予兆 4
そして会議室は、地獄絵図となった。
むさぼるように涼皮をすする貴族と大臣ども。
テーブルマナーなんて言葉をはるか彼方に投げ捨てて。
女王陛下にも同じものが供されたけど、自室で食するらしく、この場にはいないので、彼らの醜態を目撃せずに済んだ。
「きょれはひゅぎょいら。みゅびゅげぶびょう」
「リリエンクローン公。食べるか喋るか、いずれかにしたほうが」
ずぞぞぞぞ。
おいおっさん。
人間関係を放棄するな。
なんで食欲の方を優先するんだよ。あんた大貴族だろうが。
とはいえ、こうなることを私は知っていたんだけどね。
おいしいもの。
涼皮というか、メン料理というものは。
しかもはじめて食べるメイリーご飯。
貴族や大臣といえども、そりゃあ衝撃でしょうよ。
私だって食べたいわ。
大臣弁当と引き替えにしたため、ここに私の食べ物はないのだ。
しょんぼりである。
「……おかわりを、もらえぬだろうか。ウズベル卿」
舐めたみたいにきれいになった器を持って、軍務監どのが近づいてきた。
いやいや。
貴族はおかわりしちゃだめでしょうが。
出されたものだけ食べる。
残すのは可だけど、おかわりはマナー違反なんだ。
貴族社会ではね。
「良いんじゃないですかね。五十人分ありますので」
ワゴンに積まれた器に視線を投げる。
会議の出席者は四十五人だったはずだから、余ってるヤツが……。
「あれ?」
なかった。
器をのせたワゴンごと消えていた。
どこいったんだろう。
扉近くにあったと思ったけど。
あ、扉を守る近衛兵と目があった。
「それが……侍従長どのが……いずこかへ移動させました由……」
いずこかてあんた。
女王に付き従っている侍従がいくのは、女王陛下の部屋しかないじゃないですかやだー。
「さすがは陛下。決断がお早い」
うむと頷くリリエンクローン公。
なんであんたの前には、からの器が三つ重なってるんですかねぇ。
「何故かと問われれば、一口目を食した瞬間に、こうなる未来が予測できたからだな。まずは自分の取り分を確保した。同じタイミングで、侍従長が駆け込んできた」
あんたらは……。
軍務監が意気消沈して自分の席へと戻ってゆく。
なんか背中がすすけてるなぁ。
足りないよね。
判るよ。
メイリー曰く、この涼皮はお腹いっぱいになるまで食べるものじゃないらしいんだ。
ちょっと小腹がすいたときに食べるのが一番なんだって。
だから、大人の男性だと少しばかり物足りない。
三杯も食べたら関係ないけどね。
会議室の中で唯一、満足げに腹をさすっている大貴族に半眼を向けてあげよう。
「ウズベルどの。もっとこれを食べたい。注文してはもらえぬだろうか」
話しかけてきたのは国務大臣だ。
王国政府の首班。簡単にいうと、陛下の次にえらい人ってことになる。
「え? できませんよ?」
「なにゆえ!?」
いやいや。
あんた午前中の話、どこで聞いてたんだよ。
これはミシロム村の名産なの。
これを食べたいなら、ミシロムまで足を運ばないとダメなの。
今ここで食べることができたのは、考案者の特権ってやつなんだ。
「食べに行ってください。ミシロムまで」
「馬鹿な……平民のように旅をしろというのか……いや、まてよ。配下に買いに行かせれば……」
「無理に決まっておろう。作って四日後に食うのか? とうにあめてしまっておるわ」
横から口を挟み、呵々大笑するリリエンクローン公。
その通り。
王都では食べられず、手にも入らないってことに意味があるんだ。
「この儂に、自ら食いに行けと!?」
激しかかる国務大臣。
まあねえ、庶民に混じって旅行とかありえないよねえ。お貴族様にとっては。
どんな御馳走でも珍味でも、それは運ばせるものであって、自分で食べにいくものではないのだろう。
「庶民と交わるのが嫌なら、建てればよいのじゃよ。宿場ごとに御用達の宿をの」
公爵が笑う。
この御仁……そこまで読んでいるのか。
気位の高い貴族が、庶民と同じ宿に泊まれるわけがない。
もちろん貴族のなかにはフランクな人もいるけど、庶民だって貴族と同じ宿なんて嫌だろう。
ならば、貴族が泊まるような高級宿を建てちゃえば良いのである。
そうすると、王都からミシロムまで四つの宿場を作るとして、四棟の高級宿が建つことになる。
けっこうな経済効果だ。
人足だって相当数を雇うことになるからね。
雇用が生まれる。
そして金が動く。
貴族が宿を建ててまで食べたい美味ともなれば、宣伝にもなる。
リリエンクローン公爵は、そこまで予測しているのだ。
本気で食えないじいさんだな。この人は。
敵に回すべきじゃない。
とてもじゃないけど勝ち筋が見えないぞ。
「ぐぬぬぬ……」
唸る国務大臣。
内心で、貴族としてのプライドと食欲がせめぎ合っているのだろう。
「なぁにがぐぬぬじゃ。宿を建てるぐらい、はした金じゃろうが。お主らにとっては」
意地悪な口調で公爵が言い放った。
なんだろう。
公爵って大臣たちが嫌いなんだろうか。
「ぬう……しかし……料理人はコーヴにいるのだろう? 呼び付ければ良いだけではないか……」
「お主の頭には、脳みそではなく海藻でも詰まっておるのか? それでは人を動かす名産にならんじゃろうが。ちぃとは考えてものを言わぬか」
辛辣だなぁ。公爵閣下。
とはいえ、彼の言うことは正しい。
メイリーに依頼して作ってもらうことは簡単なんだよ。
実際、今日だって作ってもらったし。
でもそれは、身内のメンパーティーのため。
販売が目的じゃないんだ。
王都で買えたら、わざわざミシロムまで出かける人なんかいない。
いずれはミシロムの味は盗まれるだろうけど、そうなったとしても本家とか元祖とかの看板が残るからね。
逆にいえば、看板さえ定着しちゃえば、コーヴや他の街で売られたってぜんぜんかまわないのである。
「うぬぅ……たかが料理に……」
「そのたかが料理に付加価値を付けるというプランなのじゃよ。お主、午前中の話をちゃんと聞いておったか?」
さすがに呆れたような口調の公爵だ。
気持ちは判る。
私も同じ感想を抱いたからね。
面罵され、国務大臣がすごすごと引き下がる。
もし言ったのが私だったら大変なことになっただろうけど、やっぱりリリエンクローン公爵は大貴族だからね。
大臣といえども、そうそうケンカはふっかけられない。
「やれ。あの程度の者が王国政府のトップとは、嘆かわしいかぎりよの」
必要以上に肩を怒らせて去ってゆく国務大臣をみつめ、ふうとため息を漏らす。
まあ、ある程度は仕方がないことだとは思うんだけどね。
貴族が庶民と同じを食事をとるということ自体が異常なのに、自ら足を運ぶとか常識の外側だろう。
誰も彼もがリリエンクローン公みたいに、さっと思考を切り替えられるわけじゃない。
「民が貴族に奉仕するのは当然だと思っておるのじゃ。本来は逆なのじゃがな」
あごひげを撫でながら公爵がひとりごちる。
貴族が民から税を集めるのは、えらいからではない。
社会を回すために必要なものを一時的に預かり、それを使って効率の良い運営をおこなう。
そのために貴族や領主が存在しているのだ。
「というのが建国王の理想じゃったはずなのにの。三百年というのは、人を堕落させるには充分な時間なのじゃろうな」
「公爵閣下……」
私のような若造には、リリエンクローン公爵の慨嘆に応えるすべがない。
王国で一、二を争う実力を持った公爵家だからこそ抱える懊悩もあるのだろう。
領地も持たない王国騎士の私では、うかがい知れないような。
「しかし卿はおもしろいの」
表情をあらため、公爵が笑顔を見せてくれる。
「この発想の転換、単なる武辺のものとも思えぬ」
「優秀な幕僚に恵まれておりますので」
私も笑みを返した。
メイリーの料理と、ジェニファの発想力があればこそだ。
「名将の下に弱兵なしというやつじゃな」
「一回戦で閣下の軍に敗れる程度のツワモノたちですが」
「心配するな。我が軍は二回戦敗退じゃった」
笑い合う。
団体戦の優勝は青の軍。
個人戦の優勝は青騎士ライザック。
今年の馬上槍試合は、まさに青の大会だった。
「卿の副官が我が軍の隊長と悪だくみをしたときに使った料理があった。これは同じ料理人の手によるものじゃな?」
不器用に片目をつむってみせる公爵。
なんか世代を超えて、仲良くなれそうな御仁である。




