収穫祭のできごと 9
百名の部隊に帯同するのは、五十名のメイリー軍団。
あきらかに編成としておかしいのだが、冬季行軍の訓練だから食料や医療品の余分をかなり輸送するためである。
この行軍から逆算して、兵士ひとりあたりにどのくらいの分量が必要なのか、というのを割り出すのだ。
んー? だいたいこんなもんかなー? って、ほんわかした計算じゃ、後々困ったことになってしまうのである。
具体的には、前回とほぼ同じ量。
千人分の物資ということになる。
百人で!
当然、相当な量の余剰が出る。
そして食料というのは保存のきくものでもないので、あまったものに関しては、近隣の村などにお裾分けしてしまう。
「という計算なんだよ」
「それって王国に対する背信行為とか、そういうやつなんじゃないの? ウズベル」
説明する私に首をかしげるメイリー。
名前呼びが、まだちょっとこそばゆい。
ずっと兄ちゃんだったもんなぁ。
「もちろん正規軍の装備は国庫から出ているよ。食料を買うお金も、メイリーたちに支払う報酬も、元をたどれば国民の血税さ」
無駄遣いして良いものではまったくない。
それは事実だが、私たち四翼には各軍の装備品に関して、かなり自由な裁量権が認められている。
ようするに、私が必要だと主張したなら、それは必要なものなのだ。
これってすごく怖ろしいことなんだよね。
四翼は軍備を増強し放題。
予算だって使いたい放題。
だからこそ、各軍の隊長はとても慎重な人ばっかりだ。
私を含めてね。
政治に口を出すこともないし、ここ百年くらい増員とかだってしたこともない。
「つまり、ウズベルが食べ物をたくさん持とうっていったからたくさんもっていくし、それを村に配るのも権限の範囲ってこと?」
いまひとつ納得していない顔のメイリーだ。
そりゃね。
ミシロム村に隠れ住む人々は、我が国の臣民じゃないから。
納税していない、という意味において。
これは当たり前の話なんだけど、税を納めない人間ってのは国にとって必要な存在じゃないんだ。
銅貨一枚の収益もあがらない土地に価値がないのと同じ。
「でも、彼らがきちんと生活を営むようになってくれれば、自然とそこには経済活動が生まれるからね。じっさいジェニファも近隣の村々と取引とかしてたみたいだし」
将来的には、ちゃんと税収があがるようになるだろう。
食い詰めた貧民のままにしておいたって、良いことはひとつもないのだ。
「ちゃんと生活を立て直すまでの手伝いができれば良いなって思うんだ」
「また兄ちゃんの悪い虫がはじまった」
やれやれと肩をすくめる恋人。
おーい。
呼び名呼び名ー。
「結局、困ってる人がいたら見捨てられないんだよね」
ぽむぽむと私の肩を叩いてくれる。
なんだべ?
兄扱いですらなくなってきた気がするよ?
「ウズベルが決めたなら、私に否やはないよ。全力でバックアップしてあげる」
「ああ。ありがとう。メイリー」
「でも約束して。それによってウズベル自身が傷つくようなことはしないって」
このケースでいうと、権限を越えた行動をして国から睨まれるような真似をするなよって意味だ。
そんなに危なっかしくみえるかな?
ともあれ、彼女が悲しむようなことを、私がするわけにはいかない。
「約束するよ。私のメイリー」
鉄灰色の髪を撫でてやる。
ぼん、と赤くなる。
「わ、私のとかいうなっ」
照れてる。
可愛い。
行軍中は、いつものようにメイリー軍団が腕を振るってくれた。
それどころか、なんか自主的に輜重隊を手伝う兵士とかもいて、すっごい和気藹々とした雰囲気だ。
「ここまで暢気な軍隊というのも、ちょっと珍しいな」
その様子を眺めながらジェニファが苦笑する。
「暢気というより、ゆるいといった方が良いかもしれない」
同様の表情をするのはパリスだ。
他人事みたいに言ってるけどさ、お前さん方もその一員だからね?
とくにパリスさんや。
収穫祭の団体戦で、お前さんがへんなことやったから、より以上にゆるくなったんじゃねーか。
ちなみに今夜用意されたのは、これまた東方の料理である。
ミソ玉とやらいうまったく食欲をそそらないへんなカタマリを、お湯に溶かすとなんとも美味そうなスープになるのだ。
「東方の発酵食品のひとつでね。この発酵で食べ物が長持ちするようになったり美味しくなったりするんだってさ」
とは、我が料理長メイリーどのの有り難いお言葉である。
「とくに今回は冬の行動を想定してるでしょ。身体を温めるような食事にしないと体調くずしちゃうからね。下痢したりとか」
「食事中に下の話はやめたまえ。メイリー」
「なに繊細なこといってんの。騎士のクセに」
そうだけどさ!
このミソ玉はだめじゃんっ!
見た目からそっち想像しちゃうじゃんっ!
「しかし、本当に身体があたたまるな。腹の辺りからぽかぽかしてくる」
ほふう、と吐息をつくのはジェニファである。
「ブタ肉を入れたのが良かったのかも。いろいろやってみたんだけどミソとブタ肉は相性がいいんだよね」
まずは大鍋に豚肉を大量に入れ、炒めるように火を通したのち、お湯とミソ玉を投入してちょっと煮込む。
ミソ玉は根菜類を入れて固めてあるので、これで栄養が取れるらしい。
「とりあえず、ブタ汁と名付けてみたよ」
「まんまじゃねーか」
もう少しひねったネーミングでもいいのよ?
メイリー汁とか。
「しかし、ちともの足りませんな。間違いなく美味いのですが……なんというか……」
パリスが唸っている。
お前さん、たいていいっつも足りないっていうよな。
私よりずっとガタイが良いから、そのぶん食うんだろうけどさ。
「いや、隊長。量の話ではなく。この美味いスープとパンの取り合わせは、なんというか、寂寥感のみいや増すというか」
なんか首をひねる副官。
適切な表現が見つからないのだろう。
ただ、私も少しだけそれは思った。
ブタ汁にはすげーパワーを感じた。活力! って感じだった。
しかしパンにパンチが足りなかった。
パンだけに!
「兄ちゃん。その面白いことを言ったぜ、みたいなドヤ顔をやめて。怒るよ?」
「さーせん」
どうやら呆れたり怒ったりすると、私の呼称は兄ちゃんに戻ってしまうらしい。
これはこれでプレッシャーだ。
「んっと、ミソスープは本来、パンと一緒に食べるものじゃないんだよ。ギュンターさん」
「そうなのか? メイリー嬢」
「うん。コメってのと一緒に食べるんだって。東方の主食だね」
「ほほう」
興味津々のパリス。
食べてみたい、と、その目が語っている。
見ればジェニファも似たような表情だ。
冒険者だなぁ。
くすりとメイリーが笑う。
あ、これ用意してる顔だなー。
伊達に付き合いが長いわけじゃないから判るよ。
「一応、コメも少し取り寄せてはいるんだけどね。食べてみる?」
『是非に!』
さっと右手を挙げるパリスとジェニファ。
声まで揃えて。
仲良いね。お前さんがた。
頷いたメイリーが席を立ち、厨房馬車へと移動する。
これも彼女の発案だ。
野営地で調理器具の積み降ろしをするのではなく、馬車の客室そのものを簡易厨房に改造したのである。
かまどや流しなども設置され、料理人たちはこの中で調理をおこなう。
そんなに人数が入れないのと、結局、水や薪は都度もちこまないといけないので、野営地で使うということには変わりないというのが難点である。
あと、非常に重いから二頭引きになるという問題もある。
軍で運用するには、まだまだクリアしなくてはいけない問題が多いだろう。
ややあって、鍋を抱えて戻ってくるメイリー。
ほかほかと湯気の立った。




