第5限目夜の来訪者
クレスに用意された家は、まるで新築の家のように綺麗に整えられていて、一階にはリビング、キッチン、浴室などが用意されており、二階には三つの空き部屋が用意されており自由に使えるようになっていた。
(一つの家を何人かでシェアするなら分かるけど、まさか生徒一人に家が用意されているなんて……)
事前に送った荷物も丁寧に置かれており、何もかも完璧なところは流石だとクレスは思う。自分が男である事を隠してさえいなければ、もう少し気を張らない生活ができただろうと思いながらも、彼は荷物を解いていく。
(まさか女にさせられるとは思わなかったから、持ち運んだものは男物だし、油断はできないよなあ……)
こちらに持ち運んだものを取り出しながらため息を吐く。本などは特に問題ないのだが、着替えとかは全て男物だった故に処分しなければならない。
処分の仕方などを考えていると、家のチャイムが鳴り響く。
「はーい」
クレスは出していたものを隠した後、玄関から来客の対応をする。来客者はユノだった。
「クレアさん……忙しいですか?」
「ううん。今暇していたところだから」
「じゃあ少しだけお話ししませんか?」
「大丈夫だけど、もう夜遅いよ?」
「大丈夫ですよ。長くはいませんから」
「それなら」
ユノを家の中に通す。クレスからしてみれば、男である自分の家に女性を通すようなものなので、ある意味緊張してしまう。
しかしユノからしてみれば、友達の家に遊びにきた感覚なので、それぞれの持つ意味合いが大きく変わってきてしまう。
「まだ荷物解いていないんですね、なんだかすいません」
「謝る事ないよ。ボクだって今日済ませるつもりはなかったし」
「それならいいですけど…。そ、それより私、家から茶菓子を持ってきたのですが、一緒に食べませんか?」
「さっきお腹一杯になったばかりだけど、大丈夫なの?」
「大丈夫です。しっかりと私、運動していますから」
そう言いながらユノは二人の間に茶菓子を置く。クレスはいただきますと言いながら、一つ食べる。先ほどの喫茶店でも彼は感じていたが、この世界と元の世界の味が酷似していた。
それ故かクレスは、この世界に来て食べるものにあまり違和感を感じる事なくこうやって食べ物を口に通すことができる。
「美味しいですか? これ私の故郷の特産品なんです」
「うん、美味しいよ。特産品と言われれば納得できるくらいに」
「本当ですか? よかった、異界人のクレアさんのお口に合うか不安でしたので」
「そんなに不安がることなんてないのに。どこの世界に行っても美味しいものは美味しいんだから」
「っ! あ、ありがとうござい…ます」
恥ずかしいのか顔を赤らめながら俯くユノを、少しだけ愛らしく感じるクレス。このときめきさえも、自分が男である事を隠していなければ、正直になれたのかもしれない。
でもそれは決してあってはならないのだ。正直になったら、禁断の扉を開いてしまいかねない。その中で自分は男である事を隠し通せる自身が、クレスにはなかった。
「どうかしましたか?」
「あ、な、何でもない。そ、それよりユノも魔法を使えるんだよね」
「まだまだ未熟ですが、少しだけ使えます。クレアさんも勿論使えるんですよね?」
「うん。ただ、使えるようになるのは少し時間かかるけど」
「あ、世界が違うからやっぱり要領が変わるんですか?」
「そんな所かな」
(実のところまだ使った事がないだからなんだけど。あとで試してみようかな)
「私クレアさんの魔法を見るの楽しみにしています。いえ、私以外にも楽しみにしている人がいるかもしれません」
「そんなに楽しみな事なの?」
「だって異世界の魔法ですよ? 気になるに決まっているじゃないですか」
目を輝かせるユノに、少しだけたじろぐクレス。事前情報では、この世界の魔法と彼が住んでいた世界の魔法も、大差がないように見えた。
とはいえ、勿論全てが一緒なわけではないので、気になっている気持ちも分からなくはない。
「楽しみだなぁ、クレアさんの魔法」
「か、過度な期待はしないでね」
■□■□■□
その後二時間ほど会話した後、ユノは帰宅しクレスはようやく一人きりの夜を迎えた。
(唯一の僕が男でいられる時はこの時くらいかな……)
風呂を済ませ自室へとやって来たクレスは、最初から用意されていたベッドに寝転がりボーッと色々な事を考える。
(今日一日で知り合いが二人できただけでも、良かったかな)
今日出会ったストレアとユノの二人。知り合いが一人もいなかった彼にとっては、とても心強い存在だ。そして明日からはもっと色々な出会いが彼を待っているであろう。
そんな期待と少しの不安を胸に一杯に、クレスは眠りにつく。明日から始まる本格的に始まる学校生活。そこで待っているのは一体……。
『わぁ、本当に異界人が私達の世界にやって来たんだね』
『静かにしないと駄目ですよ。今からは眠っているのですから』
『うん、分かってる。今日は挨拶だけだから』
『そう、挨拶だけです。彼女、いえ、彼とは近いうちに会えますから』




