第1章 第7話 「『†クロウド†』と『ギッツァー』」
「■■■――、■■■――」
突然、ギッツァーは身の毛もよだつ、おぞましい咆哮をあげた。
ソレは、ヒトの言語として明文化出来るような代物ではなかった。
しかし、獲物を前にして舌なめずりをする三流モンスターの威嚇のような代物でも無かった。
ソレは、単なるモンスターの雄叫びではなく、冒険者に警告の意味を込めた叫び声のように、俺には聞こえた。
システム画面が警告色を示す橙色に明滅して、けたたましいアラーム音とともに、プレイヤー名とステタース情報が洪水のように流れてくる。
ミルちゃんは混乱(レベル1)になりました。
リロイは混乱(レベル2)になりました。
PiPiMiは混乱(レベル2)になりました。
DKBは混乱(レベル1)になりました。
ジェームズは混乱(レベル2)になりました。
……
今の雄叫びを聞いて、低レベルプレイヤーが混乱状態になったのだ。
いわゆる、『テラーボイス』の効果だ。
「随分とふざけたマネをしてくれるんじゃねか?」
早くも戦線が乱れたかと思われたとき、冒険者たちの間から勇ましい声が上がった。
群衆が割れ、中から金髪の頭をツンツンと鶏冠のように尖らしたプレイヤーが出てくる。
背中には、自身の身長ほどはある大剣を背負っていた。
プレイヤー名は、†クロウド†、種族はヒューマン、レベルは72。
クラスは戦士。
おそらくディアノの街のプレイヤーとしては、トップレベルだろう。
「俺の名は、†クロウド†。
『黄金の黄昏』っていうクランのリーダーを張っている。
俺たちが『七つの指輪を集めよ!』のクエストを達成して、伝説のクラン『黄金の夜明け』を越えるつもりだ。
どこの馬の骨とも知れないが、いや、馬は骨じゃないか、骨は本体の方か。
まあ、どうでもいいが、テメェにはここで俺様の花道の礎になってもらうぜ。
そもそも、数では俺たち冒険者の方が多いんだぜ?
そこのところ分かっているのかよ?」
そう言って、†クロウド†は、背中の大剣を正に構えて、戦闘態勢に移行する。
しかし、ギッツァーは静かに佇んでいるだけだった。
空中に浮遊する魔物たちも、降りてくる気配は見せなかった。
一触即発の張り詰めた空気が場を支配する。
アッシュは、シークレットモードで、俺たちに話しかけてきた。
「様子が少しおかしいですぞ。
マサト殿、エレナ殿、美雪殿、小生が合図をしたら、一斉に神殿に向かって走るのですぞ」
アッシュの指示にエレナが返す。
「戦わないの?」
「とても、嫌な予感がしますぞ。
それに、相手とのレベル差は10以上ある故、まともに戦って勝負になるかは怪しいですぞ」
「だな。
こちらの方が数では勝っているように思うが、空中の奴らとも戦闘となれば、どうなるか分からない。
ここで、LPを消費してソウルブレイクを使用するのは控えよう」
俺も、アッシュに意見に相槌を打つ。
LPを消費して、ソウルブレイクを使用すれば、一時的ではあるがレベルを10上げて、ステタースを大幅に向上させることが可能だ。
また、ソウルブレイクは最大で三回までの重ねがけ出来るので、一気にレベルを30上げることが可能だ。
なので、ここぞという場面では、ソウルブレイクの使用が命運を分けることもあるのだ。
しかし、LPは普通の方法ではゲーム内で回復できない上、LPがゼロになればキャラクターが完全消滅してしまう。
文字通り、キャラクターのステタースや冒険の記録、アイテムなどのデータが消去されてしまうのだ(プレイヤーからは「灰になる」や「ロスト」と称され、恐れられている)。
そのため、ソウルブレイクは、おいそれと使用することが出来なかった。
本当に使用されるのは、『勝負どき』という時だけなのだ。
「そっちが、こないなら、こっちから行くぜ!
ステファ、バフをくれ。
それから、アイリス、デバフをヤツにお見舞いしてやれ!
バーラは援護射撃をしてくれ!
ここは、勝負どころだぜ!
一気に畳みかけるかけるぜ!
ソウルブレイク二回掛け!!」
「分かったわ、†クロウド†。
慈悲深きミトラ神に請う、彼の者に御身の御加護があらんことを。
ホーリーエクステンド、ホーリーシェル、ホーリー……」
「了解。
アナヒート神との契約の下、アイリスの名のおいて命ずる。我らに仇なす者を……」
ステファ、アイリス、と呼ばれたヒューマンの女性プレイヤーが一時的に味方のステタースを増強させるバフと呼ばれる魔法と、敵のステタースを減弱させるデバフと呼ばれる魔法を唱え始める。
「ああ、まかしておけ。
いつでも、オーケーだぜ」
バーラと思しきウルフィの男性が、重そうなガトリング砲を難なく構えた。
†クロウド†の体が黄金のオーラで包まれる。
ソウルブレイクの効果だ。
LPをコストとして払い、ステタースを大幅向上させる。
そして、次々に青色や赤色のオーラに包まれる。
バフの効果だ。
一方、ギッツァーも一瞬だけ、灰色のオーラに包まれたかと思うと、キィィイン、という金属音のような弾かれる音がした。
「ちっ、プロテクト持ちか。
バーラ頼む!」
†クロウド†は舌打ちをするが、すぐに冷静さを取り戻すと、バーラにすぐさま指示を飛ばす。
「死にやがれ、この死にぞこないの骸骨野郎が!」
鼓舞するかのような雄たけびを上げながら、バーラがギッツァーに向かってガトリング砲を放つ。
ガトリング砲が火を噴き、1分間に6000発もの20mm弾丸がギッツァーに降り注ぐ。
的にしてくれと言わんばかりに、ギッツァーは悠然と立ったまま、ガトリング砲をまともに浴びた。
弾丸を喰らうたびに、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッと重くて鈍い音が鳴り響く。
壊れた振り子のように、ギッツァーの体が小刻みに揺れる。
ガトリング砲の轟音が辺り一面に鳴り響き、地面に着弾した弾丸が、土煙を濛々と立ち上がらせた。
「やったか?」
バーラが叫ぶ。
「ナイスだ、バーラ。
これで、決めるぜ!」
†クロウド†が、一気にギッツァーの元へと詰め寄る。
しかし、土煙の切れ目からギッツァーを視認し、まさに大剣を振り下ろさんとしたとき、†クロウド†の目は驚愕に見開かれたのだった。
「何!?
そんなバカな?
レベル92でも、レベルがアンノンだと??」
それが、†クロウド†の最後の一言だった。
一瞬、横一線に何かが光ったかと思うと、次の瞬間に、†クロウド†の体は後方へと吹き飛ばされていた。
より、正確に言えば、『体だったモノ』だ。
†クロウド†の体は、腹部の当たりで、上半身と下半身とに分断され、奇妙なオブジェクトに成り下がっていたのだ。
ゴフォッ、と†クロウド†の口から血潮が間欠泉のように吹き出す。
彼の体が、踏みつけられた芋虫のようにピクピクと震えたが、それもすぐさま止まった。
何かを言おうとしたのか、口はだらしなく開き、焦点を失った視線も天を仰いだまま、彼は生命活動を停止したのだ。
道ばたに落とした栓を開いたままのペットボトルのように、体の切断面から吹き出した血は、街道に紅の海をつくっていた。
何が起きたのか、訳が訳が分からなかった。
おそらく、その場に居合わせた全員が同じことを思ったに違いなかった。
そして、遅れて理解する。
先ほど一瞬見えた光の筋は、ギッツァーが薙ぎ払った、彼の持つ禍々しい黒い大剣の軌跡だったということに。
そして、自分たちと、目の前にいる『ノーライフキング』ギッツァーとの間にある、絶望よりも深いレベル差に。