動乱の幕開き 2
驚いたよ!
悪い方の意味でね!
私の目がおかしくなっていないなら、玉座のうえにいるのはルーン王国第十五代国王たるアルテミシア陛下のはずだ。
そして私の知る王様というのは、豪奢な金髪を一本にひっつめ、動きやすそうな服をまとい、袖には汚さないための腕カバーとかつけたりしないはずである。
下級官吏ですか?
この人は。
「よくきてくれたわね。ウズベル」
うん。
よく通る声は間違いなく陛下のものですよ。
なんでこの人は、こんな格好してるんですかね。
「忙しいのよ。おしゃれとかしてる時間がないの」
誰に言い訳してんだよ。
「ははぁ……そういうものですか……」
私の返答まで精彩を欠いちゃってるじゃん。
「ライザックに、私に会えといわれたんでしょ?」
「御意」
「ちょうど良かったわ。私もウズベルに聞きたいことがあったのよね」
言い置いてにやりと笑う。
にっこりと表現したいよ。私だって。
でも、どっからどーみてもにやりなんだもん。
なんか怖いんですけど。
「ミシロムの盗賊だっけ。あれってさ、最初から存在しなかったんじゃない?」
ぐは!?
ばれてる!?
「行ったら貧民たちが村を作っていた。整合性をつけるために盗賊がいたことにして、退治したことにした。そして機会を見てあらためて村を作ることにした。違う?」
「…………」
「責めてるんじゃないのよ? うまい手だと思うわ。書類上はちゃんと体裁が整ってるから、調査なんてされないしね」
「……おみそれしました」
だれだよ。
女王陛下が暗君だなんていったのは。
この人、いままで隠してきたんだ。
貴族連中に目を付けられて、暗殺とかされないように。
「でね。これは最新情報なんだけど、アトルワが勝ったわ」
「は?」
ほんとね。
自分が嫌になるよ。なんだこの間抜けな返事。
「バドスを抱き込み、アキリウも膝を折った」
「なんと……」
「いまじゃ北東辺境地域に三州の版図。ちょっとした勢力圏ね」
バドスとアトルワの同盟まではまあ理解できる。
アキリウまで降ったというのは、ちょっと想像の範疇を超えている。
「つまり、求心力となる人物がいるということですか」
「ええ。アトルワ男爵……まあ国としては相続を認めていないんで、男爵の子であるアリーシア・アトルワね」
争乱の発端となった人物である。
父と兄をぜんぶ殺しちゃって、権力を奪ったという女傑だ。
「ついたあだ名が、聖賢の姫君」
おおげさな。
ていうか、父殺し兄殺しをする人物のどこが、聖で賢なんだろう。
「ちなみに異名の所以は、権力奪取までの手段じゃないわよ」
二手先を読んだように笑う陛下。
なんだこの鋭さ。
この人ほんとにメイリーより年下なのか。
あ、いやまてよ。アクセル伯爵と同年か。
おっかねぇ。
この世代、おっかねぇ。
「聖賢の姫君が掲げる理想は、奴隷解放と亜人への差別撤廃。皆が笑って暮らせる世界を作りたい」
「うわぁ……」
「そのうわぁの意味は、そんなことできるわけがないだろって意味?」
「逆です。いまそれをやってしまうと国が割れるという意味です」
「よかった。一から説明しないといけないかと思ったわ」
民衆の不満は漫然とくすぶっている。
税は高く、兵役は重く、働いても働いてもいっこうに暮らしは良くならない。
そこに清新な理想を掲げる人物が現れ、事実として改革を推し進めたらどうなるか。
このままアトルワが台頭すれば、ルーンを二分する戦いに発展しかねない。
既得権を持つ人と、持たない人の間に。
「私としてはそれは避けたいのよね。内戦なんてことになったら、泣くのは民衆だもの」
ふうと息を吐く女王。
内戦になって負ける、とは考えないんだ。
青と黒。四つの翼のうち二つが協力を約束しているって事情もあるんだろうけど、すごい胆力だな。
「アトルワの理想は尊いと私も思うわ。だけど、人々の生活を無視した改革なんて悲劇を生むだけ。だから」
「潰しますか?」
踏み込んでみた。
この意地悪な質問に応とこたえる人物なら、私はこの人に協力はできない。
「まさかでしょ。内戦は嫌だっていってるじゃない。優しげな顔に似合わない意地悪な質問をするのね。ウズベル」
「失礼いたしました」
「彼らの価値観を正面から受け止められる国を作るわ」
「は」
「そのためには、三百年でたまった膿を出し切らないといけない。大ルーンも捨てたもんじゃないって思わせないといけない」
凝り固まった貴族社会を一新し、風通しの良い国にする。
そうまでして、はじめてアトルワの価値観と真っ向勝負できるのだ。
「ご慧眼、おみそれいたしました」
「あなた達には、馬車馬みたいに働いてもらうわ。きついとは思うけど」
「御意」
女王陛下による改革が始まった。
特筆すべきは人事の刷新、とりわけ生まれや身分にとらわれない人材の登用。なかでも驚くべきは、新しい国務大臣だろう。
シルヴァ。
姓はない。
つまり平民だ。
下級官吏だったこの男が、国務大臣に大抜擢された。
処罰を怖れず女王陛下に諫言をおこない、政治のありようを説いたのだという。
剛毅さと率直さに感じ入ったアルテミシア女王は、彼に大臣の首班たるよう命じた。
シルヴァは女王の知遇に応え、堅実かつ大胆な手法によって大ルーンの綱紀粛正をはかる。
ついたあだ名は制服の宰相。
位人臣を極めているのに、下級官吏の官服を着て職務に精励しているゆえだ。
「やー なんかすごいことになってきたね。ウズベル」
一日、夕食をともにしたメイリーが、やれやれといった風情で首を振った。
「まったくだな。ほんの十日前まで、こんな状況は想像もしなかった」
私の顔にも、恋人と同様の表情が浮かんでいただろう。
陛下が前国務大臣を処分して以来、極短期間の間に王宮の勢力図が書き変わってしまった。
そしてその影響は庶民にも波及している。
王都コーヴそれ自体が、一種の興奮状態にあるかのようだ。
「で、さらになんか演説するんでしょ?」
「ああ。明日な。就任演説みたいなもんだろう」
「私も見に行きたいなー」
「良いぞ。一緒にいこう」
「むー? お仕事は?」
「警備は青でやるらしい。陛下は青びいきだからな」
きしし、と笑う。
黒のイスカ卿から聞いた話では、なんとアルテミシア陛下とライザック卿は幼なじみらしい。
だいたい私とメイリーの関係に近いんだそうだ。
ご愁傷様! ライザック卿!
私とメイリーは家柄もかけ離れていなかったからね!
思い人が女王陛下とは、苦労いたしますね!
「悪い顔してるよ。兄ちゃん」
うぐ。
呆れられた。
しょぼん。
ともあれ、白の軍の仕事がぐっと減ったのはたしかだ。
なんか軍務監も失脚しちゃって、明確な白推しの人がいなくなったって事情もある。
おかげで、けっこー暇なのだ。
私の仕事は、おもに人材の確保。
これから先のルーンには、いくらでも人材が必要だからね。
ちなみにジェニファにも声をかけたんだよ。
彼女さえよければ、陛下に紹介しようと思って。
私なんかよりずっと政治的な判断もできるし、識見は深く視野は広いから。
けど断られた。
政治にはもう飽いた、だってさ。
私の下に置いておくのは、人材の無駄遣いだと思うんだけどねぇ。
本人がそれでいいならいいんだけど。
王宮に出仕したらメイリーのご飯が食べられなくなるってのは、さすがに冗談だろう。
私とメイリーが結婚したら、まさかついてきたりしないよね。
それは勘弁してよ? ジェニファ。
翌日、王宮の前庭が開放され、多くの民が詰めかけた。
私やメイリーもその中に混じっている。
「ルーンの民よ。我が民たちよ。予は諸君らに詫びねばならない」
女王陛下の演説が始まる。




