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動乱の幕開き 1


 面倒な事態になった。

 黒騎士ランティスの電撃引退、それ自体はべつに良いんだ。

 武人だからね。引き時を知るってのは大事なことだし。

 私だって、身体が動かなくなってきたら後進に道を譲らないといけない。

 これは当然のこと。

 ただ、後任として推された人物が問題だ。

 イスカ・ホルンっていえば、平民の冒険者あがりの騎士である。

 私やパリスのような魔法騎士じゃなく、ほんとに単なる騎士だ。

 ロバートなんかと一緒だね。

 けど彼みたいに代々王国に仕えてきたわけじゃなくて、平民あがりってのはかなり珍しい。

 もちろんホルンって姓も、騎士叙勲(じょくん)の際に下賜(かし)されたものだよ。

「そもそも四翼の地位に、騎士が就いたことってあったっけ?」

「ありませんよ。前代未聞です」

 私の質問にパリスが応える。

 大きく肩をすくめたのは、彼自身が動揺しているからだろう。

 我が国では、伝統的に魔法使いの地位が高い。

 魔法王国なんて言われるくらいにね。

 そんななか、魔法を使えないただの騎士が軍のトップに立つ。

 暴挙といってもいいだろう。

 たとえばロバートだって小隊長どまりだしね。これだってかなりの出世なんだよ。

 私は彼の才覚を知っているし、大隊長くらいは問題なくこなせるって疑ってもいないけど、まず本人が嫌がる。

 魔法騎士たちと同列の地位で指揮を執ったりするのは御免被(ごめんこうむ)るってね。

「これ、揉めるんじゃないかなぁ」

「揉めるでしょうねぇ」

 ベローア侯爵の引退後、国務大臣の椅子に座った人物は、ばりっばりの貴族主義者だって話だ。

 平民あがりの騎士が四翼など、ぜったいに認めるわけがない。

 かといって、前任者の意向をまるっと無視できるかっていうと、そう簡単な話でもないんだよね。

 ランティスどのは亡くなったわけでもなんでもないから。

 宮廷における影響力は残ってるし、なにより黒の軍の得意技って情報戦だし。

 私たちだって情報工作とかはするけどさ。

 そんな可愛らしい次元(レベル)の話じゃなく、彼らが扱うのは天下国家を揺るがすくらいの謀略だ。

 おっそろしい。

「しかし、如何に貴族たちが揉めたとしても、最終的には女王陛下の胸先ひとつなのではないか?」

 ジェニファの問いである。

 まあ、事情を知らないのだから当然だが。

 我が国では、何代も前から国王は政治に興味を失っている。

 彼らの仕事とは、行事の際に王宮のバルコニーから手を振ったり、笑顔を振りまいたりする程度。

 あとは、詔勅(しょうちょく)を手渡したりするくらいかな。

 (みことのり)を読み上げるのすら国務大臣がやるしね。

「つまり、貴族たちの談合で人事が決まるということか? 実戦部隊の長の人事が?」

「このままだとそうなるだろうな。ジェニファどの」

「度しがたいぞ。それは」

 パリスとジェニファが肩をすくめる。

 四翼ってのは、お飾りの地位じゃない。

 彼女がいうように実戦部隊なのである。

 一朝事(いっちょうこと)あったとき、先陣を切って戦わなくてはいけない存在だ。

 四万の常備軍のうち、四分の一を率いるってのは貴族のお遊びではすまないのである。

「通る通らないはべつにしても、ランティス卿はイスカなる人物なら自分の跡を継げるって考えたってことだよな……」

 私は腕を組んだ。

 直接の面識はない。

 しかし、黒の軍の副官を務めていたということは知っている。

 白の軍(うち)でいうとパリスの地位だ。

 就任したとき、冒険者あがりの平民が! と、噂になったのをよく憶えているよ。

 無能な人物ではないだろう。

 すくなくとも、うちのパリスと同等かそれ以上でないと、副官なんてできない。

「さっきから、小官をほいほいと引き合いに出すのはやめてもらえませんかねぇ」

「仕方ないだろ。地位が同じなんだから」

 苦虫を噛み潰したような顔をする副官殿に笑顔をむけてやる。

 こほんとジェニファが咳払いをした。

「場合によっては、四翼が三翼になってしまうかもしれない、ということだな? ウズベル卿」

「だね。黒が実戦能力を失ったら、実質的にそういうことになってしまう」

「まずいのではないか?」

「おおいにまずいよ。北東辺境地域(アトルワ)がきな臭いってこの状況で、王国正規軍が力を落とすことになるからね」

 あっちの方面がどうなっているのか、私にはさっぱり判らない。

 ラズリットどのから情報はもらえているが、質量ともに圧倒的に足りないのだ。

 こういうときこそ、黒の情報網が活きるのだが、その黒が人事的に揉めているときた。

「どうするのだ?」

「どうもできない。他の四翼の人事に私が口を挟むなんて論外だし、静観するしかないよ」

 肩をすくめてみせる私だった。




 そして静観しているうちに、今度こそとんでもないことが起こった。

「国務大臣が誅殺(ちゅうさつ)された!?」

 報告を持ってきたパリスに、私は()頓狂(とんきょう)な声をあげてしまった。

 なんとなんと。

 前任者の意向を無視して新たな黒の軍の人事を奏上(そうじょう)した国務大臣は、女王陛下に失礼な口をきいたあげく、その怒りに触れて誅されてしまったらしい。

 うーん。

 バカというかなんというか。

 ただ、陛下も思いきったことをしたなあ。

 貴族との全面戦争になっちゃうぞ?

「どうしますか? 隊長」

「巻き込まれたくないなぁ。体調不良ってことにして一旦逃げちゃおうか」

「隊長不在のため判断いたしかねる。これで押し通しますか」

 女王派とか貴族派とか色が付くのも嫌だしね。

 つーか陛下。

 こんなときに、なにしてくれちゃってるのさ。

 アトルワ方面で内乱がおきちゃってるのに、宮廷闘争してる場合じゃないでしょーが。

一月(ひとつき)ほど休暇を取ろう。この際だからメイリーと旅行にでもいくかな」

「それもよろしいかと」

「いいわけないだろうが」

 パリスの言葉にかぶせて響く声。

 オフィスに入ってきたのは知っている顔だ。

 青騎士ライザック。

 ジョストで私が敗れた相手である。

 ち。

 もうきちゃったのか。

 さて、この御仁は女王派か、貴族派か。

「ごほごほ。体調が思わしくなくてですね……」

「とってつけてように咳をするな。この国難に恋人とどこかにしけこもうとか、天が許しても、この俺が許さん」

「なんですかその個人的な理由は……」

「負けたクセにちゃっかりと恋人になったからな。天誅だ」

 ひどいことをいって笑いながら、ライザック卿が来客用のソファに腰掛ける。

 なにしにきやがった、という趣旨の質問はこの際は無意味だろう。

「聞いているな。ウズベル卿」

「さわりだけは」

「赤にはイスカ卿が説得にいっている」

 その言葉で、私は彼の立ち位置を知った。

 青と黒は、すでに連携している。

 王国正規軍の半数。すなわち白の二倍である。

 逆らえば本気で内戦だ。

 私は大きく息を吸い、吐き出した。

「……で、どちらにつけと仰りますか? ライザック卿」

「卿は本当に聡いな」

 にやりと笑い、青騎士が続ける。

「もちろん陛下だ。四翼が忠誠を誓うのは、貴族どもではないからな」

 それは道理だ。

 制度の上からも陛下をトップとして、四翼は存在している。

 しかし同時に、陛下が政治にも軍事にも興味をお示しでないことは、宮廷にいるものなら誰でも知っている。

 やる気のない女王が気まぐれに大臣を殺した、というだけの事件であれば、正直なところ(うち)が巻き込まれるべきなにものもない。

 だからこそ距離を置こうとした。

「しかしライザック卿はそれを許さぬという」

「ウズベル卿。一度、陛下にお会いしてはいかがだろうか。卿の認識も変わろうほどに」

 ふむ?

 なにがライザック卿ほどの御仁をそこまで駆り立てる?

 騎士の中の騎士ライザック・アンキラ。

 彼が会えというほどの人物だったっけな? 女王陛下は。

 非常に言葉は悪いけど、まったく印象に残ってないんだよな。

 美しい人だ、ということ以外は。

「わかりました。貴殿がそこまで言うならば」

 私は柔らかく微笑した。

 これはすなわち彼の味方をする、という意味ではない。

 陛下にお目通りして、その真意を知るまで旗幟(きし)を鮮明にしない、というだけの話だ。

「驚くぞ。怠惰のヴェールを脱ぎ捨てた女王陛下(マイクイーン)に」



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