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収穫祭のできごと 8


 父親(ロバート)の許可が出たことにより、私とメイリーは交際することになった。

 兄妹から恋人に昇格である。

 素晴らしい。

 素晴らしいのだが、昨夜一晩考えたら、なんか腑に落ちないことがある。

 優勝賞品が結婚なら、準優勝の賞品は婚約じゃね?

 なんで(グレード)が二つさがるんだ?

 私はロバートにはめられたかもしれない。

 いやまあ良いんだけどね!

 すげー大きな一歩だから!

 だってさ、いままで兄ちゃん兄ちゃん呼んでたメイリーが、ついに名前で呼んでくれたんだぜ?

 最高じゃないですか。

「……何を朝からにやにやしているのだ。気色悪い」

「実の息子に気色悪いとはひどいですね。父上」

 オルロー家の朝。

 身支度を終え、父に出仕の挨拶をした私に、なんとも心温まる言葉をかけてくれる。

 こいつ、ロバートと戦友だったんだよな。

 そりゃ性格も悪いわけだ。

「お前は、じつはロバートの息子だったのだ、という設定もある」

「設定いうな」

 けっこう前に聞いたよ。そのアホくさい話。

「で、何を朝から笑っていたのだ? 我が息子ながら変態だからか?」

「変態いうな」

 どんな親だよ。こいつ。

「メイリーと交際することになったんですよ。それが嬉しくてつい、ね」

 私の言葉に、父の顔がのびた。

 顎が落ちたみたいにね。

 そんなに驚いたかい?

「ああ、驚いた。むしろお前らがまだ付き合っていなかったことにな」

 なんか右手を額に添えているし。

 珍獣を見るような目で見てるし。

「紆余曲折があったのですよ」

「お前がヘタレなだけだろうが。メイリーに思いを寄せているのはこの屋敷に住む者ならネコやネズミでも知っている。何年かけているんだ。いったい」

 ひどい親ですね!

「旦那様。若様。お客様ですぞ」

 不毛な論争に突入しようとする私たちに、家令(かれい)が声をかける。

 む?

 こんな朝から?

 誰だろう?

「おはよー おじちゃん。ウズベル」

 家令の後ろから、ひょこっと顔を出したのはメイリーだ。

 なんというか、とてもとてもフランクである。

 まあ、生まれたときからの付き合いだしね。

「やあメイリー。今朝も可愛いね」

「おだててもお弁当の品数は増えないよ。おじちゃん」

 父と恋人が笑い合う。

 なにその和気藹々(わきあいあい)とした空気。

「それは残念。しかし今日ははやいね」

「ん。お弁当、ウズベルの分()作ったから」

 も?

 もってなに?

「言っていなかったか? メイリーはずっと私の昼食を届けてくれていたのだよ」

 きいてないよ! そんな話!

 するってえと我が父は毎日メイリー作のお昼ご飯を食べてたってことかい!

 私はたいてい外食なのに!

 なにこの差。

 格差社会すぎる。

「今日からウズベルの分も作ってみたんだよ。ほら、いちおう恋人だしね」

 セリフの後半がごにょごにょしちゃってる。

 照れてる。

 可愛い。

「まあ付き合いとかもあるだろうから言ってね。迷惑だったら」

「迷惑だなんて、そんなことあるわけないだろう。今から昼が楽しみだよ」

「ん。お仕事がんばって」

 にぱっと笑ってくれる。

 幸せだぁ!

 ふと横を見ると、父と家令が全身をかきむしっていた。

 ふ。

 羨ましいのだな。

 ねたましいのだな。

 私の勝ちだ。



 収穫祭も無事に終わり、コーヴは通常運行に戻る。

 いままでと変わらないのだが、祭りの後というのはちょっと寂しい。

 まあ、季節が冬へと向かっていくからという理由もあるだろう。

 実りの秋が終わり、厳しい冬がやってくる。

 文字通りの意味で。

 毎年、貧民などがこの時期にけっこう死んじゃったりするのである。

「ジェニファの村とか、大丈夫かな?」

 読んでいた書類から顔を上げ、私はふと気になったことを訊ねてみた。

 ミシロムの森に作られていた村。

 盗賊団などではなく、貧民や逃亡奴隷が寄り集まってできた村。

 指導者であるジェニファが私に降ったことで、彼らは頭を失った。

 凍死者や餓死者がでないとは言い切れないのである。

「問題なかろう。必要充分な知識は与えている。あとは合議により運営してゆくだろうよ」

 こちらも書類から顔を上げて応えるジェニファ。

 地位職責としては一兵卒にすぎないのだが、彼女の見識は広く深いため、私の事務仕事を手伝ってくれている。

 結果、事務処理効率が向上し、パリスなどは大喜びである。

「しかし、それだけの識見をどこで身につけたのか。ジェニファどの」

 そのパリスが訊ねた。

 本人が語りたくなったら語るだろうってことで、いままで私は問わなかった。

 隠したがっていることを無理に訊くのも野暮だしね。

「ふむ。べつに隠していたわけでもないのだがな」

 そう言い置いて、ジェニファが語る。

 彼女は遠く北の方、コウザックという国の王族の子として生まれた。

 残念ながら私はその名を知らない。

 すべての国を知ってるわけでもないからね。

 ともあれ、彼女が生まれたとき空に無数の星が流れたそうだ。

 予言者たちは、世界を変える神子(みこ)だと騒ぎ立てた。

 それで、彼女はごく幼少のうちから、様々な教育を受ける機会を得た。

 軍事、政治、統治、農業、経済、人心掌握。

 順風満帆にみえた彼女の人生だが、政変が起きて暗転してしまう。

 王国の実権を握った人物にとっては、運命に導かれた神子など、邪魔でしかなかった。

 暗殺者の手を至近に感じた彼女は、国を捨てて逃亡者たることを選択する。

 その際、またまた予言者から神託を受けた。

 西へ向かえば王者の道、南にくだれば凡愚(ぼんぐ)の道、と。

 で、政治にも権力にも飽いていた彼女は、南へと進路をとった。

 何年もかけて我がルーン王国にたどり着き、名前もジェニファ・ロレンスと変えた。

 姓を持つのは騎士階級以上だけ、という我が国の風習を知らなかったわけではないが、逆にジェニファの知識量は平民のそれではない。

 没落貴族の末裔、とでもしておけば筋が通るだろうと計算した。

「凡愚の道と言われたから南にきたのだがな。気付けば王国軍の中枢近くにいる。占いなどあてにならぬものだ」

 そういって締めくくり、笑うジェニファであった。

 ふうむ。

 いろいろあるのだな。

「故郷に戻ろうとは思わないのか? ジェニファどの」

「いまさらのことであろうよ。ギュンターどの。故郷にわたしの居場所はない。それに」

「それに?」

「メイリーほどの料理人はわたしの国にはいなかった」

 いやいや。

 なんでそこでメイリーでてきたん?

 あんたまさか美味いモノを求めて旅をしてきたん?

 あとパリス。

 大きく頷くのやめろな?

 メイリーご飯が美味しいから白の軍にいるって理由に納得するのは、すっごいおかしいぞ?

「ともあれ、いくらジェニファが太鼓判を捺しても、ミシロム村をほっとくわけにもいかんだろうなぁ」

 いろんな嘘まででっちあげて守ったのだ。

 寒波にやられておしまい、というのは、ちょっとやりきれない。

「行きますか。訓練の名目で」

「名目てな。ギュンター」

 また簡単に口実を使おうとする。

 私の副官って、けっこう黒いよね。

「本格的な冬が来る前に、冬季行軍の訓練をする。べつにおかしなことではないでしょう。もちろん野営訓練を兼ねて。前回は夏季行軍でしたから、メイリー嬢の研究にも役立つかと」

 そうだった。

 メイリーは携帯食の研究をしていたんだ。

 旅人が道半ばで倒れちゃわないように。

 持ち運びができて、しかも栄養価の高いご飯を作るのが彼女の目標なのである。

 良い機会だ。

 メイリー軍団にも同行してもらって、ミシロム村の様子を見に行こう。

「よし。採用だ。ギュンター」

「ちょろいな。ウズベル卿」

 苦笑するジェニファ。

 気に入らないなら留守番してくれていてもいいのよ?

 まあ彼女はメイリーの護衛役を兼ねているから、絶対に同行だけどね。

「では行動計画を立案します。人数は百名ほどですかね」

「そうだな。あまり大人数で押しかけても迷惑だろうし」

「了解です」


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