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聖賢の姫君と、救世の女王と、ルーンの至宝


 やらないで後悔するよりは、やって後悔する方が良い。

 そんな言葉が世の中には存在する。

 衝動の論理化、といわれる類のものだ。

 この場合、発言者は後悔するつもりなどさらさらない。上手くいくつもり満々なのである。

 じつのところ、晩餐(ばんさん)の料理を競作させないかという申し出に対して、アリーシア・アトルワも同様の気持ちを抱いた。

 大ルーン王国の女王、アルテミシアが連れてきた料理人。

 なにほどのものか、という思いもあった。

 我がアトルワだって、美味しい料理を作れるシェフはいるのだ、と。

 しかし、思っただけで実行に移さなかったのは、ルーンの顔を潰すわけにはいかないからだ。

 アトルワの料理人が勝っちゃったら、どっちの陣営も非常に気まずいことになってしまう。

「……そう考えていた時期が、(わたくし)にもありましたわ……」

 内心で呟く聖賢の姫君(セージプリンセス)

 ルーンの顔を立てるために勝負を避けた。

 それは紛れもない事実である。

 が、挑まなくて良かった。

 本当に。

 心から。

 勝てるわけがない。次元が違いすぎる。

 さすがは大ルーンの女王が連れてきた料理人というべきだろう。

アルテミシア女王(シアちゃん)は怖ろしい方ですわ」

 言葉は柔らかく、だが隠された意味は深く。

 女王は最初から負けてやるつもりなどまったくなかった。

 完膚無きまでにアトルワを叩き潰すつもりで、最強の料理人を繰り出してきた。

 もし勝負を受けていたら、と、自分の想像にアリーシアは戦慄する。

 自信とかプライドとかを粉みじんに粉砕され、その後の交渉だって主導権(ヘゲモニー)を握られてしまっただろう。

 事実、料理を食した彼女の幕僚(ばくりょう)たちは、すでに夢幻の園に旅立ってしまっている。

 もうね。

 喋るどころの騒ぎじゃない。

 一心不乱に食べ続けたかとおもうと、まるで恋する乙女みたいな眼差しで中空を眺めたりしているのだ。

 料理の中にあぶないクスリでも混入されてるんじゃないかって惨状である。

 たかが食事で、完全に優位に立たれてしまった。

 かく言うアリーシアだって、正気を保つのにいささかならぬ忍耐を強要されている。

 むしろ、おかわりしたい。

 なにこの前菜。

 ほんの二口ぱかり、美しい器に盛られた涼皮(りゃんぴぁる)なる料理。

 美味しいとか珍しいとか、そういう水準のものではなかった。

 感動すらおぼえた。

 大ルーン王国おそるべし。





 はい。みなさんはじめまして。

 メイリー・ロウヌっていいます。

 アルテミシア女王陛下の秘書をやってます。

 まあ秘書っていっても、私には政治のことはぜんぜん判らないので、主な仕事は陛下のプライベートを支えることです。

 そんな私に、なぜか大役(たいやく)がまわってきました。

 我がルーン国内において、反旗を(ひるがえ)したアトルワ。その首脳部との会談の席上で出す料理を作れ、と。

 びっくりです。

 そもそも、私がそんな重要な会談に同行していいんでしょーか?

 (あん)ちゃ……恋人に相談したところ、護衛だといって四名の兵士をつけてくれました。

 まあ、陛下を守る青の軍は、文字通り陛下を守るために存在していますからね。

 別口に、私を守るためだけに兵を使ってくれたわけです。

 愛は感じますが、公私混同だと思います。

 でも、なぜか陛下も快諾してくださったんですよね。

 むしろたった四人で大丈夫かと心配してくれたくらいでした。

 もっと多くてもいいって、いっそ白の軍全員でも良いんじゃないかって。

 謎です。

 たぶん平気だと思います。

 メイリーの四翼なんてからかわれてる、スインさん、ミヤさん、ユキさん、タカさんですが、すっごい強いですから。

 すこし前にあった戦でも、四人で人食い鬼(オーガー)豚鬼(オーク)を二十匹以上も倒したんですよ。

 兵士の活躍じゃないですよね。

 騎士に叙勲されてもぜんぜんおかしくない武勲なんですけど、なんか四人とも、いつも私の護衛を買って出てくれています。

 騎士になって隊とかもっちゃうと、ほいほい護衛とかできなくなるから、今のままでいいんですって。

 へんな人たちですよねぇ。

 ともあれ、私なんかが料理を作って良いのかって部分には、誰も答えてくれないんですよね。

 いいんですかねぇ。

 私、有名な料理人とかじゃないんですけど。

「や、むしろあんまり本気で作らないでね? アトルワを降伏させるつもりなのかって思われるのも困るし」

「陛下が何を言っているのか、さっぱりわかりませんよ?」

 なんで料理で降伏って話になるんですか?

 むしろ、手抜き料理なんか出すわけにいかないと思うんですけど。

 陛下も謎な方ですよね。

 あとちょっとワガママなところもあって、私が結婚したら家庭に入ろうと思うって言ったらすごく反対するんですよ。

 絶対、結婚なんかさせるもんかって。

 まあたぶん父ちゃ……私の父と一緒で、ただの冗談なんでしょうけどね。




「タカさーん。ちょっと味をみてもらえる?」

「はい! よろこんで!!」

 会談の場所となったガゾールトの郡都ナウスの城。厨房はとても充実していました。

 さすがは、もと伯爵家のお城です。

 せっかくの大役ですから、私も少し気合いが入っています。

 前菜として用意するのは涼皮。

 東方(オリエント)の料理なのですが、私はこれを西方(オクシデント)ふうにアレンジして作っていました。

 でも本当は、メンはコメの粉で作るらしいんです。

 せっかくなので、今回はそれでいこうと思います。

 米粉のメンに、ミシロム産の辛い草をつかったソース。半熟卵をのせた一品です。

「どう? タカさん」

「すいませんメイリーさま。ちょっと良く判りませんでした。もう一杯もらえますか?」

「ひとくちで食べちゃうから」

 笑いながら、もう一杯よそってあげます。

 なんか、スインさんミヤさんとユキさんも並んでるんですけど。

 食べます?

『是非に!』

 四人が口々に感想を言ってくれました。

 だいたい良い感じですね。米粉のメンも問題なく受け入れられそうです。

「ですがメイリーさま。少なすぎますよ」

「いいのよ。ミヤさん。前菜なんだから様子見だよ」

「これで様子見……だと……?」

 うん。

 まずはメイリー味を知ってもらって、そこからお腹いっぱいにしていく感じです。

 スープは、コーヴで捕れた貝をふんだんに使ったやつ。コーヴチャウダーって名付けてみました。

 魚料理は、ザリガニ(ロブスター)に、私秘伝の白ソースを塗ってグリルしたもの。

 口直しは、季節的に林檎のソルベですかね。

 肉料理はローストビーフにしようかなって思ってます。

「あるいは、大胆に炙り焼きとかもいいかも」

「ポークストゥンドは出さないんですか?」

「んー? 牛肉の方が高級感ないかな? ユキさん」

「いえ! あれは出すべきだと思います!」

 なぜか横からタカさんが力説してくれました。

 ミヤさんとスインさんも頷いています。

 んー。

 大丈夫かな?

 全体のバランスを考えて、重くなりすぎないように。

「いけるかも。でもじつはポークストゥンドって、あんまりパンに合わないんだよね」

 お酒をメインにするなら、問題ないんですけどね。

 会談だし、あんまりお酒のまないかもしれないよね。みんな。

「あの……メイリーさま。じつは私、ちょっと考えたことがありまして」

「どうしたの? スインさん」

「アレンジなんですが」

「おお。出たぞ。アレンジ(キング)の閃きが」

 拳を握り、他の三名が目を輝かせます。

 収穫祭のとき、ピンチョ(串焼き)をパンに挟んで、一気に串を引き抜いて食べるってやり方を思いついたのは、スインさんでした。

「こう、深皿にコメを盛りつけてですね。その上にストゥンドをのせるってのはどうかと。少しだけタレをかけて」

 身振り手振りで説明してくれます。

 ごくりとユキさんが唾を飲み込みました。

 わかります。

 それすごく美味しそうですね!

 コメと合わせますか。その発想はありませんでした。

「いいね。ストゥンドライス(角煮メシ)と名付けてみようか」

『御意!』

 声まで揃えた四名が、一斉に頭を下げてくれました。




「うぐ……」

 やばい、と、アルテミシアは思った。

 ポークストゥンドをコメにのせたもの。

 彼女は、ポークストゥンドを食べたことがあるし、その味も知っている。

 大のお気に入りだ。

 しかし、これはダメだ。

 反則だ。

 コメと一緒に食べるなど、禁断の果実を差し出されたようなものではないか。

 匙が止まらない。

 もっていかれない(・・・・・・・・)ように気持ちを引き締めていたのに。

「メイリー……あなたって人は……」

 食べる者の覚悟など、軽々と飛び越えてゆく。

 ルーンの至宝とは良く言ったものだが、いまこの状態でトリップするのはまずい。

 目の前にいる間はアトルワの面々なのだ。

 こんな場所で正気を失うわけにはいかない。

 こんくらい美味しいもの、いっつも食べてるんだよーんって態度を取り続けないと、舐められてしまう。

 テーブルの下、左手の指先で思い切り自分の太腿をつねりあげた。

 激痛によって意識を保つために。

 そして見た。

 晩餐の席の惨状を。

「……考えてみたら当たり前よね。メイリーご飯に慣れてる私ですらこうだったんだもの」

 死屍累々だ。

 彼女の随員たちも、アトルワの首脳部も、もはやこの世に留まってはいなかった。

 あるものは名残惜しそうに皿を見つめ、あるものは惜別の涙を流し。

 うん。

 我が大ルーンの至宝の実力、思い知ったか。

 敵も味方も男も女も老人も子供も、無差別攻撃だ。

 これはもう夜の会議は無理である。

 彼らがこの世に帰ってくるのは、たぶん翌朝以降のことだろう。

「シアちゃん……」

 ふと気付くと、アリーシア姫が涙を溜めた目で見つめていた。

 いまなら降伏勧告だって受け入れそうな雰囲気だ。

「おかわり、ほしいわよね」

「はい……」

「じつは私もなのよ。ここから先はマナーなんか投げ捨てて、無礼講にしようと思うんだけど、アトルワの元首の考えはどうしかしら」

 にやりと笑う救世の女王(セイビアクイーン)

「ぜひ!」

 アリーシアが目を輝かせた。

「おっけー メイリー! コース終了!! 余ってる料理をじゃんじゃんもってきて!!」

 一瞬の間をおいて、歓喜が爆発する。

 両陣営の未来を占う会議室で。

「はい! 喜んで!!」

 厨房から元気な声が響いた。




 ルーンとアトルワの初会合は、予定の日数をオーバーした。

 大幅に。

 突然の会期延長に関して、ほとんど史書には理由が書かれていない。

 それどころか、公式文書にも記載はない。

「そりゃあ、食い過ぎで出席者の半分以上が倒れたから、なんて書けるわけねえよなー」

 王都コーヴへの帰途。

 メイリーの四翼がひとり、タカ隊員が呟いた台詞である。

 まあ、家柄もなにもない一兵卒の言葉なので、歴史書に採用されることはないだろう。

 きっと。


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