彼女は天然! 7
ミシロムの森に巣くう盗賊団は、単なる盗賊団ではない可能性がある。
となれば、当初の計画をそのまま使うのは危険だ。
「私も現地に赴こう」
「それはかまいませんが、なんで隊長はそんなにボロボロなんですか?」
説明を聞き終え、パリスが半笑いで訊ねてくる。
「ちょっとロバートと殴り合いをな……」
「よく飽きませんね。あんたらは」
やかましいわ。
ごく幼少の頃から、私とロバートのケンカは続いている。
なんというか、風物詩みたいなものだ。
それによって私は鍛えられたという側面もあるのだが、あのバカにそんな高尚な目的があったのかどうかは判らない。
ともあれ、いまは目前の作戦行動の方が大事だ。
メイリーから得たヒントで、私は討伐作戦を再構築することにした。
盗賊団の規模がおかしい。
おかしさの正体に、メイリーは気付かせてくれた。
四百名規模の集団を維持するのは物資的な意味において至難である。
統制され、訓練された軍隊だって、補給もない状態に置かれてしまったらあっという間に瓦解してしまう。
であれば、考えられる可能性は二つ。
事前情報が間違っているか、盗賊団にはちゃんと補給路があり何者かに統率されているか。
前者ならば良い。
先発した偵察隊が任務に失敗したというだけの話だ。
臆病な人間は敵の数を多く見積もりたがる、という警句もあるほどである。
問題は後者。
誰かが、何らかの目的を持って王都のちかくに兵を伏せている、という場合だ。
「ただ、そうなりますと少なすぎですがね」
パリスが肩をすくめる。
コーヴを攻略するのに、四百というのはちょっと少ない。
桁が二つばかり。
「私の考えの弱点もそこなんだよ。逆に王都で破壊活動をするには、四百ってのは目立ちすぎる」
実際、被害報告とかがあったから王国軍が動くわけだし。
かといって本格的な攻勢にしては少なすぎだ。
王都に常駐する四翼だけで、四万四千もいるのである。
これに貴族の私兵とか、王都守備隊を足したら、十万近くになるだろう。
四百人でどうこうできるような数じゃない。
「目的がなんなのか、これ以上考えても無意味だろう。私が直接いって確かめるさ」
「いつもながらの剛胆さ。感服いたしました。とても吟遊詩人騎士という異名の人とは思えませんね」
「よしギュンター。表でろ。ケンカだ」
「はいはい。で、編成はどうします?」
「二個中隊。千名であたる。傭兵団葬儀屋へのコンタクトは中止。これはただの勘だが、王国軍以外の介入をこそ、彼らは待っているように思うからな」
「了解です。留守は誰に?」
「ロバートに任せるさ。あれでも私の傳役だった男だしな」
「買ってますねぇ」
「いいや? 連れて行ったら寝首をかかれるかもしれないから、置いていくだけだ」
「へいへい。そういう余計な一言をいうから、いつまでも仲良くケンカしてるんだってことに、死ぬまでに気付ければいいですなあ」
うっさいうっさい。
白の軍の中で、私が最も信頼している騎士がロバートだなんて、口が裂けても言えるわけがないだろう。
あの変異ドワーフは、不倶戴天の敵なのだ。
「進発は明後日。今回は壮行会は開かない」
「反乱おきますよ?」
おきないよ!
私の隊は、どんだけ食いしん坊ぞろいなんだよ!
壮行会やらなかったから離反しましたとか、笑い話にもならないから。
それにまあ代替案だってあるのだ。
「心配ない。メイリー以下、五十名の調理スタッフが同行するから。もちろん輜重隊も一緒に」
輜重隊というのは、物資の輸送を専門におこなう補給部隊のことである。
足が遅いため、電撃作戦のときなどは連れていると邪魔になるだけだが、今回はべつに先を急ぐような作戦ではない。
「ということは、ずっとメイリー嬢のメシが食えるってことですかい?」
喜色満面、ぽんと手を拍つ副官。
きみもそうとう現金だと思うよ。
「野外での料理を研究するんだと。栄養不足で倒れる旅人をなくすために」
「ははあ。なるほど」
「私の隊が動くなら護衛にちょうどいいと抜かしていた。相変わらず兄使いの荒い妹だよ」
肩をすくめてみせる。
けっこう公私混同のように見えるが、野戦食の研究ってのはわりと大事だ。
街から離れるほどに食事が貧弱になり、兵士たちは空きっ腹を抱える。
古今東西、どこの軍隊でもこの問題に頭を悩ませている。
長駆して遠征するということ、それ自体が大変な難易度だったりもするのだ。
携帯しやすく、栄養があって、しかも美味しい野戦食があれば、活動範囲がぐっと広がる。
市井の庶民だって、旅路の不安が減るだろう。
「食べることと寝ることを簡単に考えては、人間は長寿を保ちえないんだそうだ。メイリーの受け売りだがね」
「なるほどなるほど。そいつは真理ですなぁ」
「納得しているなら、なんで半笑いなんだよ」
「だから邪推ですて。これは微笑です」
「うそくせー」
「ま、メイリー嬢を伴うのにロバートどのが置き去りでは、妬くだろうなあと思っただけです」
「ふふふ。高度な切り離し作戦だ」
「隊長は、いちど高度って言葉の意味を辞書で引いた方が良いですな」
私の冗談をぽいっと捨てて、パリスが仕事に戻る。
ひどい副官だ。
ナイガシロにされすぎじゃないか? 私。
隊長なのに。
魔法騎士は私を含めて六人。
騎士が五十人。残りはすべて兵士である。
討伐隊の編成だ。
このほかに、メイリーが率いるコック軍団が帯同する。
物資を満載した馬車や荷車と一緒に。
「ていうかさ兄ちゃん。その格好って恥ずかしくない?」
言ってはいけないことを言うメイリー。
中心部で馬を操る私の横。
彼女もまた騎乗している。
騎士の娘だけあって、乗馬技術も達者なものである。
ちなみにメイリーが操っているのはオーソドックスな鹿毛。私が乗っているのは白葦毛の駿馬だ。
いわゆる白馬ってやつ。
格好良すぎて泣けてくる。
ぶっちゃけ戦場でこんなもの乗ってたら、目立って仕方がない。
さらに白の軍の軍装は、その名の通り白を基調としている。
純白の馬、純白の甲冑。
軍旗まで白。
どこの王子様だってくらいの格好良さだ。
「それを言ってくれるな。メイリーよ。みんなガマンしてるんだから」
「あ、うん。ごめん」
あやまるなよ。
より哀しくなるから。
青の軍は目の覚めるようなスカイブルー。赤の軍は朝焼けを思わせるミステリアスレッド。黒の軍は宵闇よりもなお深いダークブラック。
なんで我が軍だけがピュアホワイトなんだ。
もっとこう、迫力のある色が良かったよ。
服装で戦うわけじゃないんだけどさ!
「ミシロムの森までは、四日の行程を予定している。メイリーたちには十二回の食事を頼みたい」
こほんと咳払いし、実務的な話題を振る。
本来であればそんなにかかる距離ではない。
騎馬隊だけで突進すれば、一日で到着するだろう。
だが今回は、ゆっくりと、しかも整然と行軍することにこそ意味があるのだ。
街道を使い、王国正規軍が接近してくる。
そのこと自体が充分な威圧となる。
勝算なしと見て逃げてくれるなら、それはそれで重畳というものだ。
「何回も聞いてるよ。兄ちゃん。往復で二十四回。あと現地に着いてからのたぶん十二回。補給なしでまかなってみせるって」
どんと右手で豊かな胸を叩くメイリー。
ざっと十二日間。
彼女の考案した携帯食が保つかという実験も兼ねているのだ。
もちろん屋敷で幾度も試されてはいるが、保存条件がころころと変わる行軍中とは、大きく結果も異なる。
「期待している」
頷き、私が腕を振り上げた。
進発である。