動乱の幕開き 9
まあ、へこんでばかりもいられないので、目の前の現実を何とかしよう。
モンスターの総数は五百以上。
これは街道に立った人足たちが教えてくれた。
戦場で得られた情報がリレー形式に伝播されて、私の耳の入るようにしてくれたらしい。
けっこう面白いアイデアだよね。
伝令を走らせなくても、視認できる距離に立つ者たちが伝言で伝えてゆく。
それによって、私は敵の数も質も知ることができた。
完璧に正確な、というほどのものではないだろうけど、まったくなんにも判らないよりはずっと良い。
さて、五百か。
どう戦いますかね。
当たり前の話だけど数は力だ。
少数が多数に勝つことは稀で、だからこそ目立つし称揚される。
吟遊詩人がうたう叙事詩なんかでも、そういうシーンばっかり取り上げられるしね。
だから少数でも多数に勝てるんじゃね? と、素人さんは考えがちだけどそんなわきゃーないのである。
補給能力の差とか、個体能力の差とか、そういうのをひとまず置いて考えたら、基本的に数が多い方が勝つのだ。
で、現状ミシロムの自警団はほぼ壊滅状態。
戦える状態の者なんて、二十人いるかどうかってレベル。
損耗率でいうと八割くらいである。
これ、全滅と一緒だから。
もちろん脱落者の全員が死んだわけではないが、戦場において戦えないということは、軍事的には死んでいるのと同じだ。
非情だけど、それが現実というもの。
で、ここから先、私は治療に専念することができない。
戦いながら味方を回復とか、さすがに無理なんで。
「フリット。負傷者の後送をまかせるよ」
「必要ありません。白騎士さま」
にやりと笑った男が、傭兵だった部下たちに怒鳴る。
「てめえら! 死んだって持ち場はなれんじゃねえぞ!」
『応よ!』
「動けねえなら石でもなんでも投げて攻撃しやがれ! 腕も動かねえなら、鬼どもの足に噛み付いてでも足を止めやがれ!」
『応ともよ!!』
一斉に唱和する自警団員たち。
いやいや。
なんつー命令だよ。
なんつー返事だよ。
「という次第です。白騎士さまは後ろのことなんか気にせずに暴れてください」
「なんというか。度しがたいよ。きみたち」
「そりゃあ、天下の白騎士さまの友達ですからね」
一度言葉を切って、大声を張り上げるフリット。
「野郎ども! 世の中は!!」
『肉だっ!!!』
うわぁ。
だめだこいつら。
パリスたちと同列だ。
一斉に投石がおこなわれる。
モンスターたちが怯んだ……いや、戸惑った。
まさか石が飛んでくるとは思わなかったんだろう。
しかし、その戸惑いは命取りだぞ。
「疾っ!」
ふたたびの突撃。
次の瞬間、私の身は敵陣の中央近くにあった。
十二匹の鬼の死体に囲まれて。
「紫電十二閃ってところかな。トップスピードなら三発出すのが限度だけどね」
微笑してみせる。
人食い鬼どもがいきり立つ。
青騎士ライザックどのにはトップスピードの三発も防がれたけど、さすがにモンスターごときにおくれをとるほど、私の剣技はぬるくないぞ。
ひゅんひゅんと剣が唸る。
一閃で一匹、二閃で二匹。
大振りの腕や棍棒をかいくぐり、心臓や首などに致命的な一撃を叩き込んでゆく。
とはいえ多勢に無勢、囲んで袋叩きにしてしまえば良いとモンスターどもが考えるのは当然だ。
「が、私にだけ意識を割いて良いのかな?」
次の瞬間、背後に回り込もうとしていた豚鬼の頭を、槍が貫いた。
断末魔すら残さず倒れる。
自警団の攻撃だ。
飛んでくるのが殺傷力の小さい石ばかりだと油断したな。モンスター。
人間の知恵を舐めるなよ。
「世の中は肉だ! 叉焼にしてやるぜ!!」
防御陣地で湧き上がる鬨の声。
いやいやきみたち。
いくら名前が豚鬼でも、オークは食べられないって。
腹壊すぞ?
とはいえ、盛り上がるのは良いことではある。
なにしろ圧倒的な戦力差だ。
私が飛び入りして大暴れしたから敵も混乱しているだろうが、じきに落ち着きを取り戻すだろう。
そうなったらきつい。
私ひとりで五百匹のモンスターを叩きのめすことが可能か、という問題になってしまうから。
もちろん不可能だ。
ずっと早駆けしてきた疲労もあるし、一連の攻防で多少は消耗している。
すごい勢いで二十匹以上のモンスターを倒すってのは、傍目に見えるほど簡単じゃないんだ。
右に戦い、左に守る。
白を基調とした私の軍服は、真っ赤っかに染まりつつある。
返り血で。
最初は避けてたんだけどねぇ。
さすがに余裕がなくなってきましたわ。
ちなみにこれもちょっと不利な要因だったりする。甲冑をまとっていないので敵の攻撃を受けることができないのだ。
急所に一発でももらった終わり、というのはけっこう精神を削られる。
ただ、重い鎧で動きが悪くなったり疲労が蓄積したり、という部分がないのは、少しだけ有利だ。
相殺してイーブンといったところだろうか。
戦い続ける私。
目前に一つ目巨鬼が立ちふさがった。
でけぇ。
身長で私の三倍以上。体重ってことになったら四、五倍はありそうだ。
大人の背丈ほどもあるぶっとい棍棒をぶんぶん振り回している。
あんなもん当たったら、私なんて跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。
「ま、当たらないけどね」
二転三転と蜻蛉を切って距離を取る。
「意思持ちて舞え光竜の顎」
詠唱しながら。
こんなデカブツとまともに斬り合いなんぞできないからね。
「貫け! 光竜牙!!」
解き放たれたカオスワーズと同時に、一つ目巨鬼の足元から光の槍が突き出し、巨体を串刺しにする。
股間から脳天までを貫かれた鬼が、どうと後ろに倒れた。
あ。らっきー。
小鬼が何匹か巻き添えで下敷きになった。
蹈鞴を踏むモンスターども。
魔法を目の当たりにしたからね。
私のこと、ただの戦士だと思っていただろう?
ぎりぎりまで隠してたんだよ。
どうしてか判るかい?
やべえ、魔法使いがいるぞって動揺する一瞬を作るためさ。
「いまみたいにね!」
私の周囲に出現する魔力体。
その数四十。
「追尾光弾!!」
私の言葉とともに一斉に放たれるマジックミサイル。
四十匹の人食い鬼や豚鬼を同時に打ち倒す。
一発のハズレもない。
どうだ!
これにはさすがにびびるだろう。
大きく肩で息をする私。
モンスター軍団を睨みつける。
どうか逃げてくれよ、と願いながら。
六十以上の戦力を失った。損耗率でいうと一割を超えている。
継戦能力という点において、かなり深刻なダメージなはずだ。
最後の一兵になるまで戦うぞ、などという気合いはモンスターには存在しない。
恐怖に取り憑かれたら逃げる。
「……逃げないのか……」
かすれた声が唇から盛れた。
敵はあきらかに、私にびびっている。
しかし逃げない。
逃げ場なんかないんだ、とでもいうように。
人間を倒してミシロム村を奪わないと死ぬしかないんだ、とでもいうように。
不退転の覚悟とでもいうのだろうか。
私はこういう連中も知っている。
戦などで故郷を奪われた流民たちだ。新天地を求めて旅をする彼らは、一様にこのような顔つきをしている。
後ろにはさがれない。
前に進むしかない。
力尽き、倒れるとしても前のめりに。
私は大きく息を吸い、吐き出した。
モンスターが住処を逐われた哀れな連中だったとしても、はいそうですかとミシロムを渡すわけにはいかない。
ここには人々の生活があるのだ。
どんなに可哀想でも、どんなに同情しても、それが奪われて良いという話にはならない。
「……いいだろう。こっちは若いからな。朝までだって付き合ってやるよ」
右手には剣。
左手には魔力の光。
目には炎を燃やして、私は嘯いた。




