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第1.5話 始まりは唐突に 後編

 燈の起き上がったソファの向かい側に、黒の軍服姿のノインが腰をおろし新聞を読んでいた。彼は《特別災害対策会議・大和》特殊迎撃部隊所属──|Artifact knightsアーティファクト・ナイツ 試作九号機──通称ノイン。政府が秘密裡に完成させた脳と脊髄以外は、全て人工物で形成された全身義体化している。それが彼だ。


秋月燈(心の友その壱)──前後の記憶があるようだが、意識は正常だと判断できる」


 精悍だがどこか作り物めいた顔に、短髪の赤毛。見た目は十代後半──もしかしたら二十代かもしれない。背丈は一七〇に届くかどうかといったところだ。やや筋肉質なのか軍服の上からでもすぐにわかった。


「ノインの体、ボロボロになってない……。ってことは、やっぱり夢? 《異界》だったら、もっとどろどろした感覚と嫌な感じがあるし……」

「五二パーセントの確率で集合無意識()の空間と判断できるが、情報が足りない。それとこの新聞の日付を確認してほしい」


 そう言ってノインが燈の前に新聞を差し出した。少女は受け取ると、記事に視線を落とす。日付は二〇一()()()()()()日──


「は、八年後の世界!? しかもよりによってクリスマスって!? いや正確にはクリスマス・イヴだっけ……」

「単に八年後かどうかも分からんぞ」


 式神の言葉にノインも頷いた。そのただならぬ雰囲気に燈は唾をのんだ。


「どういうこと?」

「提示──外に出てみればわかる」


 小首を傾げつつ燈はホテルの外に出た。少女の目の前に飛び込んできたのは、お台場パレットタウン。その象徴ともいえる世界最大級を誇る、パレットタウン大観覧車も見える。


「は」

「あ?」

「このホテルを出るとなぜか必ずこの場所に出る。ちなみにホテル内の窓、裏口、地下駐車場、屋上からのダイブ……全てこの場所に、到着するようになっていた」

(屋上からダイブって……)


 ノインの検証に突っ込むべきか燈は唸った。そんな少女の頭に──否、周囲に白い紙が降り注ぐ。

 空を仰ぐと広告宣伝用の飛行船がちょうど燈たちの頭上を飛んでいた。恐らくドローンか何かで、この白い紙を落しているのだろう。

 二十メートルほどの飛行船が悠々と雲のように流れていく。

《Merry Christmas》とロゴの入った飛行船に、見惚れてしまい落ちてきた紙切れの存在をすっかり忘れていた。おみくじほどの紙を一つ拾う。


(……んー。この感じ、やっぱり《物怪》が作り出した集合無意識()の空間? でもそれにしては妙にリアルなんだよな……)


 そう考えながらも妙に頭がぼんやりとしていることが、少女を物憂げな気分にさせていた。


「大丈夫か?」


 黒狐は燈の両肩に乗りながら尋ねる。本来なら重くて倒れてしまうのだろうが、浮遊しているのでそこに重さは感じられなかった。

 寄り添い気遣う式神に燈は小さく頷く。


「ん、大丈夫。それよりこの紙の中身を確認しないと……」


 丁寧に折りたたまれた紙を開くと、折り紙ほどの大きさになった。その紙に書かれていたこととは──


 *** *** ***


《この空間を出るための条件》

 ※()()カップル限定

 ・ケーキの食べ合いっこ

 ・トナカイのソリに乗る

 ・プレゼント交換

 ・サンタと死闘


 *** *** ***


「は? はあああああ?」


 思わず燈が悲鳴に似た叫び声をあげたのは、言うまでもなかった。



 ***



 二〇一八年十二月二十四日 東京・お台場パレットタウン施設入り口。

 雪が降りかねない寒空の下、燈は体をふるわせながら手紙の内容を再確認する。


「え。なに、これ……。《サンタと死闘》って怖いこと書いてあるんだけど?」

「さすが我が主。真っ先にそこに注視するとは……」


 もっと問題となる一文が書かれていることに燈は気付いていなかった。いや、問題は少女ではなく相手(龍神)の方だろう。


「心の友その壱。それよりも体温の低下を確認した。上着は新しく購入するとして、ひとまずはこれを羽織るがいい」


 ノインは軍服の上に羽織っていたロングコートを脱ぐと、そっと燈の肩にかけた。少女にはぶかぶかで裾も(くるぶし)で、下手したら地面についてしまうほど長かった。


「おー、ぶかぶか。でもぬくいー。ノインありがとう」

「礼は不要。では行動を開始するとしよう」

「おー!」

(さりげなく主を気遣いつつエスコート……。これは面白……ではなく、ふむ。中々のダークホースだな)


 式神の心中などまったく察することが出来ていない燈は呑気だった。

 《サンタと死闘》を繰り広げる前に、別の修羅場が発生するであろうフラグが今さっき立ったのだ。


(龍神、早く来ぬと手遅れになるぞ……。まあ、知らんが)


 ***


 パレットタウン施設内。

 中世ヨーロッパをモチーフとしたショッピングモールは、大人っぽい雰囲気の内装になっており、《ヴィーナスフォート》は夕焼けの天井に石畳を想わせる床と、中世にやってきたかのように錯覚しそうになる。

 パンフレットを覗いていると、燈たちは本物の馬車が横切っていくのを見送った。


「……って、本物の馬車だったけど!?」

「推測──この空間特有の性質の可能性七八パーセント。……危険値は今の所、低い」


 ノインがすでにホルスターからベレッタM92を抜いているのを見て、燈は慌ててその手を掴んだ。出来るだけ声を低くしてノインに詰め寄る。


「ちょっと! 特殊な空間内なのはわかるけど、物騒なモノは極力出さない!」

「ム……。たしかに。《心の友その壱》の提案を受理」


 幸いにもノインの銃を誰も気に留めていないのか、騒ぎ出す人はいなかった。

 気のせいか、この施設にいる人たちはみな周囲をまったく気にしていないようだ。というのも、ノインの軍服は目立つのはもちろん。燈の肩には黒い狐が浮遊しているのだから、普通に目立つ。だが、ホテルの時と同様、周囲の人が気にする様子も注目されるような視線も感じられなかった。


「はあ……。とにかくこの紙に書いてあるのを全部試してみて、それでもだめなら実力行使するって方向でいいでしょ」

「肯定──提案を承諾」

「んー。じゃあ、まずはプレゼントを交換するために買い出ししなきゃ。……ノイン、お金って持っている?」


 おずおずと無一文の燈はノインに尋ねると、無言でブラックカードを取り出す。


「おおー! 金銭面の問題は一気にクリアね。あとはプレゼント選び~」

「いやその前に、《心の友その壱》の上着を買うことを推奨する」

「え、でも施設内に入ったから大丈夫だよ? それにコートって高いし……」


 燈は未だノインのコートを着用したまま、コートの購入を拒否した。


「提案──もし外で戦闘になった場合、その服では通常の5.4秒ほど反応が遅くなることを提示する」


「うう……」と言い返す言葉を失う燈に、式神はさらに畳み掛ける。


「ならば、コートをクリスマスプレゼントにすればよかろう」


 燈はそれでも唸っている。元々金銭管理がしっかりしており、余計なものを買わないのでこういう時のプレゼントや、贈り物に抵抗が出てしまうのだった。

 しかし、この空間を出るためと腹をくくったのか、少女の双眸(そうぼう)が鋭くなる。


「ノイン、現世に戻ったらキッチリお金は返すので、それまで建て替えをよろしく」

「必要ない。経済的にも年齢的にも俺が出すのが正しいと本に書いてあった」


 一体何の本をアップロードしたのだろうか。燈は聞きたい気持ちを抑えて、購入を断る。


「それじゃあ、申し訳ない!」

「承認却下。心の友その壱には恩義がある。ゆえに──」

「そんなこと言ったら、私だって助けてもらった恩がある──」


 おそらく浅間や年の離れた大人であれば、不承不承しつつも燈は承諾しただろう。だが、年齢が近いノインに友人として身の丈に合わない贈り物には抵抗を覚えてしまうようだ。

 またノインも基本的に交渉がド下手なところが問題でもあった。人間相手に交渉などしてこなかったからだろう。否──ネットによるデータ量とノインのIQがあれば朝飯前なのだろうが、燈相手だとどうにも感情が先に出てしまうようだ。

 二人のどっちでもいい会話を黒狐(式神)はほのぼのと見ていた。


(平和だ……。世の中には真逆な男女もおるというのに……。と言うかもういっそノインが相手で良いのでは? このまま黙ってミッションクリアさせても問題ないだろう。むしろ友情的なものが深まるんじゃないか?)


 式神は未だに一歩も引かない、二人の微笑ましいやりとりを見ながら深く考えることを辞めた。


「いい加減にしろ、()()()


 雷が落ちるような怒号に、燈とノインは反射的に背筋を伸ばす。


「こ、この声……」

「声紋確認。九三パーセントの確率で……」


 おそるおそる二人が振り返ると──

 しゃんしゃんとベルの音を鳴らしながらトナカイに乗った、ふくよかな体格のおじいさんサンタ。

 ──ではなく、神獣(しんじゅう)にソリを引かせている赤い服姿の浅間龍我(あさまりゅうが)だった。


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