対面
優しき人のため唯ひたすらに奏でた者
ブログでの名前がユイという人から『会いたい』というメッセージが送られてきた時に書いてあった時間の十分前に俺と奏は同じく書いてあった場所に来ている。
「・・・なあ奏」
「なに優?」
「・・・さっきからチラチラ見られてるのには気づいてるよな」
「えっそうなの?」
「はあ・・・この鈍感ヤロー。」
「何が!?」
「お前、自分の見た目分かってねーの?」
「見た目?……ああなるほど。僕達の唯一の長所忘れてた・・・。
まあいいじゃん。襲われたりするわけじゃないんだしさ~」
「のんきな・・・。とにかく俺は今の発言がフラグにならないことを祈るよ。」
奏はブランコに乗ってぶらぶらとさせていた足を止め俺のほうを見る。だけど俺は人の目を見て離すのが少し苦手だ。だから横にいる奏とは目を合わせず空を仰ぐ
「『ユイ』か・・・」
「やっと興味出てきたの?今から来る彼女のこと。」
「・・・まあそりゃな。逆に全く興味ないってのも相手に失礼すぎるだろ。
まさか俺もこんな形で人と会うことになるなんて夢にも思わなかったよ。」
「感謝してよねー。学校に行ってる時以外ほとんど引きこもってる、ほとんど引きこもりの君に人を紹介してあげるんだから」
「頼んでない。それに引きこもりじゃない。」
「ごめんごめん。・・・っと来たみたいだよ~。
唯~!こっちこっち!」
大きく手を振り出す奏の視線の先を見ると同い年ぐらいの一人の少女が少し控えめに手を振り替えしていた
「奏君!ごめんね遅くなって。奏君がすぐ見つけやすくてよかった~。ていうか『来てみたらやっぱりいませんでした』っていう展開にならなくて良かった。」
そういうと彼女は俺のほうへ向き直り『こんにちは。はじめまして。』と丁寧に挨拶をしてくれた。
「はは・・・。確かに。
えっと・・・まずは自己紹介からだけど立っているのもなんだからそこに座ろうか。」
という奏の提案で近くにあったベンチにユイさん・奏・俺の順番で座ることにした。
「まずは唯から。
名前は進藤唯。優も良く知るとおり最近ブログを始めて最初のフォラワーが優。君と同じ学校・年で二年生。
・・・これくらいでいいかな。次は優ね。
名前は久堂優。唯も良く知るとおりブログで人気上昇中の『日々のことをつづる』というそのまんまの名前でブログを書いてる十六歳。
ちなみに僕を会ったばかりなのにからかっってきた人も優っていうんだ~。珍しいこともあるもんだよね~。」
奏は笑っていなかった。いや性格には目が笑っていなかった。
(まだそんなこと覚えてがったのかよ・・・。言った俺でさえ忘れてたぞ・・・。
・・・もう奏をからかうのはやめよう)
―そんなことを紹介され中ずっと思っていたとか思っていなかったとか。
「えーと久堂優です。会うのは初めてなので『はじめまして』であってる・・・よな。
それとフォローありがとうございました。本名ブログと同じだったんですね。ちょっと驚きました。
これからよろしくお願いします。」
そういった後の優の顔は、はたから見れば完璧な笑顔だったがここにいる奏や唯にはただの愛想笑いなのがいとも簡単に分かった。けれど唯も自分も同じようなことを何度もしたし、当たり前の反応。そう判断し、愛想笑いを返す。
「こちらこそはじめまして。こんなふうに身近にネットから私を知ることがあることを知れたのは初めてなので純粋に嬉しいです。
これからよろしくお願いします。それと同じ年ですし敬語はやめにしませんか?」
(あーこれはばれてる・・・か?まあいいか。)
「・・・そうですね。あー・・・そうだね」
(勘がいい奴は苦手なんだよなあ~。)
俺たちの空気がやばくなってきたところで、奏をちらりと見る
「なんか二人してコミュ症みたいだね」
といって笑う奏。
「笑うな。こんなの初めてなんだから仕方ないだろ。」
「そうだね。ゴメンゴメン。
それじゃあ親睦を深めにあそこのショッピングモールに行こっか。」
そういって奏が指差した場所は地元の高校・中学生が出かける際は大体ここだろうと思われる場所だった。かくいう俺も陸に誘われた際に何度か行ったことがある場所で、すたすたと歩を進めた。提案者である奏が嬉しそうに向かうのを見て微笑んでいたが隣の進藤さんを見ると彼女も嬉しそうな奏の様子をさっきの愛想笑いとは違う優しい顔で微笑みながら見つめていた。
(・・・本物はそれか。)
それにしても
(まるで母親と子供みたいだな)
「じゃあ俺は?」そんな疑問が頭の中で浮かぶ。が、すぐに消える。だってそんな疑問に答えなんてものないのだから。
ショッピングモールの中はやはり休日だからだろう。いつもの倍といってもいいほど人が多く賑わっていた。
(人酔いしないよう気をつけよう)
そんな俺の心配をよそに進藤さんは嬉々とした表情で店の前においてある服を見ていた。
(そうだ女子なんだもんな。服に興味があるのは当然か。・・・でそれはいいとして)
「なんで奏。お前が女子の服着てるんだよ!」
そうそうなのだ。男発言をしていた奏が何故か到着してたったの十五分も経たないうちに女子用の服を着ていたのだ。フリフリの小学生低学年までなら飛び跳ねるほど喜んでいるであろう服を。しかもアクセサリーもばっちりつけてノリノリで楽しそうに。『僕似合うでしょ』といわんばかりの表情で。
「え?似合うから?」
(あっもうこいつだめだ。壊れてやがる。)
気が遠くなっていきそうなほど痛む頭を無理矢理落ち着けて
「お前男だろ?」
現実を確認するようにいうと反応したのは奏ではなく奏の着ていた服を持っていた女性店員だった。目をぱちくりさせながら『そんなこと知りませんでした』と言わんばかりの顔で驚愕した表情を見せる。
「え?えっ?・・・たっ、大変失礼いたしました!」
と、はっと思い出したように謝罪を口にする女性店員に『いいですよ。こちらこそなんかノリノリで着てたみたいですいません。』と返し、下がらせる。
「あーあ。性別言ったらあの人に失礼かと思って言わないでおいたのになんで言うかなー」
「どうせテンションが上がって(そんなのどうでもいいか)ってなってたか、進藤さんが楽しそうに服を見てたから自分も・・・ってなったかのどっちかだろ。」
にこりと笑う奏が『両方だよ』と応えるのと同時に進藤さんがこちらへと向かってくる。手には最初にあった鞄ともう一つさっき彼女が見ていた店の名前の書いた袋が抱えられていた。
「待たせごめんね~。ここの服好きでー?」
最後が疑問形になっているのを不思議に思い彼女のほうを見ると彼女は奏の女装姿に目を奪われていたーいや釘付けになっていた。
「なんで奏君が女子向けの服を着てるの?いや、めちゃくちゃ似合ってるからなんともいえないんだけどもしかして奏君っておん・・・。」
「違うから!
でも『似合ってる』って言ってくれたのはありがとう!だしすっごく嬉しいけどそんなガチで動揺するのはやめて!?
自分でもこの男か女かはっきりしない顔がちょぉーと嫌いになってきたところだから!」
「あっそう。じゃあ進藤・・・さんの行きたかった店にも行けたみたいだから俺も行きたいところあるからよってもいいか?」
「「オッケー」」
(あっ、息ぴったり)
そうして俺を先頭に目的地へと向かう。たまに見えてくるファーストフード店やデザート店にちらちらと二人は目が行っていた
(別に『行きたい』って言えばいいのに)
そんなことを言おうと思ったが我慢しているような表情が少し面白くて気づかない振りをしていた・・・が何も言わず俺の後をついてきてくれていたのでほんの少しの罪悪感を感じながら目的の本屋のすぐ近くにあった店の前までついたところだった。するとこれにはとても惹かれたんだろう。チラチラ見る、レベルではなくまさに凝視という言葉がぴたりと合うほど目が釘付けになっていた。
(でも言わないところが良い奴らだよな。)
「・・・よし、買うか。」
一言だけ言って方向を変え二人の目を奪っているジェラートの専門店へ足を進める。
「「えっ?」」
慌てて二人がついてくるのを確認しながら店に並ぶ。何十種類もの味が書いてあるメニューを奏に見せる。
「奏、お前何味が良い?」
「・・・いいのっ!?」
(素直だな・・・。)
「逆に聞くが何でダメだと思ったんだよ。」
「え・・・だって・・・。」
「子供のくせに遠慮するな。いいから選べ。」
俺がきっぱりというと奏は「ありがとう」といいながらチョコ味を、俺は甘いものがそこまで得意ではないので少し迷ったが「コーヒー味」を見つけ即座に頼む。
「進藤さんは決まったー?」
言いながら彼女のほうを見るとメニューのうちの二つをいったりきたりと見つめていた。「う~ん、とマンゴーも気になるけど王道のバニラもおいしそう・・・。どうしよ。」
「夏だしマンゴーにしたら?・・・バニラって王道だからマンゴーよりも食べるタイミングあると思うし。」
「確かに!・・・じゃあマンゴーにしようかな。
マンゴー一つお願いします。」
「チョコ・コーヒー・マンゴー一つずつですね。かしこまりました。レジのほうでお待ちください。」
店員さんにジェラートを受け取り休憩もかねて近くの椅子に腰を下ろす。
「さっきはありがと~。私こういうのでは絶対シンプルにバニラ選ぶんだけど、マンゴーも夏だから引かれちゃって。」
「全然いいよ。確かに両方おいしそうだったし。」
「めっちゃ迷ったよ。頭抱えそうになった。」
「見てるこっちが面白いくらい睨んでたよ。」
「睨んでない!」
「ごめんごめん。」
「ていうか久遠君と奏君決めるの早すぎ!」
「「そう?」」
今度は俺と奏が見事にそろったのを見て進藤さんは「やばい」といいながら笑い出す。
「あーていうか『優』でいいよ。『くん』もなしで。『久遠くん』とか呼ばれなさ過ぎて自分の名前じゃないみたいだから。」
「じゃあお言葉に甘えて。
それと、私も『唯』だけでいいよ。私だけ呼び捨てにするとなんか良くわかんないし。」
「確かに」
そんな他愛無い話をしながらいると気がつけばもうジェラートは食べ終えていた。
「・・・食べ終わったところで本屋へレッツゴー!」
奏の謎の掛け声と共に本屋へと再び足を向ける。
目的の本は入ってすぐにあった物のシリーズ物だったのですぐ見つけることが出来た。奏と唯のほうを向くと二人とも本に夢中だったので声は掛けずぶらぶらと中へと進んでいく。
(あーこれ最新刊出てたんだ。今のところ全巻そろってるし買おっかな。)
そんなこんなでレジを済ませ、奏たちのほうへと戻る。
「あー優!ちょっと聞いてよ~」
「めんどいからヤダ。」
「ひどっ!優って何でこんなにも塩対応なの!?もっと僕に優しさを頂戴!」
「は?じゃあ聞くけど俺が例えば『全然良いよ~聞くぞ~。どうしたんだー?』とか激甘な砂糖対応してみろ、お前なんていう?」
「気持ち悪い。そんなの優じゃない。」
「だろ?・・・いや、今のはそれはそれでひどくないか。」
「いやでもさあ~」
「・・・で、結局何なんだよ。」
「ああそうそう。この漫画のことなんだけどさーなんで主人公最初はこんなにこの人に夢中なのにちょっと物語が進んだらこの別の人も気になっちゃってるの?この人の『好き』はこの程度なの!?」
「いやしらねえよ!ていうか漫画にそんなこと言い出したらきりねえぞ。」
「そっか・・・まあ確かにそうだよね~。」
「・・・ていうかお前なんか純情なんだな。いやその歳で純情じゃないとか終ってるけど。
てか唯は?てっきり一緒だと思ってたんだけど。」
そういって見下ろすと俺の腰ほどの高さに位置する頬を膨らませていた。
「唯は『見たい本がある』とかでさっき向こうのコーナーに行ったよ。ていうか、『その歳で』ってことは僕よりも少し上・・・そうだな優たちの歳では純情じゃない人もいるんだ?」
「!・・・。」
にやりと笑う奏。
「ちなみに『この歳』だから聞くんだけど、どういうことをすれば純情じゃなくなるの?
大体の人はどのくらいの年で純情じゃなくなるの?
優の近くにそんな人はいるの?
優は純情なの?
僕『この歳』だから全然知らないんだ~。優は知ってるみたいだし教えてくれるよねー?」
無邪気に笑っている・・・様にはたからは見えるかも知れないが俺には真っ黒な笑顔にしか見えなかった。
「あーごめんごめん。俺が悪かったからその笑顔はやめてくれ。ホント怖いから。」
「分かればいいんだよ分かれば。・・・それに僕は君よりも何百・何千年も生きてるんだから年はすごいんだから。」
小さな小さなその声は小走りで駆け寄ってきた少女によってかき消される。
「あっ優。袋があるってことはお目当ての本はあったんだ?」
「ああ。それより唯も『見たい本』はなかったのか?」
唯の手持ちには最初から持っていた鞄とさっき買っていた服が入っている袋しかないことを確認しながら聞く
「あーううん。あるよここに。」
そういって鞄から出てきたのはライトノベルぐらいの大きさの小説だった。
「これの大きさどれくらいか覚えてなかったんだけど買って入れてみたら入ったから。あんまりかさばるのはいやだし。出来るだけまとめようと思って。
これ結構出てるんだけどまだ二巻までしかもってないからせっかくだし買ったんだ。」
「・・・俺それ持ってる。」
ひらひらとさせながら小説を見せてくれる唯に向かい声が出る
「えっ嘘!」
「ほんと。それアニメ化しててその続きからだから・・・六巻からだったかな。そこからは全部持ってたと思う。最新刊の確か十五巻?はまだ買ってないと思うけど」
「そうなんだ!
私、異世界とか魔法とかファンタジー物が好きだからこの本見たとき、どはまりしちゃって一巻しか買わないはずが思わず二巻買っちゃったんだよね。」
「確かに。俺はアニメから入ったから省かれてるところは最初小説買った時分からなかったんだけど後々分かるようになってきたりしたのも面白かったよ。」
「そうそう!分かりやすいんだよね説明とかも。だから読みやすくてさっと読めちゃう。」
「やっぱり一番好きなキャラはこの人かなー」とか「あそこが一番好きなんだよね」と歩きながらひとしきり会話に花を咲かせる。―後ろで気持ち悪いくらいニヤニヤしているやつは放って置いて。
そこからはお互いにぎこちない雰囲気を漂わせることなく打ち解けた。他愛のない、本当に他愛のない話をし、本当の友人のように心から笑いあえた時をすごした。
「あっもうこんな時間。ごめん私そろそろ帰るね。
今日はありがとう。これからもよろしくね。」
「ああ。じゃあ俺たちも帰るか。じゃあ唯ばいば『あのさー』・・・なに?」
「話しをさえぎったのはごめんね!・・・だけど優まさか女の子一人だけで帰すつもり?」
「!」
「・・・今気づいたって顔だねそれは。・・・はあー。
さすがに女子高校生が一人で帰るのはどうかと思うんだけど。」
「まだ暗くないし全然平気。ここから家も近いし。」
「だめ!その油断が事件とかのもとになるんだよ!」
と最初は『大丈夫』といっていた唯も奏の迫力に押されたのだろう。『分かりました』とばかりに降参した。
「でもそれじゃあまず先に奏君をおくったほうがよくない?」
「確かに。
じゃあ奏をおくってから唯をおくるよ。・・・あーでも唯は時間が大丈夫じゃないのか。」
「あっじゃあ僕、優の家に優と一緒に行く!」
「いやだめだろ。それこそ家の人心配するぞ。」
「大丈夫!」
「いやそんな胸張って言われても。」
「どうせ家に人いないしそれなら優の家のほうが安心するから優の家に行く。」
「家に人がいない」そんなことを言われたら何もいえなくなってしまう。
「それにお邪魔虫の僕はさっさと退散しますよ~二人とも仲良くね~。じゃ優はまた後で。唯はまたね~。ばいばい」
「・・・はぁ。分かった。んじゃまっすぐ俺の家に行けよ。絶対寄り道すんなよ。」
「分かった!」
「・・・んじゃまた後で。」
「うん。
バイバイ唯。またね。」
「奏君も気をつけて帰ってね。バイバイ」
そういって奏と分かれたあと俺と唯の間に流れる空気は少しだけ重たくなった。
それは二人とも分かっているから。
『奏のおかげで自分たちの世界が今も少し広がっていること』
『奏がいるから安心して喋れていたこと』
『奏のおかげで自分たちが親しくなれたこと』
全部分かっているから。
(だけど、そんな奏には悪いかもしれないけど、俺はここまで親しく出来てもまだ頭のどこかで思ってる。『どうでもいい』って。)
だからだんだんとぶっきらぼうな言い方になってきているかもしれない。でも本来俺は自分を少しでも良く見せたいと思っている人間だから、唯に対しては愛想笑いなどをしなくなっているのが
(『前進』なんだと思うけど。)
「・・・ここまで送ってもらったらすぐそこだからもう大丈夫。ありがとう。
・・・バイバイ」
「・・・ああ分かった。」
笑ってはいるし、その言葉にはなんとなく気だるそうな脱力感さえあった。だが、言葉とは対照的に『これ以上は入ってくるな』という威圧感と有無を言わせぬような迫力も含まれているような気がした。
(これがきっと彼女の『線引き』なんだろうな。)
「それじゃあ俺はここで。
・・・バイバイ。」
そういってきびすを返しお互いがお互いの家へと歩き進んだ―。