ、同じクラスになれるといいな。じゃあ案内ありがと」


「はい。どういたしまして」



と言って彼女は踵を返した。自分のクラスに戻っていくのだろうか。

里佳さんか……。俺も4組になれないかな。


まあともかく、さっさと職員室に入るか。

ガラガラガラっと戸をスライドさせる。



「失礼します」



入った途端、コーヒーのにおいがした。

さて、担任はどの先生だったか……。

名前は確か葛木って言ってたな。その辺の先生に訊いてみよう。



「すみません、葛木先生はいますか?」











「というわけで、ここが君の教室だ」



職員室でいくつかのやりとりを済ませた後、先生と一緒に教室に来た。

てゆうか、まさか声をかけた先生が葛木先生本人だったとはな。

手続きの時に担任になると言われたのに、顔をすっかり忘れていた。

ごめんよ葛木先生、と心の中で謝罪。



「では少し待ってなさい。しばらくして私が呼ぶから入ってきてくれ」


「わかりました」



と俺が言うと先生は教室に入っていく。


俺の教室は4組。つまり里佳さんと同じクラスだ。

まさか本当に一緒のクラスになるとはな。

あの顔を毎日見られるんだ。そう考えただけで少し顔が緩んでくる。

やはり今日は気分がハイになってるのだろう。

いつにも増して心臓は活動が活発だ。

いっそ早く呼ばれないだろうか……。その方がいいかもしれん。



「荻野ー、入ってきなさーい」



お。グッドタイミング!ナイス葛木先生。


教室の戸を開けて中に入ると約40人の視線が俺に集まる。

まあ普通ならここで緊張するんだよな。

だが、俺には何のことはない。伊達に転勤族やってなかったぜ。


教壇の所で立ち止まって、教室を見渡す。



「この九月から編入することとなった荻野裕樹君だ」



先生の言葉に合わせて軽くおじぎをして顔を上げる。

と、視界に里佳さんの顔が目に入った。

それに気づいてか里佳さんはスマイル。

俺もスマイル………できないだろこの状況じゃあ。



「では荻野、軽く自己紹介しろ」


「はい。荻野裕樹です。引越して間もないので分からないことが多いと思いますので、色々とよろしくお願いします」



まあ、自己紹介はこんなもんだな。これも何回も繰り返したことだ。



「うむ。では委員長と副委員長は立ってくれ」



先生が言うと二人の生徒が立った。

一人は男だ。スラっとした体格だが軟弱さを感じない。

その立ち方が堂々としているからだろうか。


そしてもう一人は………里佳さんだ。

あなた実はそんな役職に就いていたのか。

道理で面倒見が良いわけだ。自分から案内を申し出てきたしな。



「男のほうが委員長の大原一也(おおはらかずや)。女のほうが副委員長の千堂里佳だ。

何かわからないことがあったら彼等に訊いてくれ」


「はい、わかりました。えっと、よろしくお願いします」


「おう」



大原君の返事が返ってくる。

答え方からしてなかなか気さくそうな奴だ。



「よろしくお願いします、裕樹さん。さっきはありがとうございました」



里佳さんの思わぬ発言に教室が少しざわついた。

てか、里佳さん。別に今言わなくても良かったんじゃないですか?

もうちょっと空気読もうぜ……。



「おお、荻野と千堂はもう知り合いなのか?なら席を隣にしてやろう」



葛木先生の計らいにより里佳さんの隣の人が俺の予定席に移動する。

あのー。別に余計なことしなくていいんですよ?



「じゃあ荻野、千堂の隣の席へ行け」


「はい」



席に向かって歩いていくと、周りの視線も俺を追う。

たどり着くと、同じクラスになったねと里佳さんが小声で話しかけてきた。

俺も小さく、ああと返す。



「っといかん。ホームルームそろそろ終わろう。委員長」


「起立、……礼」



礼をすると同時に皆が一斉に俺のもとに来る。

まあ、質問攻めは転校生の宿命なわけだが今回は……。



「千堂さんといつ知り合ったの?」



ついさっき廊下で。



「もしかして登校中にパン食べながらぶつかったとか!?」



あ、惜しい。廊下でぶつかっただけだ。



「まさか二人は恋人か!?」



んな訳ねーだろ。絶対わざと訊いてるな。

クラスに一人はいるんだよな、こういう奴って。

いつもなら「どこから来たの?」とかなのに、恨むぞ里佳さん。


ふっと里佳さんのほうを見ると、ごめんねって顔をしている。

そんな顔もかわいいんだよな。怒る気にもなれん。



「こらー!千堂さんに見惚れるなー!質問に答えろー!」



そろそろ解放してくれないかな、これ。誰か助けてくれ……。

慣れているはずの質問攻めだが、里佳さんのせいで趣旨が変わった質問攻めに

俺はうんざりしてきた。



「質問攻めはその辺で終わりや」



どこからかそんな声が聞こえた。

振り向くと委員長、もとい大原君が悠然と立っていた。



「ロングHRまで後10分ある。それまでにやることあんで一緒に来てくれ」


「ああ。わかった。ってことで皆、また今度ね」



大原君のナイスな助け舟によって脱出できた。

しかし彼の用事って何ぞや?











「さて、この辺でええやろ」



大原君は独り言のようにつぶやく。

っていうか、この辺でいいってどういうこと?



「あの、それでやることっていうのは?」


「ああ。そんなもん最初から無いで」



なあんだ。用事なんて最初から無かったのか。

…………っておいおいおい。



「はあ?じゃあ何でここまで連れてきたんだ?」


「あんたが困った顔をしてたからや。委員長として助けてやったんや」



大原君。君はなんて素晴らしい人なんだ。

ところで、全然関係ないがこの口調は関西人なのだろうか?

なんだかところどころ(なま)りがある。



「そうだったのか。正直助かったよ、ありがとうな大原君」


「一也でええ。俺もあんたを裕樹と呼ぶわ」



結構気さくな奴だな。流石は委員長だ。

っていうよりやはり関西人なのだろうか。

一般論だが関西人は気さくでノリがいいと聞く。

そして、目の前のこいつもなかなか気さくで人畜無害そうな奴ではある。



「人畜無害はいささか失礼か……」


「はあ?なに言うてんねん?」


「あ、いや、なんでもない」



どうやらうっかり口に出してしまっていたらしい。

あぶないあぶない。



「で、なんであんたは千堂と知り合いなんや?」


「実は職員室を探していたら彼女とぶつかってな。それで案内してもらった」


「そうやったんか。ほやけど、それじゃあ何で千堂はありがとうと言ったんや?」



顔をかしげる一也。ちょっと説明がハショり過ぎたか。



「ああ、実は登校中に彼女の生徒手帳を拾ったんだ。そしてぶつかったときに返した」


「なるほど。漫画みたいな出会いやな」


「そうだな。ところで一也、お前は関西人か?」


「ん?そうやで。大阪から引っ越してきたんや。それよりそろそろ戻ったほうがええな」



もうそんな時間か。

ケータイで時計を見るとあと二分だった。

俺たちは話をしながら教室に戻った。







「あ、裕樹さん!どこ行ってたんですか!あれから私が質問攻めだったんですよ?」



席に着くやいなや里佳さんはご機嫌斜めだった。

ってゆうかそれは俺のせいなのか?



「いや、あれは自分で撒いた種だろ?俺には関係ねぇ!」


「そのネタ少し古いですよ?」


「そんなこと言ったら可哀相じゃないか。とにかく俺は知らん!」


「うぅ。もういいです」



里佳さんがイジけてしまった。

なんというか子供っぽいとこもあるんだな。

彼女を見ていると礼儀正しく、品行も良いので大人っぽく感じていた。

しかし目の前の彼女は精神年齢が下がっている。



ガラガラガラガラッ!!



教室の戸を開ける音で俺の思考は遮られた。

どうやら葛木先生が入ってきたようだ。



「よっしゃ、席につけー」




生徒が席に着くと葛木先生は紙に書かれたことを目で追いながら皆にしゃべっている。

なんというか。もうちょっとアドリブはきかないのか?

アドリブ…アドリブ……。


そういやアドリブって語源はなんだろうか。

なんだか妙に気になってきた。


アドとリブで分けるのだろうか。

アド…アド………アドレス?


なんだか如何にもって感じがする。メアドとか言うしな。

ということはアドは『住所』だ。


すると残ったリブは……『live』か?

日本語にすると『住む』だな。

なかなか良い線いってるんじゃないか?



「裕樹さん」



なんだか呼ばれた気がしたが、ハイレベルな思考に耽っていて

それどころではなかった。


言葉の意味の追究というのは難易度が極めて高い。

夏休みという長期の休暇を経てタルんできた脳を活性化するにはもってこいだ。

現にいまの俺の脳は研ぎ澄まされた刀のような鋭さだ。

数学などを解いているときとは比べ物にならないだろう。

こうなった俺は何人たりとも止められない。


さて何だったか?

そうだアドリブについてだ。


アドが『住所』で、リブが『住む』か。

なんだか因果関係を持っているじゃないか。


だが、最も大事な問題が一つ。

アドリブが『住所』『住む』を指すのだとしたら、

はたして何故『即興でやる』という意味に……



「裕樹さん!」



不意に里佳さんの声が聞こえてきて、何事かと彼女を見る。

その顔はなんだかあせっているというか、なんだか落ち着いていない。

具合でも悪いのだろうか。



「先生に呼ばれてますよ」


「は?先生?」



ふと教壇のほうを見ると葛木先生がこちらを睨んでいる。

クラスの皆の視線も何故か俺が独占していた。

”いたたまれない”というのはまさにこの状況を指す言葉だろう。

ものすごく居心地が悪かった。



「荻野。転校生ならちゃんと先生の話を聞こうな」


「……はい、すみませんでした」


「始業式は出席番号順だがお前は転校生だから最後尾だ。以上」



別に言われなくても生徒手帳には41番と書いてあったので

容易に想像できただろう。

まったく余計なことをしたくれた気がする。

俺のアドリブ論もなんだかどうでもよくなってしまった。











始業式やら大掃除やらが終わって放課後だ。

「これからカラオケ行く?」とかそんな台詞が聞こえてくる。

時刻はまだ11時だ。いわゆる半ドンってやつである。

まあ現在ではあまり聞かない言葉だが。


そういうわけで、このまま帰るのが暇だからどこかに寄る生徒も多い。

俺も日常品を買わなければならない。


いつも夢みた一人暮らしはそれほど良いものではない。

トイレットペーパーやシャンプーなど細かいものも自分で調達せざるを得ないのだ。

物は手帳にメモってあるから何が足りないのかは分かる。

俺はスーパーなどで買い物をしてから帰路についた。


自分の部屋のドアを開けると、静けさだけが漂っていた。

カバンをソファの上にポイッと投げて、台所に行き冷蔵庫を開ける。

買出し品をしまってから、コーラを取り出して一気飲み。



ゴクッゴクッゴクッゴク!



……ぷっはぁー。帰宅後のコーラは実に美味い。

まるで俺の中の細胞が全て活気付けられたような感じがする。

炭酸のもたらす効果は絶大だった。


適当に昼飯を済ませて時計を見るとまだ1時だった。

明日の時間割をとっとと終えると、いきなりすることが無くなってしまった。



「昼寝でもするか……」



コーラによってせっかく活発になったにもかかわらず寝ることにした。

ベットに体を預けて、目を閉じた。

今日あった色々なことが頭の中を駆け巡る。


新しい学校、一也、そして里佳さん。

かわいかったな……。

一緒のクラスにもなれたしな。


あれこれ考えていたが、いつの間にか俺は眠りへと堕ちていった。









うっすらと目を開いた。

視界がゆっくりと曖昧なものからクリアーになってくる。

どうやら俺は寝ていたようだ。


時計を見ると5時半だった。

軽く4時間ぐらいは眠っていたらしい。

きっと転校初日で疲れたのだろう。


ボーっとしながら台所に行き、コーラをコップに注ぐ。

わずか2日前に買ったのに、もう無くなってしまった。

あとで手帳に書いておこう。


夕飯に冷凍ピラフを食べて、今日の分の食器を洗う。

と言っても、食器洗い機があるので俺がやるわけではない。


俺のやることは食器をその中に入れて、洗剤も入れて、スイッチON。

後は機械が洗浄から乾燥まで全てやってくれる。

なんともまあ、便利な世の中になったものですな。

かのエジソンもびっくりの現代である。



その後、風呂に入ってベットに寝っころがる。

何をするわけでもなく、天井をぼんやり見ていた。

昼間たっぷり寝たせいで当然眠気は来ない。


こんなときは小説でも読んで時間を過ごす。

もっとも、はまり過ぎると更に寝れなくなるときもあるが。

そんな時は悲惨な目覚めを約束されることになる。



だが、いつの間にか俺は、文庫本を片手に寝息をたてていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ