表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

第1章 第7話 「『†クロウド†』と『ギッツァー』」

 「■■■――、■■■――」

 突然、ギッツァーは身の毛もよだつ、おぞましい咆哮をあげた。

 ソレは、ヒトの言語として明文化出来るような代物ではなかった。

 しかし、獲物を前にして舌なめずりをする三流モンスターの威嚇のような代物でも無かった。

 ソレは、単なるモンスターの雄叫びではなく、冒険者に警告の意味を込めた叫び声のように、俺には聞こえた。


 システム画面が警告色を示す橙色に明滅して、けたたましいアラーム音とともに、プレイヤー名とステタース情報が洪水のように流れてくる。

  ミルちゃんは混乱(レベル1)になりました。

  リロイは混乱(レベル2)になりました。

  PiPiMiは混乱(レベル2)になりました。

  DKBは混乱(レベル1)になりました。

  ジェームズは混乱(レベル2)になりました。

  ……

 今の雄叫びを聞いて、低レベルプレイヤーが混乱状態になったのだ。

 いわゆる、『テラーボイス』の効果だ。


 「随分とふざけたマネをしてくれるんじゃねか?」

 早くも戦線が乱れたかと思われたとき、冒険者たちの間から勇ましい声が上がった。

 群衆が割れ、中から金髪の頭をツンツンと鶏冠のように尖らしたプレイヤーが出てくる。

 背中には、自身の身長ほどはある大剣を背負っていた。

 プレイヤー名は、†クロウド†、種族はヒューマン、レベルは72。

 クラスは戦士(ファイター)

 おそらくディアノの街のプレイヤーとしては、トップレベルだろう。


 「俺の名は、†クロウド†。

 『黄金の黄昏』っていうクランのリーダーを張っている。

 俺たちが『七つの指輪を集めよ!』のクエストを達成して、伝説のクラン『黄金の夜明け』を越えるつもりだ。

 どこの馬の骨とも知れないが、いや、馬は骨じゃないか、骨は本体の方か。

 まあ、どうでもいいが、テメェにはここで俺様の花道の礎になってもらうぜ。

 そもそも、数では俺たち冒険者の方が多いんだぜ?

 そこのところ分かっているのかよ?」


 そう言って、†クロウド†は、背中の大剣を正に構えて、戦闘態勢に移行する。

 しかし、ギッツァーは静かに佇んでいるだけだった。

 空中に浮遊する魔物たちも、降りてくる気配は見せなかった。

 一触即発の張り詰めた空気が場を支配する。


 アッシュは、シークレットモードで、俺たちに話しかけてきた。

 「様子が少しおかしいですぞ。

 マサト殿、エレナ殿、美雪殿、小生が合図をしたら、一斉に神殿に向かって走るのですぞ」


 アッシュの指示にエレナが返す。

 「戦わないの?」

 「とても、嫌な予感がしますぞ。

 それに、相手とのレベル差は10以上ある故、まともに戦って勝負になるかは怪しいですぞ」


 「だな。

 こちらの方が数では勝っているように思うが、空中の奴らとも戦闘となれば、どうなるか分からない。

 ここで、LPを消費してソウルブレイクを使用するのは控えよう」

 俺も、アッシュに意見に相槌を打つ。


 LPを消費して、ソウルブレイクを使用すれば、一時的ではあるがレベルを10上げて、ステタースを大幅に向上させることが可能だ。

 また、ソウルブレイクは最大で三回までの重ねがけ出来るので、一気にレベルを30上げることが可能だ。

 なので、ここぞという場面では、ソウルブレイクの使用が命運を分けることもあるのだ。


 しかし、LPは普通の方法ではゲーム内で回復できない上、LPがゼロになればキャラクターが完全消滅してしまう。

 文字通り、キャラクターのステタースや冒険の記録、アイテムなどのデータが消去されてしまうのだ(プレイヤーからは「灰になる」や「ロスト」と称され、恐れられている)。

 そのため、ソウルブレイクは、おいそれと使用することが出来なかった。

 本当に使用されるのは、『勝負どき』という時だけなのだ。


 「そっちが、こないなら、こっちから行くぜ!

 ステファ、バフをくれ。

 それから、アイリス、デバフをヤツにお見舞いしてやれ!

 バーラは援護射撃をしてくれ!

 ここは、勝負どころだぜ!

 一気に畳みかけるかけるぜ!

 ソウルブレイク二回掛け!!」


 「分かったわ、†クロウド†。

 慈悲深きミトラ神に請う、彼の者に御身の御加護があらんことを。

 ホーリーエクステンド、ホーリーシェル、ホーリー……」

 「了解。

 アナヒート神との契約の下、アイリスの名のおいて命ずる。我らに仇なす者を……」

 ステファ、アイリス、と呼ばれたヒューマンの女性プレイヤーが一時的に味方のステタースを増強させるバフと呼ばれる魔法と、敵のステタースを減弱させるデバフと呼ばれる魔法を唱え始める。


 「ああ、まかしておけ。

 いつでも、オーケーだぜ」

 バーラと思しきウルフィの男性が、重そうなガトリング砲を難なく構えた。


 †クロウド†の体が黄金のオーラで包まれる。

 ソウルブレイクの効果だ。

 LPをコストとして払い、ステタースを大幅向上させる。

 そして、次々に青色や赤色のオーラに包まれる。

 バフの効果だ。


 一方、ギッツァーも一瞬だけ、灰色のオーラに包まれたかと思うと、キィィイン、という金属音のような弾かれる音がした。

 「ちっ、プロテクト持ちか。

 バーラ頼む!」

 †クロウド†は舌打ちをするが、すぐに冷静さを取り戻すと、バーラにすぐさま指示を飛ばす。


 「死にやがれ、この死にぞこないの骸骨野郎が!」

 鼓舞するかのような雄たけびを上げながら、バーラがギッツァーに向かってガトリング砲を放つ。

 ガトリング砲が火を噴き、1分間に6000発もの20mm弾丸がギッツァーに降り注ぐ。

 

 的にしてくれと言わんばかりに、ギッツァーは悠然と立ったまま、ガトリング砲をまともに浴びた。

 弾丸を喰らうたびに、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッと重くて鈍い音が鳴り響く。

 壊れた振り子のように、ギッツァーの体が小刻みに揺れる。 

 ガトリング砲の轟音が辺り一面に鳴り響き、地面に着弾した弾丸が、土煙を濛々と立ち上がらせた。


 「やったか?」

 バーラが叫ぶ。


 「ナイスだ、バーラ。

 これで、決めるぜ!」

 †クロウド†が、一気にギッツァーの元へと詰め寄る。

 しかし、土煙の切れ目からギッツァーを視認し、まさに大剣を振り下ろさんとしたとき、†クロウド†の目は驚愕に見開かれたのだった。

 「何!?

 そんなバカな?

 レベル92でも、レベルがアンノンだと??」


 それが、†クロウド†の最後の一言だった。

 一瞬、横一線に何かが光ったかと思うと、次の瞬間に、†クロウド†の体は後方へと吹き飛ばされていた。

 より、正確に言えば、『体だったモノ』だ。

 †クロウド†の体は、腹部の当たりで、上半身と下半身とに分断され、奇妙なオブジェクトに成り下がっていたのだ。


 ゴフォッ、と†クロウド†の口から血潮が間欠泉のように吹き出す。

 彼の体が、踏みつけられた芋虫のようにピクピクと震えたが、それもすぐさま止まった。

 何かを言おうとしたのか、口はだらしなく開き、焦点を失った視線も天を仰いだまま、彼は生命活動を停止したのだ。

 道ばたに落とした栓を開いたままのペットボトルのように、体の切断面から吹き出した血は、街道に紅の海をつくっていた。


 何が起きたのか、訳が訳が分からなかった。

 おそらく、その場に居合わせた全員が同じことを思ったに違いなかった。


 そして、遅れて理解する。

 先ほど一瞬見えた光の筋は、ギッツァーが薙ぎ払った、彼の持つ禍々しい黒い大剣の軌跡だったということに。

 そして、自分たちと、目の前にいる『ノーライフキング』ギッツァーとの間にある、絶望よりも深いレベル差に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ