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第四話 出会い(後編)


      

 地面が揺れダンジョンの床が抜けて、ダンジョン村に戻ってきた。

(また、ここに戻ってきたか。この寂しい村に)


 鏡花の後にお客が来なかったので、儲けは間抜けな襲撃者の財布のみ。

 売れなかった商品を戻すためにトニーニの店に行く。


 トニーニは品物をじろりと見て、嫌味のある笑顔を浮かべる。

「今日は全く売れなかったようだな。でも、目障りな探索者を始末して財布を手に入れたから収支はプラスか」

「できれば、商品を売ってプラスにしたかったよ。そのほうが気分が良い」


「そうか? もっと馬鹿な探索者が増えると嬉しいだろう。お前も儲かるってもんだ。よく言うだろう。他人の不幸は蜜の味ってな」


 蛍石は不機嫌さを(あらわ)に答える。

「笑えないよ。俺も元は馬鹿な探索者だぜ。馬鹿すぎて、あんたの下にいる。俺が賢かったなら、ここにはいない。真っ当に漁師か百姓でもやっているさ」


トニーニは笑顔で頷く。

「お前が馬鹿なのを知っていて話しているのさ。だが、今はダンジョン側の住人だ。立場を間違えるな」

「わかっているよ。立場は(わきま)えている。だから、こうして、あんたの下にいるだろう」


 トニーニは踏ん反り返って発言する。

「お前の代わりなんて、いくらでもいるんだ。ここじゃ毎日、腕自慢の阿呆な探索者が、ばたばた死んでいる」

「ダンジョン村に来てわかった事実が、二つある。俺クラスなんて、どこにでもいる存在だ。自分が特別なんて幻想だ。それと、死は、どこにでも転がっている」


 トニーニはむすっとした顔で嫌味を投げ掛けてくる

「しおらしいな。揶揄(からか)い甲斐のない奴だ。少しは俺を喜ばせるような内容を(しゃべ)って御機嫌を取ったらどうだ。芸をする蚤は血も貰える、のダンジョン諺だってある」

「ご機嫌を取ったら何か良い話でもあるのか? 俺には何かあるように見えない」


 トニーニがジロリと蛍石を見る。

「面白かったら考えてやるよ。忘れるな。俺は自分の財産たる家畜が気になる男だ。常に見張っている。または、見張りを立てておかないと気が済まない」


 トニーニの視線が気になったので目を合わさないようにする。

(鏡花とのやりとりがトニーニに知られると、面倒な展開になるかもしれない。俺だけに災いが降り掛かるなら、いい。だが、鏡花を巻き込みたくない)


 店を離れるようとすると、トニーニが背後からぶっきら棒に声を懸ける。

「何か俺に報告することはないか? 忘れているなら、そのからっぽの頭をブッ叩いて、思い出せ。それが、長生きする秘訣だ」


 トニーニが報告を求めてきた過去は、なかった。

(俺を知る探索者との接触を警戒しているのか。だが、全てを知っている可能性もあるが、ほとんど知らないかもしれない)


 軽く振り返って、平常心を心掛ける。

「別に、何も。探索者から仕入れた品を売り忘れたりはしていない」


 トニーニが顔を顰めて言い放つ。

「そうか。なら、行っていいぞ」


 弁当屋でおにぎりと弁当を買って家に帰る。

 おにぎりを所定の場所に置くと、ジャックがおにぎりを食べに飛んできた。

 弁当に手を付けるが、ジャックはじっと蛍石を見たまま、おにぎりに(くちばし)をつけなかった。


 ジャックが難しい顔をして尋ねる。

「蛍石よ。お主、顔に迷いが出ているな。何か、悩みか。こんな鳥でよければ、聞くぞ。カウンセラーなら薬も出さずに、三十分で三千ゴルタは取る。だが、こんな鳥ならタダだぞ」


(ジャックにもわかるくらいなら、俺の悩みは顔に出ているのかもしれないな。トニーニにも何か気付かれたようだし。だが、果たして話していいものか)


 蛍石が迷うと、ジャックはおにぎりに向き直る。

「無理にはとは頼まん。だが、聞きたい内容があるなら、話してみろ、それで楽になることもある。儂にできる、ささやかな助力だ。お節介かもしれんが、ちと気になる」

「今日、ダンジョンで知り合いに会った。だが、名乗れなかった、顔も明かせなかった」


「ふむ」とジャックは一言漏らしてから尋ねる。

「お前に掛けられた制約だな。それで、蛍石が会った人間は、恋人か? 友人か? それとも、本当に単なる知り合いか? そっちのほうが大事だ」


「そんな重要な存在じゃない。ちょっとした知り合いだ」

 ジャックが真剣な眼差しで蛍石を見詰める。

「それは良かったな。蛍石。お前は一度、死んだ人間だ。死者が生者に執着すると不幸な結末しか生まん。死者は死者らしく、限られた領分で暮らすべきだ」


 ジャックの言葉には納得がいかなかった。

「だが、俺はこうして考え、思いを巡らしている。ダンジョンの中を彷徨う死体たちとは違う。俺は生きた人間だ」


 ジャックが厳しく蛍石を見詰める。

「では、訊こう。お前に自由はあるか? ここから外に出て、ダンジョンの外で生きていく自由だ。ないだろう」

「ないのと、必要ない、は別の問題だ。欲しがることもここでは罪なのか」


「お前にある自由はこの限られた村での限定された自由だ。翼なき者が空を飛ぶ努力をしても、尋常な方法では飛べない。無駄に足掻(あが)くな」


 蛍石は正直な疑問をぶつけた。

「なら、俺は何のために金を稼ぎ、生きている」

 何のために生きる。ダンジョン側の住人になってから漠然と浮かぶ不安ともとれる言葉だった。


 ジャックはピシャリと言い放った。

「お前はこのダンジョンを存続させるために生きる、一つの石の塊に過ぎない。高望みすれば、再び身を滅ぼすぞ。ルールの中で生きるんだ。外を見るな」


「なあ、ジャック。ダンジョン暮らしの先には何がある。何もないなら死体に戻ったほうがいい。ここで探索者を殺しながら、金の勘定をするより、よっぽど気分がいい」


 ジャックは困った顔で蛍石を(なだ)めた

「寂しいセリフを口にしてくれるな。儂はお前の性格を気に入っている」

「悪い。少し感情的になった」

「いいってことだ。そうして素直な心を見せてくれる態度は、友情の表れだと思っている」


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