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予兆 5


 オフィスに戻った私は、デスクの上に(うずたか)く積まれた器にげっそりした。

「……なんだこれは。いったい」

「大臣弁当の残りですよ。のってるのが隊長の分です」

 来客用のソファからパリスが説明してくれる。

 ちなみに向かい合わせにジェニファが座っているが、彼女は一言も発しない。

 ものすごく嫌そうな顔で、もそもそと食事を続けていた。

 涼皮と引き替えに奪った大臣どもの昼食。

 残念ながら、まったく不評だったらしい。

 メンパーティーに参加する予定だった者たちのほとんどが、一口二口食べて、もういらないと残してしまったのだ。

 ダメでしょ。軍人がそんなことじゃ。

 出されたものは残さず食べないと。

 まあ、気分が完全にメイリーご飯だったから、他のものに食指が動かなかったってのは判るけどさ。

 苦笑とともにデスクにつき、私も大臣弁当に手を伸ばした。

 まだ食べられるのものを捨てるってのは、騎士以前の問題として、やってはいけないことだからね。

「…………」

 そして、一口二口食べて匙を置く。

 もういらない。

「隊長。頑張ってください。小官たちも頑張ってるんですから」

 それを見たパリスが激励してくれた。

 ジェニファと二人で四人前ほどは食べたのだろうか。

 たぶん、私の受け持ちも二人前くらい。

 や。無理だよ。

 一人前を食べるだけでも苦行だよ。これ。

 高級食材をふんだんに使ってるのはわかるんだけど、調理法がぜんぜんなってない。

 魅力をいかしていないどころか、殺しちゃってる。

「……この肉……脂が固まっちゃってるじゃないか。いつ作ったんだよ……」

「贅沢を言うな。ウズベル卿。野戦食だと思って食え」

 半眼を向けるジェニファ。

 ここは王宮に隣接した軍務省だよ。

 行軍中の野営地じゃないよ。

 しかたない。

 スープで流し込むか。

「うええぇぇぇ」

 一口すすったスープに、私は率直な感想を漏らした。

 後味が悪すぎる。

 なにで出汁をとったんだ? これ。

「落ち着いてください隊長。出汁を取るなんて調理法は、メイリー嬢しかやりません」

 そうだけど!

 冷めたら感動的なまでに不味くなるっておかしくない!?

 なんつーか、野菜と肉をただ水から煮ただけ、みたいな味だよ? これ。

 市井(しせい)の料理屋だって、もうちょっとマシなもの出すって。

「こんにちはー 器をとりにきたよー って、なにこの空気」

 そのとき、タイミング良くメイリーがオフィスに入ってきた。

 おーい。

 軍務省の警備体制はどうなってんだー?

 なんで一般人のメイリーが、にょこにょこと白の軍の隊長オフィスまでこれちゃってるんだよー?

「どうやってここまできたんだって質問は、たぶん無意味なんだろうね。メイリー」

「ん? 入口でミヤさんと会ってね。案内してもらったよ」

 おおう。我が忠実なる隊員よ。

 もうちょっと危機意識を持とうぜ。

 メイリーは信頼できる人物だけど、ただの一般人だからなー?

「なんかすごく悲しそうな顔をしてた。お昼ご飯おいしくなかった?」

「いや。食えなかったんだ。涼皮は。かわりに大臣たちの昼食をもらったんだが……」

 デスクを指さす。

「へえー 大臣様のご飯かぁ」

 興味津々でメイリーが近づいてくる。

 さすが食の冒険者。

「食べてみるか? 私は正直に言ってちょっと無理だった」

「ふむ?」

 立ったまま匙をとり、少しだけつまむメイリー。

「……なるほど」

 頷く。

「これだけ品数を多くして、しかも大人数分ってなると、作ってすぐ出すってわけにはいかないよね」

「意外と同情的だな。メイリー。もっと怒るかと思った。貴重な食材をこんなふうにして! と」

「兄ちゃんは私をなんだと思ってるの?」

 おーい。

 呼称ー。

 呆れられちゃったよ。

「たぶん料理人の数がすくないんだね。あと、味より見た目が重視されるじゃないかな? 大臣様の食事は」

 たとえば、といってなんかの魚料理を示す。

 私は聞いたこともないような高級魚らしい。

 身がかたく、ややクセも強いので、すりつぶして根菜類と一緒にして焼くのが美味しいと教えてくれる。

 だが、大臣弁当ではそのまま焼いている。

 これは、すりつぶしちゃうと高級魚だって判らなくなっちゃうからだそうだ。

「そうなのか……」

「うん。ただの推測なんだけどね。高級なものを使っているんだよって判るように調理するのが、宮廷では正解なのかなーって」

 なるほどな。

 虚飾と見栄というわけだ。

「まあ、そういう面は往々にしてあるがな」

 よっこらしょとソファから立ちあがるジェニファ。

 ここまで心躍らない食事時間は久しぶりだった、などとのたまいながら。

 まあ、知り合ってからメイリーご飯しか食べてないからね。

 基本的に。

「庶民は味を求め、貴族は権威を求める。あんがい庶民の方が美味いものを知っていたりするものだ」

「そだね。ジェニファ。美味しく食べるってより、高級なものをつかってますよーって判るような料理だね。これは」

「度しがたいことにな」

 笑い合う女性たち。

 結局、大臣弁当の大半は破棄されることになった。

 作るのにかかった費用を考えると、頭が痛くなってくる。

 高級食材をふんだんに使った四十五人分の昼食だ。

 これだけで何人の貧民を救うことができるか。

 



 そしてその夜。

 事件が起きる。

 夕食をとるため、私はロウヌ家を訪れた。

 まあ主目的は恋人に会うためだ。

 昼間も会ったじゃねーかというツッコミをするなかれ。

 できるだけ会いたいのだ。

 むしろ一緒に暮らしたいのだ。

 しかし私の来訪に、ロバートは首をかしげた。

 なんとメイリーはまだ戻っていないというのである。

「てっきり若と一緒なんだと思ってやしたが……」

「いや。器を回収してすぐに帰った。洗わなくてはならないからと」

 二刻(四時間)ほど前の話だ。

 どんなに寄り道したとしても、時間がかかりすぎである。

 むしろ大量の食器を抱えて、寄り道などできるわけがない。

 なんだ?

 この嫌な予感は。

「子供じゃあるまいし。まだ心配するような刻限じゃねえですが……」

 呟くロバートの頬を汗が伝う。

 自分の言葉に自信が持てないのだ。

「万が一ということもある。探してみよう」

 腰の剣を確かめ、私は踵を返した。

 と、視界に映る人影。

 ぼろぼろの。

「ミヤ?」

 我が軍の隊員の一人だ。三歩進んでは膝が崩れ、二歩進んでは手を地面につき、這うような速度で。

 それでも目を血走らせ、歯を食いしばり、ロウヌ家へと進んでいる。

「なにがあった!? 大丈夫か!?」

 駆け出す私の手には、すでに回復魔法の光が灯っている。

 遠目にも彼が重傷なのは判った。

 歩けるような、動けるような怪我ではない。

「隊長……ですか……」

 見えていないのか。

 ダメージによる失明状態。これはかなり危険である。

 有無を言わせず回復魔法を使う。

 本職の魔法医(ヒーラー)ほどではないが、急場をしのぐ程度のことはできるばずだ。

 柔らかな光に包まれ、兵士の顔が安らいでゆく。

 呼吸も穏やかに。

 ゆっくりと眠りに……。

「ガァっ!」

 しかし彼は、安息を拒絶するかのよう自らの腕に食らいつき、肉を食いちぎった。

「ミヤ!?」

「すいません。眠るわけにはいかないんです。隊長」

 刺し傷に刀傷、打撲に骨折。傷の博覧会みたいな状態のくせに、さらに咬み傷まで自分で作った男が、鬼の形相で私を見る。

「メイリーさまが、(かどわ)かされました」

「なん……だと……?」

 私の後方。

 ロバートが掠れた声を絞り出す。

 いつまでも帰らない娘は、誘拐されていた。

 ショックを受けるなという方がどうかしている。

「……詳しく話せ。ミヤ」

 ぐっと隊員に顔を近づける私。

「若。落ち着きなされ」

「私は落ち着いているぞ。ロバート」

 いまはどんな些細なことでも情報が必要だ。

 焦ってはいけない。

 どこに連れ去られたか判らなくては、救出すらできないのだから。

「回復魔法、止まってますぜ」

「あ」

 気付けば私の右手は、ミヤ隊員の胸ぐらを掴んでしまっていた。



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