第1章 第2話 「クラン『グッドモーニング』」
マサトが所属するクラン『グッドモーニング』のゆかいな仲間たちの紹介です。
『木漏れ日』、それは俺たちがよく利用する宿屋兼飯屋だ。
ディアノの第三番大通りの往来に面する立地で、味はそこそこ、値段もまずまずの店だ。
乱暴に言ってしまえば、値段相応で、とりとめて特筆すべきことがないのだが、それゆえに俺たちのような中級冒険者たちには重宝されていた。
時は既に夕刻。
日は西にそびえる山の背に沈もうとしており、空は二つの月と星々の凛とした輝きに彩り始められていた。
往来に面する店からは明るい談笑が聞こえ、行き交う様々なパーティーは今日の戦果に話を咲かせていた。
件の店、『木漏れ日』も例外ではなかった。
俺とエレナが店の中にはいると、多くの客で既にごった返していた。
各々が、獲得したドロップアイテムを肴に、どこでレアアイテムが手に入るだの、どこはレベル上げに絶好な狩り場だの、陽気に酒を酌み交わしていた。
ちなみに、このゲームでは実年齢が一部のシステムに反映され、未成年のプレイヤーはお酒を飲めないので、彼らが飲んでいるのは、ドクターコープシ(通称ドクコシ)という、名状しがたいお酒のようなモノだ。
それにしても、改めて店内を注意深く見回すと、客層は種族をはじめ、装備品なども千差万別だ。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ホビットなどファンタジー小説などでお馴染みの種族から、ウルフィ、キャティ、ドギーなどの獣人、そして珍しいところではアンドロイドや人に姿を変えられるスライムまでもがいる。
装備品も剣や鎧といった王道なモノから、銃やビームサーベル(これは柄しかない)など、随分、未来的なモノまである。
このVRMMORPG、『The Universe of Worlds』のキャッチコピーは、『ヒトが想像しうるものは、全て存在しうるセカイ。無限の想像は無限の可能性』というモノだ。
そのため、古今東西の小説や伝承などから様々なガジェットが取り入れられている。
ディアノは始まりの街と言われるだけあって、実にのどかな中世の世界観を模した街並みではあるが、余所に行けば、超合金で作られた摩天楼が立ち並ぶ未来都市もあるのだ。
「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
俺たちに気がついた、栗色の髪の獣人ラビッティ(耳長族)のウェイトレス(ステータス欄を確認すると彼女もNPCだ)が、溌剌に声をかけてきた。
「いや、連れが既に来ているはずだ」
俺が答えるのと丁度同時に、右奥の丸テーブルで見覚えのある顔の手が挙がるのが見えた。
「おい、こっちですぞ」
野太い声が呼ぶ。
俺も気がついたことを示すために、右手を軽く振った。
別に取り決めた訳ではないのだが、右奥の丸テーブルが、いつの間にか俺たちのクラン『グッドモーニング』の指定席になっていた。
「悪い、遅れてしまって」
「どうかしましたかな?」
俺に声をかけてきたのは、周囲の者たちに比べて、二周りは大きい体躯をもつドラゴニアだ。
やや窮屈そうに、壁を背にして、椅子に収まっている。
ドラゴンを祖先とするとされるドラゴニアである彼は、鈍い苔色の硬質な表皮に、険しく鋭い眼光、口の中には鋭い牙をもち、一見して周囲の者たちに威圧感を与える。
しかし、実際につきあえば、実に紳士的で気さくな性格をしていた。
さらに言えば、俺たちのクラン『グッドモーニング』のリーダーを務めていて、名前はアッシュ=ブランといった。
「悪い。雨が急に降ってきたんで、駅まで妹を迎えに行っていたんだ」
「ああ、なるほどですな。そういえば、リアルで妹がいると、言っていましたな」
俺の説明に、アッシュは納得してくれたようだった。
しかし、そこに茶々を入れてきたのは、俺の幼なじみのエレナだ。
「えー、嘘だー。アッシュもユキぽんも聞いて。マサトてばさ、分相応にもシャーリーさんをナンパしていたんだよ。高嶺の花だって分からないのかしら」
俺の弁明を全否定してくる、エレナ。
まるで、小さな子供が親に内緒でしでかした失敗を咎められたような、こっぱずかさを感じるので、そういことは、いくら親しい身内とはいえ言わないで欲しい。
というか、言い方が近所のおせっかいなオバチャンくさいぞ。
最近のエレナは、乙女ポイントを失っているのか、それともオバチャンポイントを順調に溜めていっているとしか思えない。
「ちがうんだ、あれは……」
「いやー、若いって良いですな。青春ですな」
うんうん、となぜか頷くアッシュ。遠い若かかりし日のことを眺めるような眼差しで天井を仰ぎ、何やら一人で思いを馳せらす。
確か、リアルでは俺やコロナよりも年上なのは間違いないはずだが、一応、三十手前だったと聞いた記憶がある。
これではまるで、縁側でお茶をすすりながら日向ぼっこをしている好々爺のようだ。
「小生にも昔、似たような経験がありましてな。そう、あれは確か、小生がまだ学生だった時分、悪友三人に連れられてクラブハウスにナンパに行きましてな……」
なんか、急に嘘っぽくなってきたな。
アッシュのリアルは、物静かで真面目な大人という印象を持っている。
リアルでは、ご結婚をされており、奥さんがいたはずだ。
ことあるたびに、自分がいかに愛妻家であるかを熱弁している。
それとも、本当は軟派な意外な一面を持っていたと、評価を改めるべきなのか。
それよりも、アッシュは一度時分語りをし始めたら、ノンストップ特急列車よろしく、話が長いのだ。
そこが、彼の唯一の欠点だ。
「あ、すみません、そこのとても可愛いウエイトレスさん。とりあえず、ドクターコープシをひとつ下さい。ついでに、タラコスパゲティも下さい」
とりあえず、俺はアッシュを無視して料理を注文することにした。
まあ、自己語りモードに入っているアッシュのことは当面放っておいても問題ないだろう。
「あ、私はピザを下さい。ユキぽんも食べるでしょう?」
エレナも、黄色い声で注文をする。
注文を終えると、エレナはエレナで、アッシュのことは既に眼中にないようで、もう一人の方に同意を求めてた。
「ねぇ、ユキぽんはどう思う?」
「そう、私はあまり興味がないわ。だって、私はヒトじゃないから。でも、男ってバカな生き物って聞くわね」
エレナの隣に座っていた、青いリボンでポニーテールに結ったキラキラと輝く銀髪に、ルビーのような紅い瞳の少女は、興味なさげにツンと言った。
彼女の名前は白銀美雪。種族はエクステンド、すなわち、魔導工学によって人工的に産み出された強化人間、もしくは改造人間と呼ばれる種族だ。
白磁のような滑らかな肌に、凛とした端正な顔立ちは、人工的に産み落とされた、エクステンドという種族の設定と相まって、まるで精巧な人形のようにさえ思えた。
「私はヒトじゃないから」という口癖を始め、実のところ、彼女は謎だらけだ。
リアルのことを包み隠さず話すのは流石に問題があるが、彼女は年齢はおろか、リアルの性別さえも明言していない。
アバターは容姿端麗な超絶美少女であるが、中身がむさ苦しいおっさんという可能性もありえるのだ。
しかし、彼女の癖なのか、髪をかきあげる所作などを見ていると、リアルの性別は女性で、年齢は俺やエレナよりも少し年上の二十前後のお姉さんではないかと思う。
もっとも容姿は、どこかの高校の制服を模した紺色を基調としたセーラー服を着ている。
もし、これで中身が、髪の毛が戦略的匍匐後退をした四十代のおっさんなら(失礼!)、俺は自分の見識眼の無さに凹んでしまうね。
「そういうわけで、小生は勇気を振り絞って、彼女を映画に誘ったのです。そのときの映画のタイトルは、『世界の果てで愛を叫ぶ少女ユーノ』。今でもそのときのことは、……」
俺は半分どころか、ほとんど右から左に聞き流していたが、アッシュの話はまだ続いているようだった。
「おまたせしましたー。こちら、ご注文のタラコスパゲティになります」
俺の前に料理の皿を置くと、ウエイトレスさんサービスで可愛らしくウィンクをしてくる。
NPCだというのに、本当に本物の人間と動作に変わりがなくて、違和感がない。
早速、俺は運ばれてきたタラコスパゲティを口に頬張った。
流石は、最新鋭のフルダイブ型VRMMORPGだ。
口の中にほんのり甘いとろけるバターと、酸味がきいたタラコが絶妙なハーモニーを奏でる。
スパゲティの触感も、柔らかすぎず、固すぎず、絶妙な歯ごたえだ。
エレナも美雪も、アッシュの話は聞いておらず、二人だけの世界を作っていた。
エレナは、運ばれてきた、八等分されたピザの一ピースをほうばると、空いた手で美雪にもピザを差し出した。
「はい、ユキぽん。あーんて、して」
「いいわよ。私、今はあまり食べたい気分じゃないから」
「えー、ユキぽん、相変わらずつれないんだから」
口を尖らして、ブーブーと構ってアピールをするエレナ。
そんなエレナを横目に、美雪は眉一つ動かさず、涼しい顔をしながらジュース(アップル)を飲んでいる。
エレナは美雪のことを、気の置けない親友だと思っている。
美雪がどう思っているかは、彼女のポーカーフェイスからは中々読みとれないが、少なくても、嫌がっている素振りは見せたことはない。
おそらく、彼女もエレナのことを友人か仲のよい妹分程度には思っているだろう。
「……、とまあ、それが、小生と妻との出会いだったのですぞ」
「ぶっ!」
アッシュの最後のオチに、俺は口の頬張っていたスパゲティを吹き出した。
「うぁ、マサト汚い」
「エレナに同意」
エレナと美雪は二人そろって俺を非難する。
「て、なんだよ。奥さんとの馴れ初めかよ。単なるのろけ話かよ!俺はてっきり、アッシュがやんちゃをしていた頃の昔話かと思っていたぜ」
「失敬な。小生は、妻一筋ですぞ」
「はうー、はうー、やっぱり純愛だよね。ねぇ、ねぇ、アッシュの話もっと聞きたい」
エレナは、純真な子供のような興味津々な目で体を前に乗り出させる。
というか、エレナさん、アナタはさきほどまで美雪さんと二人だけの世界(固有結界名『百合百合世界』)を作っていませんでしたか。
俺が言える義理ではないが、アッシュの話を真面目に聞いていたのか、相当怪しいと思いますが。
「まあ、まあ、小生の話はこれぐらいにしておいて、別の機会にしましょうぞ」
アッシュも、流石に根ほり葉ほり聞かれるのは恥ずかしいのか、エレナの追求を逸らそうとする。
「そうだぞ、エレナ。アッシュが困っているじゃないか。それに、今日は緊急クエストがそろそろ始まる時間だろう?」
ブー、ブー、文句を言うエレナを宥めながら、俺もアッシュに助け船を出す。
美雪は相変わらず、「私は興味ないね」という涼しい顔をしながら、
二杯目のジュース(オレンジ)を飲んでいる。こういうときに、ある種のサッパリとした大人の対応をしてくれる美雪には感謝する。
「おっほん。では、各々腹ごしらえも済んだことだろうし、これから『グッドモーニング』の臨時ミーティングを始めたいと思いますぞ」
アッシュは、咳払いをして、威厳を醸し出す。
俺も、先ほどまで駄々をこねていたエレナも、姿勢を正して、アッシュの方に向き直った。
美雪も、三杯目のジュース(マスカット)を飲みながら、神妙な顔つきで耳を傾ける。
「ところで、今日集まってもらったのは他でもないですな。このVRMMORPG『The Universe of Worls』の作者の一人である、スティーブンが遺した、最後の緊急クエストの件に関してですぞ」
アッシュは、急に真顔になって、声を落としながら話を切り出した。
キャラクター紹介。
マサト:ヒューマンの少年。リアルでは高校生の男子。現段階では、マサト視点で物語が進んでいる。
エレナ:ハーフキャティの少女。リアルではマサトの幼馴染の少女。幼稚園から高校までの腐れ縁。
アッシュ:ドラゴニアの男性。少し年の離れた面倒見が良い兄貴分。クラン『グッドモーニング』の(精神的に)頼れるリーダー。
美雪:エクステンドの超絶美少女。リアルは謎に包まれている。この小説の屈指のネタキャラです(笑)。