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エピローグ


 酒杯が交わされ、陽気な音楽が奏でられ、男たちが歌い、女たちが踊る。

 ミシロムの村はお祭り騒ぎだ。

 これは仕方がない。

 もうダメだ、おしまいだ、と思っていたのが、一発逆転の大勝利である。

 興奮するなという方がどうかしている。

 とはいえ、浮かれてばかりもいられない。

 自警団は四十名を超える犠牲者を出した。

 再建の苦労は相当なものだろう。

 モンスターの襲来だって、今回で終わりとは限らない。

「しかしまあ、未来のことは未来のこととしておいて良かろう。少なくとも今日のところはな」

 器に料理を盛りつけて持ってきてくれたジェニファが笑う。

「そうだね。戦勝の宴だからね」

 私も笑みを返した。

 明敏な彼女のことだから、この後のプランについてもきっと腹案を持っているのだろう。

 私の下にいるのがおかしいような人だもの。

 広場の各所から美味しそうな匂いが漂っている。

 騎兵隊に遅れること、二刻くらいで到着した輜重隊である。

 もちろん厨房馬車も伴って。

 メイリー軍団が腕を振るい、宴の料理をどんどん放出中だ。

 これでもかこれでもかって勢いで。

 私もいただこう。

 ジェニファが運んできてくれたのは、たぶんコメの料理。

 なんかコメをさらに煮込んだ感じの、とろとろなやつ。

 匙を口にいれると、なんとも優しい風味が喉を滑り落ちてゆく。

 チーズと薫製肉も入ってるのかな。これ。

 疲れた身体に染み渡るようだ。

 滋味(じみ)だなぁ。

「メイリーがな。疲れた胃袋でいきなり重たいものを食べたら、身体が驚いてしまうだろうと配慮してくれたのだ」

「おおう……」

「自分で渡せば良いのにな」

 にやにや笑いながら、親指でさししめすジェニファ。

 なんかしょんぼりしちゃってるメイリーを。

 ああー ロバートにちょっと怒られたからね。

 よっと立ちあがり、近づいてゆく。

「メイリー。じつに美味しいよ。ありがとう」

「……ごめん。ウズベルの顔を潰すところだった」

「潰れて困るような顔なんて、元々もっていないさ」

 空いている手で、くしゃりと鉄灰色(アッシュグレー)の髪をかき回す。

「ん」

 くすぐったそうに目を細める恋人。

 うん。

 きみにしょんぼりした顔は似合わないよ。

「そんなことより、これはなんという料理なんだ?」

(リゾット)と名付けてみたよ。お腹が弱っていても食べられて、栄養があるものを考えたんだ」

 この配慮。

 さすが私のメイリーだ。

 パンを牛乳で煮込んで柔らかくして食べるってのはよくあるから、そこに着想を得たらしいよ。

 恋人の隣に腰掛ける。

「心配をかけたね。メイリー」

「うん。怖かった。兄ちゃんが死んじゃうかとおもった」

 彼女が駆けつけたのは、まさに私が倒された、その場面だった。

 矢も盾もたまらず軍列から飛び出してしまった。

 無茶苦茶な行動。

 だが、メイリーの四翼が良く彼女をカバーし、スイン、ユキ、ミヤ、タカはおびただしい戦果をあげたらしい。

 四人で、二十匹以上のモンスターを倒したのだという。

 なんというか一般兵士の戦功じゃないよね。それ。

「でも、守りきれて良かったよ」

「ん」

「気になるのは、なんでこんな時期にモンスターが村を襲ったのかって部分だけどね」

 こればかりは調べてみないと判らないが、あの闘志は異常だった。

 狂騒といってもいいくらいに。

「なんなんだろうね」

 小首をかしげるメイリー。

 このとき私は、遠くアトルワ方面で鎌首をもたげた、新たなる動乱のことを知らなかった。

 仮に知っていたとしても、たぶんなんの感慨も抱かなかっただろう。

 あちらは、女王陛下と青の軍がなんとかするはず。

 事態は、私の手の中にはない。

 私の手にあるのは、メイリーと、せいぜいこの美食街道。

 国だ政治だなんて私が背負うには重すぎるよ。

 ジェニファが始め、メイリーが知恵を出し、ベローア侯爵らによって作られようとしているこの夢を守る。

 そのくらいだ。

「ところでメイリー」

「どしたの? ウズベル」

「頑張ったご褒美を、まだもらってないんだが」

 さっきの続きをしようってこと。

 恋人が頬を赤らめる。

「も、もうっ! しょうがない兄ちゃんだなぁ!!」

 まるで怒ったように言って、私に顔を向け、瞳を閉じた。

 うす紅色の唇に、そっと自らのそれを重ねる。

 互いの舌がわずかに触れあう。

 おずおずと、次第に大胆に。

 甘美な数瞬がすぎ。

 ゆっくりと離れてゆく。

 ほぅ、と、メイリーが吐息を漏らした。

初めて接吻(ファーストキス)はレモンの味っていうけど、あれ嘘だね」

「どうしたんだよ。いきなり」

「チーズと薫製肉(ベーコン)の味がした」

 ぐは!?

 そりゃね。いま食べてたからね。

 申し訳ない。

 幻想を打ち砕いてしまったようで。

「でも、けっこう悪くないね。もうひとくち」

 両手を広げる。

 積極的だなぁ。

 キスは食べ物じゃないぞ?

「もがー! もがー!!」

 あ。

 なんか雑音が混じった。

 視線を巡らすと、ロバートがスインたち四人に抑え込まれている。

 ナイスだ。メイリーの四翼よ。

 頑張ってくれたまへ。

 くすりと笑い、私はもう一度、恋人の腰に手を回した。







 大ルーン王国の中興(ちゅうこう)の祖と呼ばれる女王アルテミシア。

 彼女の元には、多くの名臣や英傑が集った。

 軍事面で女王を支えた四翼も、もちろんそのひとつである。

 ただ、四翼の列伝について、主に語られるのは真なるルーンの騎士(トゥルーナイト)青騎士ライザックや、黒騎士イスカのことだ。

 赤騎士ヒューゴや白騎士ウズベルの記述は、ほとんど存在しない。

 後者など、自らの妻を女王の秘書とした、と、書かれているのがせいぜいでこれといった逸話も残っていないほどだ。

 ゆえに、白騎士ウズベルに対する歴史家たちの評価は低い。

 語ることもないような凡人だったとか、嫁の七光(ななひかり)によって出世したとか、散々である。

 治績などほとんどない白騎士だが、王都コーヴからほど近いミシロムシティという街に銅像がたっている。

 美食街道の草分けとなった、あの城塞都市ミシロムだ。

 添い遂げたと伝えられる妻と並び、穏やかな笑みを浮かべる像。

 何故そこにたてられたのか、どうして笑っているのか。

 明確な伝承は伝わっていない。

 しかし、建立されたとされる年から百年以上を経過したいまでも、献花や供物が絶えることはないという。

 小高い丘と、そこから見おろす活気溢れる街。

 風光明媚(ふうこうめいび)なスポットなので、足を運ぶ価値はある。


~観光雑誌『コーヴ四季報』大ルーン暦四二〇年秋号より~


これにて完結です。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

またいつか、文の間でお会いしましょう。

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