第1章 第8話 「虐殺」
自分でも物々しいサブタイトルだなと思います。
ここは、第1章の中でも一番重い場面になる予定です。
冒険者たちが静まりかえる。
先ほどまで熱をもって、野次を飛ばしていた者たちも、息を呑み込むことしか出来なかった。
システム画面が開かれ、赤色の警報色のウィンドウで、†クロウド†のステタースが流れてきた。
『ノーライフキング』ギッツァーの攻撃。
†クロウド†にクリティカルヒットしました。
†クロウド†は7838のダメージを受けました。
†クロウド†のライフポイントが1減りました。
†クロウド†にクリティカルヒットしました。
†クロウド†のライフポイントが5減りました。
†クロウド†は絶命しました。
……
『The Universe of Worlds』は、HP、LP制をとっている。
HPが0になっても、それは気絶状態扱いにしかならない。
しかし、LPが0になれば絶命扱いになり、プレイヤーのキャラクターは消滅する。
もう少しHPとLPの関係に関して補足すれば、HPが0になるとLPが-1され、クリティカルヒットを喰らってもLPが-1される。
しかし、それ以外に例外がある。
それは、レベル差が10以上の高レベルなモンスターなどからクリティカルヒットを受けると、レベル差が10ごとにLPが余分に-1されるのだ。(ちなみに他の例外には、特殊オブジェクトからのダメージでも、クリティカルヒット判定を受ける場合などがある。)
つまり、ギッツァーのレベルは少なく見積もっても、ソウルブレイクをしたレベル92の†クロウド†よりも、レベルが50以上高い計算になる。
すなわち、レベル142以上、それは、先ほどまでレベルキャップ99だった、ここにいる冒険者たち全員が絶対に勝てない領域なのだ。
脱ビギナーのプレイヤーなら、瞬時にそのことを理解したからこそ、一言も言葉を発せられなかったのだ。
そして、今までの『The Universe of Worlds』なら絶対にあり得ない光景。
それは、LPがマイナスになるような大ダメージを受けた際に、赤色のポリゴンでダメージエフェクトが表示されることがあっても、生々しい流血表現や部位欠損などは見られることはなかったことだ。
ましてや、絶命したキャラは白い光りの粒子に包まれて消失して、ゲームから一時退場となり、体が両断されるような凄惨な演出は無かった筈だ。
しかし、今目の前でギッツァーに挑んだ†クロウド†は、体を真っ二つにされ、物言わぬ躯というオブジェクトになっている。
――ナンダ、コレは?
――ナンダ、コレは?
――ナンダ、コレは?
――ナンダ、コレは?
――ナンダ、コレは?
訳の分からない目の前の光景に、俺の理解は全然追いつかなかった。
頭の中で、同じ言葉がグルグルと回り続ける。
おそらくソレは、ここにいる冒険者全員だろう。
唯一理解できたのは、この異常性に、現実世界の俺の原初の生存本能が警鐘を鳴らしているということだった。
――早く逃げろ、殺される前に。
――早く逃げろ、殺される前に。
――早く逃げろ、殺される前に。
――早く逃げろ、殺される前に。
――早く逃げろ、殺される前に。
しかし、俺の足は鉛に押し固められたように、その場を一歩も動くことが出来なかった。
まるで、死ソノモノに理性を鷲掴みされたかのように。
「いやぁぁぁぁ――」
突如、鋭い悲鳴が静寂さを引き裂いた。
先ほど、†クロウド†にバフをかけていたステファの悲鳴だった。
そして、それが引き金だった。
恐怖という名の病が瞬く間に冒険者たちの間に伝染する。
「うぁぁぁぁ――」
「ひぇぇぇぇ――」
恐怖に駆られた他の冒険者たちも、喚き声を上げながら、一斉にその場から逃げ出そうとする。
システム画面は警報色の赤色のウィンドウで、プレイヤーのステタースが途切れることなく、次から次へと押し流されていく。
リロイは恐慌状態になりました。
ペコちゃんは恐慌状態になりました。
PoPuMiは恐慌状態になりました。
マイクは恐慌状態になりました。
クンクンくんは恐慌状態になりました。
……
極めて危機的な状況だった。
プレイヤーが恐慌状態に陥ると、妥当性のある合理的な行動が一切とれなくなるのだ。
偉そうに言っても、俺自身、理性を細い糸一本でつなぎ止めているのが精一杯だった。
そんな俺たちを後目に、ステファの悲鳴が合図だったかのように、ギッツァーがおもむろに禍々しい黒い大剣を振り上げる。
そして、楽団の指揮者のように、勢いよく振り下ろす。
「■■■――、■■■――」
ギッツァーの身の毛もよだつ、おぞましい咆哮。
そして、それに呼応するように魔物たちも奇声を上げる。
「Gyaaa ――」
「Shyaaa――」
その瞬間が来るのを今まで待っていたのかのように、空中で浮遊していた魔物の群れたちは、歓喜の叫び声を上げながら、一斉に襲いかかってきた。
恐慌状態で逃げまどう冒険者たちは、もはや無防備な草食動物のように、格好の獲物に過ぎなかった。
ある者は、不死系の赤黒いローブを身を包ませた魔物に、口から灼熱の地獄の炎を吐かれ、生きたまま焼かれ、ネジの壊れた人形のように踊り狂いながら絶命した。
また、ある者は、悪魔系の六枚翅の魔物に背中から襲われ、その鋭い長剣のような爪先でザックリと内蔵を貫き胸元まで抉られ、悲鳴を上げながら絶命した。
そして、別の者は、昆虫系の魔物に粘液吹きかけられ、身動きがとれなくなったところを、頭からその鋭い牙のような顎で噛み砕かれ、悲鳴すら上げることも出来ずに絶命した。
俺はただ、システム画面に次から次へと流れていくテキストを、呆然と眺めていることしか出来なかった。
PiPiMiにクリティカルヒットしました。
PiPiMiは絶命しました。
ペコちゃんにクリティカルヒットしました。
ペコちゃんは絶命しました。
クンクンくんにクリティカルヒットしました。
クンクンくんは絶命しました。
……
もはや、それは正視に耐えぬ虐殺の光景だった。
次々に、冒険者たちの動かなくなった死体の山が街道に築かれる。
「三人とも、走れ!神殿の転移ゲートを使うぞ!」
鋭い号令に、俺は我に返った。
それは、アッシュだった。