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彼女は天然! 5


 出陣の前には、メイリーの手料理で壮行会をおこなう。

 私が初めての部下をもったときからだから、かれこれ五年以上の伝統だ。


 いつしか隊の規模がでかくなり、全員でというわけにはいかなくなったが、それでも何かにつけて白の軍の連中は集まりたがる。


 仕方がないことではある。

 私のメイリーの料理は美味しいから!


「若のじゃありやせんがね」

「なんでお前がいるんだよ。ロバート」


 どうにか編成と第一次作戦の立案を終え、偵察隊の出発を明日に控えた夜。

 出陣する兵士たちが私の別邸に参集している。

 騎士マルク以下、十六名の小隊だ。


 これに、白の軍の隊長ある私と副官のパリス。ここまではべつに問題はないだろう。

 問題は目の前のおっさんである。

 ロバートは白の軍の一員ではあるが、この作戦とはまったく関係がない。


「そりゃあ、若が羽目を外さないようにお目付役ってやつですよ」

「……本音は?」


「壮行会にかこつけてメイリーに会おうっていうトンチキに鉄槌を」

「よし。表へ出ろロバート」

「良い度胸ですな。若」


 ふたりの視線がバチバチと絡み合う。

 飛び散るのは火花ではなく、愛でもなく、殺意だ。


「はいはい。いつまでも遊んでないで配膳を手伝う。兄ちゃんも父ちゃんも」

「あ、はい」


 命じられるまま、私とロバートが大テーブルに食器を配る。


 どうでも良いが隊員たちよ。どうして君たちは半笑いなんだい?

 手伝ってくれてもいいのよ?


 もっとも、二十人以下の小宴会なので、たいして仕事はないのだが。

 なしろメイリー軍団がいるから。


 彼女を師と仰ぐ料理人たちだ。

 下は十二歳から上は四十九歳まで。


 正確な総数は私も把握していないが、今日の壮行会を手伝いにきたのは六人ほどだ。

 中には、王都コーヴで五指に入るという高級レストランのシェフまで混じっている。

 そんな人まで、彼女の技を盗もうと馳せ参じるのだ。


 おそるべしメイリー。

 さすが私の嫁。


 ちなみに、本日の材料費や料理人たちへの手間賃は、私の懐から出ている。

 けっこう甲斐性あるだろ?

 金だけじゃなくて、配膳の手伝いとかもしてるんだぜ?


「それでは壮行会を始めたいと思う」


 あらかた配り終え、私が席に着く。

 それを確認して、パリスが宣言する。


「まずは隊長からの訓辞だ。皆、心してきくように」


 座ったばかりなのに立ちあがり、こほんと咳払い。

 忙しいな。私。


「諸君らの仕事は、第二に敵の情報を持ち帰ることだ。可能な限り正確で詳細な情報を、我が軍は欲している」


 一様に頷く隊員たち。

 私はひとつ頷くと、語を継ぐ。


「第一は、生きて帰ることだ。ひとりの犠牲者も出すこと、厳に禁じる。生還しての勝利であることを胸に刻んで欲しい。諸君らの武運長久(ぶうんちょうきゅう)を祈念する。では、乾杯」


「「世の中は肉だ!」」


 唱和し、杯を掲げる隊員たち。

 相変わらず謎の歓呼の叫び(シュプレヒコール)だ。

 こいつら突撃のときとかにも、これを叫ぶんだよ。


「……どうにかならないのか」


 ふたたび席に着いた私が、このアホなかけ声の考案者に話しかける。

 パリスだ。

 ついでに、私が最初に持った部下とは、こいつである。


 歓呼の叫びが生まれたきっかけは、本当にしょーもないものだった。


 五年ちょっと前、一介の小隊長だった私は困難に直面していた。

 人食い鬼(オーガー)の集団との戦闘だ。


 こちらは十人、敵は十匹。

 数の上では互角だが、人間と人食い鬼では戦闘力が違いすぎる。

 全滅する可能性の方が高かったし、私も覚悟を決めていた。


 戦の中で倒れるのは望むところ。

 しかし、心残りもあった。

 出陣前に食べたメイリーの料理が、また食べたかった。


「運良く生きて帰れたら、メイリーに腕を振るってもらうか」


 つい呟いてしまった。

 それをパリスが聞きとがめ、全員に聞こえるように叫んだのである。


「みんな! 生きて帰ったらメイリー嬢のメシがまた食えるぞ! 隊長が頼んでくれる!」


 絶望的な状況のなか、なぜか士気があがった。

 謎すぎる。


 そして、

「世の中は肉だ!」

 と叫んだパリスを先頭に、大胆な突撃を敢行する。


 口々に異常な歓呼の叫びをあげながら。

 バカばっかりだ。


 結局、バカたちは人食い鬼を蹴散らしてしまった。

 絶対に生きて帰って飯を食うという欲望に目をぎらつかせる狂戦士(バーサーカー)どもに、さしもの鬼も辟易(へきえき)したのだろう。


 二、三匹が倒されると、戦意を喪失して逃げていった。

 こちらの戦死者はゼロ。


 わずか十人で十匹の人食い鬼を撃破した戦いは、奇跡と称えられた。

 指揮を執った私は名将であると。


 まあ、食欲の産物であると戦史に書き込むわけにはいかないよね。

 結果として、この一戦によって私の出世が早まったことは事実だし、あと、生還記念会において、わりと洒落にならない額の出費を強いられたことも事実だ。


 小隊長の俸給なんて安いんだからな?


「良いかけ声じゃないですか。うまい飯が食えるのは生きている間だけなんですから。帰ったらまた食えると思えば、石にかじりついても生き残ろうとするってもんです」

「それはそうなのだがな」


 苦笑するパリスに、やはり私も苦笑する。


 私たちは騎士だ。剣に生きているのだから、いつか必ず剣に倒れる。

 それを悔いるつもりはないが、死にたがりと同義ではない。

 生きることこそが勝利という局面だって数多いのだ。


「死ねない理由ってのは、必要だと思いますよ」

「たしかにその通りだな」


 死を怖れない軍団というのは強いが、その強さは諸刃の剣だ。

 隊員たちも生きて帰る目的を……。


 と、視線をさまよわせた私は、とんでもないものを目撃してしまった。

 なんと、若い兵士がひとり、メイリーの前に片膝をついている。

 頬なんか紅潮させて。


 これを、たとえば貧しい子供たちのための寄付のお願いだと思うほど、私はおめでたくない。

 メイリーの料理に感動して、プロポーズとかしちゃってるに違いない。

 許すまじ!


 がたりと席を蹴って立ちあがる。

 と、袖を引かれた。

 パリスだ。


「隊長が出て行ったら事態が悪化するだけです。ここはロバートどのに任せましょう」


 私の耳にだけようやく聞こえるような声で告げる。


「しかし……」

「そもそも、そのためにロバートどのが同席してるんですから」


「え? そうなの?」

「あんたはときどき鈍いですね。隊長」


 ひどい副官だ。

 上司をあんた呼ばわりである。


「メイリー嬢の料理に胃袋を掴まれれば、平静を保っていられなくなる者も出ます。とち狂ってプロポーズやデートの誘いをする者もいるでしょう」


 そういう連中をたしなめるために、ロバートが同席している。

 そもそも父親が同伴しているというだけで、充分な抑止力なのだ。

 パリスが説明してくれる。


「私を牽制しているのかと思っていた……」

「べつにそれは否定しませんよ?」

「否定してよ!」


 バカ話を繰り広げる私たちの視線の先で、若い兵士がロバートに襟首を掴まれていた。

 変異ドワーフみたいなおっさんVS人間の若者。


 私はどちらを応援すべきだろうか。

 共倒れというのが理想だな。やっぱり。


「兄ちゃんみたいな若造に娘はやれねえなあ」

「今は若くとも、いずれは出世して彼女に相応しい身分になってみせます!」


 おうおう。

 格好いいね。前途ある若者よ。


 しかしそのオヤジは一筋縄ではいかないぞ。

 権力に恐れ入るようなタマじゃないし、金力の方は爵位持ちの貴族並だ。

 ほんとね。どうやって攻略すればいいべね。


「身分で買えるほどうちの娘は安くねえぜ。若けえの。男なら、行動で示せってなもんだ」


 言って、ちらりと私に視線を投げるロバート。

 なんでこっち見たし。


「最低でもあのくらいでないと、及第とはいえねえな」


 おいこら。

 勝手に私を引き合いにだすな。

 しかも最低ってどういうことだよ。


吟遊詩人騎士(トルバドゥールナイト)と同列……」


 やかましいわ。

 若者よ。ひとの恥ずかしい二つ名を口にするんじゃない。


 横を見れば、パリスが肩を震わせているし。

 絶対おもしろがってるな? お前。


 なんかぼへーっとしていたメイリーが、はっとしたように手にしたトレイでぽこぽことロバートと兵士をの頭を叩いた。


「遊んでないで食べる。料理が冷めちゃうでしょ」


 一喝とともに。

 良いぞメイリー。もっと言ってやれ。




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