彼女は天然! 6
「規模が大きいな……」
あがってきた報告書に目を通し、私は歎息した。
王都コーヴからほど近い、ミシロムの森を根城にした盗賊団。
ざっと四百名。
これは少しばかり想定外だ。
非常に雑な言い方になるが、盗賊団などというものは食い詰め者の集団に過ぎない。
統制も取れていないような連中なのだ。
四百人も集まったところで、まず食い物を効率的に調達できないだろう。
そして食い物がなくなれば自然に内紛から自壊へと進む。
高尚でもなんでもないが、組織を運営するというのは、構成員の衣食住を保障しなくてはいけないということだ。
しかも、そこまでやって最低限。
方針や価値観の違いなど、人は些細なことで離反する。
ゆえに、たとえば冒険者などと自称する無頼漢どもは、基本的に単独行動を好む。
生きるも死ぬも自分次第、という方がずっとラクだから。
目的が一致して手を組むことはあっても、それは本当に一時的なものだ。
「こりゃあ、山狩りしかありませんかね」
ふうとため息をもらすパリス。
「常識的なラインだけど、話がでかくなってきたなぁ」
「まったくですね。ミシロムの森全体を虱潰しにするとなると、一個中隊では手に余りますな」
当たり前の話だが、盗賊団を討伐するのに白の軍の全軍をあげて動くというわけにはいかない。
経費の無駄だし、それ以上に、対外的なイメージというのもあったりするからだ。
ようするに、四百名の盗賊を一万の軍勢で踏みつぶしたところで、誰も快哉を叫ばないって次元の話だ。
相手が四百なら、こちらが出せるのもせいぜい五百が限度。
すなわち一個中隊という計算になる。
で、話が技術論になるわけだ。
たった五百ぽっちで本格的な山狩りができるのか、という。
「正規軍で包囲して、傭兵で山狩りってとこかな」
「それが無難なところでしょうね。どこを使います?」
「あのあたりを縄張りにしてる傭兵団は鷲獅子だったかな?」
「です。おそらく先方でも話がくるものと思って準備しているのではないかと、ただし」
「保留つきか。そのこころは?」
「鷲獅子の連中が、その界隈でよく騒ぎを起こし、近郊の村や旅人に迷惑をかけている由」
素行の良くない連中というわけだ。
まあ、品行方正な傭兵団というのも、聞いたことがないけどね。
「使うなら葬儀屋あたりが良いかもしれませんね」
「鷲獅子に冷や水をぶっかけてやるってことか」
「まあ、そのぶん金はかかりますが。団の規模が違いますし移動の経費もかかりますし」
予算的には五割増ですかねと付け加えるパリス。
悪くないアイデアだけど、肩すかしを食った鷲獅子が妨害とかをしてくるかもしれない。
それどころか、盗賊団と合流とかしちゃったらわりかし洒落にならない。
「そのあたりも含めて考えているか? ギュンター」
「だから葬儀屋と申し上げました」
なるほどね。
練度が高く数も多い傭兵団なら、多少の妨害などものともしないだろうし、鷲獅子もわざわざ戦おうとは思わない、というところか。
かかる経費の方は、これはもう仕方がない。
結局、どうやったって金は必要なのだ。
であれば、なるべく人死の出ない方向で使いたいものである。
「了承だ。そのプランでいこう。派遣する中隊の人選を進めてくれ」
「森林戦の経験のあるものを中心に、ですね」
「ああ。頼むぞ」
副官に命じ、私は右手でこめかみあたりを押さえた。
四百の盗賊団。
非行を繰り返す傭兵団。
どうなっているのだろうな。我が国は。
「私に政治のことは判らないけどさ、兄ちゃん」
メイリーが言った。
兵士たちを戦地に送り出す壮行会。その相談をするために訪れたロウヌ家でのことである。
さすがに五百名ともなると、しっかりとした事前準備が必要になる。
会場も借りなくてはならないだろうし、調理や配膳のスタッフだって相当数が必要になる。
先日のように私の別宅で、というわけにはいかない。
「四百人の盗賊団って、ありえなくない?」
どうやって食べさせるのよ、と、笑う淑女。
政治のことは判らなくても食事のことは判るのである。
「ああ。そこは私も疑問なんだ。一日の食費に銀貨一枚かかったとしても、四百人なら四百枚。それが一月なら一万二千枚だ。どれほどの資金力を持っているのかという話だな」
むしろそれだけの金があるなら、盗賊に堕する必要などないだろう。
「んーん。私の言ってるのはそういう意味じゃないよ」
苦笑したメイリーが席を立ち、居間から出て行く。
ややあって戻ってきたときには、両手に食材を抱えていた。
「これが、兵隊さん一人の食事に使う材料だよ。兄ちゃん」
いくつかのパン。肉、魚、野菜、果物などだ。
けっこうな量がある。
「銀貨一枚では買えなさそうだな……」
テーブルに置かれたそれらを眺め、私は呟いた。
「たくさん仕入れたら単価は下がるからね。買えるんだけどさ、私が言いたいのは、銀貨なんか食べられないってことだよ。兄ちゃん」
メイリーの言葉にはっとする。
そのとおりだ。
つい金銭に換算して考えてしまうが、戦地で金など役に立たない。
膨大な食料を彼らはどうやって調達する?
仮に調達できたとして、どうやって保管する?
コーヴのような大都市ならともかく、小さな村にそこまでの備蓄はない。買うにせよ奪うにせよ、四百という数の口をまかなうのは不可能だ。
食料もさることながら、水はどうする。
これがなくては、人間は一日も生きられない。
つまり盗賊団はそれらを得る方法を持っているということだ。
「なんてことだ……盲点だったな」
腕を組んで唸る私を、メイリーが不思議そうに見た。
「ごめんね。兄ちゃん。私、政治のこととかわかんなくてさ。気に障った?」
「いやいや。良いヒントをもらったよ。やはりメイリーはすごい」
「へ? 私すごいの?」
「ああ。自慢の妹だ。そして私はもう一歩進めたいと思っている」
椅子から降り、片膝をついてメイリーの手を取る。
「私の妻になってくれぬだろうか」
「兄ちゃん……」
染まってゆくふくよかな頬。
これは脈ありと見た。
兄から夫へ、一足飛びに昇格させてもらおう。
「メイリー。君を守りたいんだ。守らせて欲しい」
「兄ちゃん……」
何か言いかけるメイリー。
肯定か否定か。
しかし残念ながら私にはそれを聞く余裕がなかった。
「じゃっがっしゃーっ!!」
謎の奇声とともに飛んできた謎の物体を、両腕をクロスして受け止めていたからである。
ロバートとかいう名前の、変なナマモノだ。
なんとこのくそオヤジ、上司である私に跳び蹴りをかまそうとしたのである。
「おっと兄ちゃん。間一髪で父ちゃんの攻撃を防いだ! そしてそのまま両者は手四つに移行する! これは力比べか!」
おいこらメイリー。
なんで実況を始めているんだ。
さっきまでの、ちょっと照れくさいけど兄ちゃんのお嫁さんになってあげるよ♪ うふ♪ って雰囲気はどこに捨てた。
「俺の目の黒いうちは、若の自由にはさせませんぜ」
ぎりぎりとロバートが力を込めてくる。
痛いわ。この馬鹿力が。
「ではその目を、真っ赤っかに染めてやろう」
思い切り額をぶつけてやる。
両目の間。
人間の急所のひとつだ。
さしもの変異ドワーフもたじろいだ。
膂力では及ばなくても、体さばきは私の方がずっと上。
伊達や酔狂で白の百騎長を名乗ってなどいない。
「ここで兄ちゃんの頭突きが決まった! ホントに騎士か! この男!」
うっさいわ。
「負けられねえ。俺がメイリーを守るんだ。このケダモノから」
お前もうっさいわ。
誰がケダモノだ。この野獣騎士が。