第1限目魔女の誕生
異世界転移
近頃はその言葉を耳にする人も少なくはない。あくまで空想上の話ではあるが、実際に体験した人ももしかしたらこの世の中にはいるかもしれない。
そしてそのもしかしたらを経験してしまった場合、貴方はどうだろう。
例えば勇者として異世界に呼ばれたり
例えば相手方が意図しない形で召喚されてしまったり
例えば、
「ようこそいらっしゃいました。貴女にはこれから我が学園の繁栄の為に一生徒として尽力していただきたく存じます」
「あの、大方の話は聞いていますけど、改めて確認させてもらいたいのですが」
「何でございましょうか?」
「ここの生徒は、その、所謂女性だけしか居ないんですよね」
「はい。女学園というのはその名の通りですから」
「それを踏まえて聞かせてください」
かつて世界を救った勇者が、
「僕は一応性別上は男なのですが、本当にこの学園に通えって言っているんですよね」
「えぇ?! 勇者様は女性と聞いていましたが、まさか男なのでございますか?」
「いや、そこは向こうからプロフィールか何か送られてきているはずだから、その時に確認してよ」
「確認しました、しっかりと。その上でお呼びしたのですが」
「とりあえずそのプロフィール見せて!」
性別は男なのに異世界の女子校の学校に通わされる羽目になった場合はどうだろうか。
「ほら、ここにちゃんと僕は男だって……あれ?」
「だから、言ったじゃないですか! どうしてくれるんですか?!」
「そ、そんな事を僕に聞かれても……」
「こうなった場合は仕方がありません。貴方の力は確かなものがありますから、しっかりと役割は果たしてもらうしかありません」
「果たすって、だから僕は」
「異界の勇者クレス、貴女には今日からクレアとして我が学園、セレスディア女学園に三年間しっかりと通っていただきます。これはその証です」
「証って、何が、うわっ」
男子である事を隠して、
「貴女は今日から勇者ではなく魔法少女、いえ、その力の強さに敬意を表して魔女になっていただきます」
強制的に魔女として通う事になります。
「ぼ、僕の髪の毛が勝手に伸びて」
「今の髪型では流石にすぐバレてしまうので、勝手に魔法で髪を伸ばさせていただきました。あとそのハットとロープは、少なくともそう見られるようにする為のものです」
「もう後戻りはできないの?」
「その魔法が解けるのは三年後です。それまで頑張って通ってくださいね、クレアさん?」
「泣きたい……」
この物語はそんな感じで始まる、とある勇者が魔女として生きる三年間を記した長い長いお話。
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勇者クレス
彼が救った世界ではその名を知らないものが居ないと言われるほど、超が付くほどの有名人である英雄。
魔女クレア
そんな彼がある命を受けて、この世界テオドラにある有名な魔法学園セレスディアに性別を誤魔化して通う事になった新たな姿。
(どうしてこんな目に……)
その新たな姿に当事者であるクレス、もといクレアは当然ながら困惑していた。入学式は明日、そして三年間過ごす事になる学生寮に入寮できるのも明日という事で、彼は今日一晩は自分の荷物と共に学園で寝泊まりする事に。
(大きく変わったのは髪型くらいだけど、それでもこれから女として過ごすのは嫌だなぁ)
しかも皮肉にも魔女だなんて付けられたので、彼の不満は大きかった。本来なら勇者が世界を渡って、こんな学園に通う事自体が異例中の異例。
それでも彼には断れない理由があった。世界を渡ってでも助けだしたい彼女のためにも、受けるしかなかったのだ。
「あー、駄目だ眠れない」
明日の起床は八時。現在の時刻は深夜一時。もう眠らなければならない時間なのだが、色々なことが起きすぎて眠りにつくなど到底不可能だった。
「少しだけ散歩しよう……」
泊めてもらっていた部屋を出て、校舎を出て外に出る。まだ見慣れない学園をボーッと眺めながらクレスは改めて考える。本当にこれで良かったのかと。
しかし不思議と彼は後悔はしていなかった。彼女の為なら、どれだけ身を削る事になろうとも、貫きたい、貫かなければならない信念が彼の中にある。
(……ん?)
そんな事を考えていると、彼は静寂の中に静かに響き渡る歌声に気がつく。歌声が聞こえたのは、目の前にある噴水の近く。
いや、その姿があったのは噴水の上。本来人が登らない場所で誰かが歌を奏でている。
(すごく綺麗な歌声だ……)
思わず聞き惚れてしまうクレスに対して、彼の存在に気がついた歌声の主は銀髪の長い髪をたなびかせて噴水から飛び降りてきた。
「こんな時間に人だなんて珍しい。どうしたの? 迷子?」
「え、あ、ボクはその……」
「ボク? 随分と変わった呼称をしているのね。私が知る限りではそんな呼称をする子はいないけど、もしかして新入生?」
「は、はい! ボク、明日からこの学園に通う事になっていて」
「なら私と一緒ね」
「え?」
「私も明日からこの学園に通うの。と言っても、もうここは私の庭みたいなものだから、ほとんど知り尽くしているんだけどね」
「庭?」
「あー、えっと、とりあえず、何度も来たことがあるってだけの話。それじゃあ、またね! 今夜は聞いてくれてありがとう」
そう言うと少女は名前も名乗らずにその場を立ち去っていく。残されたクレスは、ただ呆然とそれを見送ることしかできなかった。
「何だったんだろう、今のは」