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第二話 ダンジョン村の日常

 暗闇の中を落ちて行く。十秒ほどで落下速度が緩やかに減速する。最後は羽毛が落下するような速度になり、地面に到達した。


 視界が一瞬だけ光ると、蛍石は村にいた。

 村の中央には周囲が四百mほどの小さな池がある。池の周りには直径十五mの円柱状の家が三十ほど並び、八万㎡ほどの広さの村があった。ダンジョン内にある村はダンジョン村と呼ばれる。


 ダンジョン村には、ダンジョンで個人商店をやる人間の家が存在した。

 村全体は石造りの壁で天まで囲まれている。天井には魔法の光が灯っており、村の中を照らしていた。


 石壁で囲まれた地下にある村が蛍石の棲家だった。

 村の北側には縦五十m、横二百m、高さ十mの大きな長方形の建物があった。卸売りを営むトニーニの住居兼店舗だ。


 トニーニの家の正面にはカウンターがある。そこでダンジョンで売れなかった品を買い取ってもらい、金に換えるまでが商売だ。

 トニーニの店に行く。トニーニはカウンターの中で背凭(せもた)れのある赤い大きな椅子に座っていた。


 トニーニはガルガル族と呼ばれる種族だった。ガルガル族は顔と手足の先以外が茶の毛に包まれた種族である。

 顔は丸顔で肌の色は緑色。目は飢えた獣のように鋭い赤い目をしいる。口には鮫のような牙が生えている。


 赤のエプロンに、革手袋とブーツを履いたトニーニが声を懸けてくる。

「よう、蛍石。泥棒に遭ったんだって? 災難だったな。でも、こうして、蛍石が無事に帰ってきて、俺は嬉しい。何たって、売り子は俺の財産も同然だからな」


 トニーニの表情は明るく声は楽しそうだった。蛍石を気遣っている様子はまるでなかった。

「四品もやられた。それで、商品ごと炎化したのを倒したから、商品は帰ってこなかった」


 トニーニは遠慮なく笑って発言する。

「そいつは残念だ。俺としては、ここから持ち出すときに金を貰っているから痛くも痒くもないから、いいけどな」

「失くした商品を悔やんでも、しかたない。残った商品を買い取ってくれ」


 トニーニは品物を卸す時は謎の商品として売る。だが、買い取る場合は、必ず鑑定してから買い取った。

 トニーニから仕入れている蛍石は、何となく買った商品の正体はわかる。されど、正式に名前が判明するのは、商品を買い戻してもらう時だった。


 トニーニは不機嫌な顔で告げる。

「売れ残った商品だが、包装された素焼きの玩具か。これは呪われた木馬ゴーレムだな。それで、謎の種は、トラップ・ツリーの実だ。どっちも残ってほしくない品だな。売れていれば、探索者を苦しめていただろう」


 呪われた木馬ゴーレムは、包装を解けば、大きくなり襲ってくる。トラップ・ツリーはダンジョンの地面に置いて水をあげれば短時間で生長する。だが、近づくと抱きついて自由を奪う。

 どちらも、トラップ系のアイテムだった。


 ダンジョン商店では探索に有用な道具も売るが、時として罠のような道具も売る。

 もっとも、罠のようなアイテムでも使い方によっては有意義な使い方もある。なので、一概にマイナスとも限らない。


 トニーニが売れ残った品を買い取ってくれた。品物はダンジョン村の住人なら売値と買値が同じだった。ダンジョン内に持ち込んだ品が全て売れ残っても、買った値段で買い取ってくれる。


 今回のように泥棒に遭ったり、トラップによる事故に遭ったりしなければ損は出ない。

 トニーニはなぜ売値と買値が同じで商売になるのかは、絶対に教えてくれない。また、そもそも原価がいくらなのか、どこから商品を補充しているのかも不明だった。


 残った二品を金に換えて、口座に入金する。

 台帳に記帳しながら、トニーニが軽い調子で売り込んでくる

「今日は手痛い泥棒に遭ったが、商売は順調のようだな。どうだ。ここいらで何か大きな買い物でもしないか? どうせ、死ねば全てを持っていかれるんだ。使わなきゃ馬鹿らしいだろう」


「今は、いいよ。それに、言うほど金持ちじゃない。大きな買い物はまたの機会にするよ」

 トニーニは顔を歪めて非難する。

「しみたれっているな。生きている時に使わなきゃ、金も死んだも同然だぜ。一度、死んで、それがわからないとは、救われない奴だ」


 蛍石は元探索者でダンジョン内で死んでいる。死後、何者かに蘇生されてダンジョンの住人となった。

「そうだな。今度はもっと上手く立ち回って長生きするよ」


 トニーニに適当な言葉を告げると、店を後にする。

 蛍石は村に一軒だけある弁当屋で、弁当と大きなおにぎりを買う。


 弁当屋は老夫婦がやっており、交互に休憩を摂って店を開けていた。

 村にどこにでもある円柱状の建物の一つが、蛍石の家だった。建物の窓から魔法の灯が漏れていた。扉を開ける。


 部屋の中には最低限の家具しかない、本棚、机、ベッド、テーブルくらいだった。

 キッチンは備わっているので、蛍石の家は簡素なワンルームだった。ちなみに、トイレは家の外にある横の四角い建物で、風呂は村に風呂屋がある。


 家の中には鳥が留る止まり木があり、黒い(くちばし)の全長六十㎝の真っ赤な鳥がいた。

『瞑想鳥』と呼ばれるダンジョン内にいる鳥である。瞑想鳥は大きくなれるし、また喋ることができる。


 ただ、普段は動かず瞑想状態であることから、瞑想鳥と呼ばれている。

 瞑想鳥の名はジャック・ペッパー。蛍石はジャックと呼んでいる。

「ただいま、ジャック。今日は泥棒に遭って、商品を四つ無駄にされた」


 ジャックがおもむろに目を開き、渋い男性の声で話す。

「泥棒をしてまで利を求めるなど、まっことに嘆かわしい世の中になったものだ。そんな世の中ならば一度滅んだほうがよいのかもしれない」


「世の中が滅べばいいとは思わないよ。探索者にとっては、泥棒も探索の一環と考えているからね。ただ、失敗した時のリスクは考えてほしいものさ。ダンジョンでの泥棒に失敗しても死なないと思っている」


 ジャックが渋い顔で首を横に振る。

「それが嘆かわしい。探索とはもっとスマートなものだ。単純にほしいからと、盗っていたら、命がいつあっても足りない。ああ、嘆かわしくも痛ましい」

「そうだな」と相槌を打って、洗面台の前で頭巾を取って顔を洗う。


 手拭いで顔を拭くと、鏡に顔が写った。

 鏡の中の蛍石は青い短い髪をしており、太い眉も青い。目は黒い瞳をしている。

 疲れが滲んでいるが、優しい目をしていた。顔は丸顔で十七歳に相応しい若さ溢れる顔をしていた。


「何か人相が、また悪くなったかもしれない」

「泥棒を始末したことなら、気にするな。ここは、そういう世界だ。下手に情けをかければ蛍石の身が危険だ。蛍石には同居人として末永く付き合いたいものだ」


 弁当とおにぎりをテーブルの上に置く。おにぎりの包みを開けると、ジャックが飛んできて机に留まる。

 ジャックと二人だけの夕食を摂る。夕食を終えると風呂に行く。あとは適当に修練などで時間を潰し、ベッドに入って電気を消す。


 朝にトニーニの店で商品を仕入れ、ダンジョンに潜る。ダンジョンの商売を終えると、残った品をトニーニに売る。弁当を買って帰る。食事のあとは風呂に入って眠る。

 これが、蛍石の日常だった。


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