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収穫祭のできごと 7


 とぼとぼと街を歩く。

 準優勝のトロフィーはパリスに預けてきた。

 あれはあれで立派なものだったけど、私にとって、やはり今回は優勝トロフィーでないと意味がないのだ。

 本当だったら、それをもってメイリーの露店へ駆け込むはずだった。

 優勝したぞ、と。

 私と結婚してくれ、と。

 できると思ってたんだよなぁ。

 三回の実績があるし。

 考えてみたら慢心そのものだよね。

 過去の成功は必ずしも未来の成功を約束しない。

 当たり前だ。

 去年勝ったからって、今年も勝てるとは限らない。

 そんな簡単なことを失念していたなんて。

 無作為な思考に身を委ねながら、私の足はいつのまにか河口近くの土手へと向かっていた。

 海を持つ街であるコーヴには、当然のようにいくつもの河が流れている。

 このサウリーヌ大河もそのひとつだ。

 私のお気に入りの場所、だったこともある。

 子供の頃、よくここで泣いたっけなぁ。

 父に叱られたとき、ロバートに叩きのめされたとき、ミハイルとケンカしたとき。

 いやあ、振り返るとろくな少年時代じゃないね。

 土手に腰を下ろす。

 あかねの色に染まる海。

 みゃあみゃあと海鳥たちが騒いでいる。

 ああ、いっそ私も鳥になりたい。

 大空に、どこまでも遠く飛んでっちゃいたいよ。

 現実逃避しながら、昼間の試合を振り返ってみる。

 最も自信のある技を最初に使ったのは、そう悪い判断ではなかったはずだ。

 最大の技で一気に勝負を決める。

 しかし、焦りはあったのかもかもしれない。

 青騎士どのにとっては、疲労していないダメージもない完全な状態で受けることができる。

 もう少し削り合ってから出すべきだったかも。

 その場合は私も少なからずダメージを受けているだろうから、完璧なタイミングで仕掛けるというわけにはいかなかっただろうが。

「うーむ。結局、勝ち(すじ)はなかったってことかな」

 前回のジョストから一年の間に、青騎士が伸びたほどには私が伸びなかった、ということかもしれない。

「おーおー 黄昏れてるねー」

 後ろからかかる声。

 振り向かずとも判る。

 メイリーだ。

「……ごめん。負けちゃったよ」

「まったくだよ。兄ちゃんの勝ちに金貨一枚も賭けてたのにさ」

 大金を賭けすぎだ。

 それだけあれば、庶民なら家族で半月くらいは生活できる。

「申し訳ない」

「いいよ。賭博は自己責任だからね」

 言って、私の横に腰掛ける。

「……よくここにいるって判ったな。メイリー」

「妹なめんな。子供の頃から知ってんだよ。つらいこととか悲しいことがあったら、兄ちゃんがどこにいくかなんて」

 あまり知られすぎているというのも気恥ずかしいものがあるなぁ。

 私が子供っぽいのか、彼女が聡いのか。

「なんとなくね。こうなるんじゃないかって気がしていたんだよ」

 苦笑混じりのメイリーの言葉。

 おいおい。

 私の勝利を確信していたから、私に賭け(ベットし)たんじゃないのかよ。

 思わず情けなさそうな顔をする私に、もう一度メイリーが笑った。

「兄ちゃんってさ、昔からそういう残念なとこあるじゃん」

 なんにも約束なんてしていない過去三回で優勝して、将来を賭けた今回は敗北する。

 たしかに残念にもほどがある。

「私は一等になったよ」

「だろうな」

 メイリーの屋台は、連日連夜の大盛況。

 初日の出足こそ、知名度の無さから鈍かったが、それ以降はあっという間にトップに躍り出た。

 当然である。

 コーヴに点在する名店と呼ばれるレストランの料理人(シェフ)たちが、プライドもなんもかなぐり捨てて師と仰ぐのがメイリーなのだ。

 一般人が知らないだけで、この王都で食べられている料理の何割かは、確実に彼女が考案したものだ。

 そんな人物が自ら腕を振るったピンチョ。

 人気が出ないわけがない。

 ちなみに、彼女が意図していない食べ方も流行した。

 発端は、白の軍の隊員の一人だ。

 たしかスインだったかな。

 正規軍の兵士とはいえ、一兵卒ではたいして高い俸給をもらっているわけではない。

 腹一杯になるまでピンチョを買い込むというわけにはいかなかったのだろう。

 ある日、彼は長いパンを持参してきた。

 そして指で縦に亀裂をつくり、そこにピンチョを挟むという暴挙に出た。

 両側からパンを握り、ぐいっと一気に串を引き抜くのだ。

 そうするとパンの中に最高に美味い牛肉が残る。

 滴る汁も、すべてパンが吸い取ってくれる。

 まさに余すところなくメイリーの料理を味わうことができるのだ。

 これが流行った。

 串を抜くという動作も、楽しかったのだろう。

 子供たちが、親にやらせてくれとせがんでいるシーンもけっこう見受けられたものだ。

 パンにピンチョを二本も挟んだ二串流(ダブル)や、一緒に揚げたイモなどを挟む混在流(ブレンデット)など、さまざまな流派も生まれた。

 ちなみに私は、試しにといってメイリーが焼いてくれた黒パンで野菜と一緒に挟んだヤツが最強だと思う。

 そんなわけで、今年の屋台コンテストは、最終日を待たずしてメイリーの店の優勝が決まった。

 どこからも異論は出なかった。

 むしろ、収穫祭の終了後、ピンチョをどこの店で出すかで、名店どうしがしのぎを削っているらしい。

「私は約束を守ったよ」

「私は約束を守れなかったな」

「しょがない兄ちゃんだなぁ。ここ一番で決められないんだから」

 にやりと笑う妹。

 それによって、私はすこし救われた。

「でも、これで良かったような気もするんだよね。優勝して迎えに来るなんて、ちょっと決まりすぎじゃない? 私たちには」

 たしかに。

 まるで小歌劇(オペレッタ)のラストシーンみたいだ。

 私とメイリーには、少しばかり似合わないかもしれない。

「兄ちゃんの負け、私の勝ちっていう結末は、考えようによっては悪くないかもしれないしね」

 いつになく饒舌だね。メイリーさんや。

 ほんのすこしだけ頬が赤いのは、暮れなずむ空に照らされているからかな。

「なんで悪くないんだよ?」

「私が勝ってたほうが、お尻に敷けるじゃん」

 完璧すぎて絶対に勝てない旦那さんよりさ、と付け加える。

 この言葉の意味が判らないほど、私は鈍感ではない。

「当初予定とは違ってるけど、これはこれでありかなーとか」

 頬を染め、なおも何か言おうとするメイリーの唇に、私は右手の人差し指を押し当てた。

「そこから先は、私に言わせてくれないか? 女に恥をかかせるものじゃないってのは、亡くなった母の言葉なんだ」

「兄ちゃん……」

「幼い頃からきみが好きだった。未来永劫、この想いは変わらない。私と結婚してくれないだろうか。メイリー」

 じっと鉄灰色(アッシュグレー)の瞳を見つめて。

「……答えのわかってる質問ってさ、正々堂々(フェア)じゃないと思うんだよ。兄ち……ウズベル」

 生まれてはじめて、メイリーが私の名を呼んでくれた。

 ゆっくりとふたりの顔が近づいてゆく。

 互いの瞳に映る自分の顔。

 微笑んでいるように見える。

「愛している。メイリー」

「ウズベル。私も……」

「だがしかぁし!!」

 轟き渡る大音声(だいおんじょう)

 もはや聞き慣れたくそオヤジ(ロバート)のものだ。

 なんつーかね。

 空気読めよ! おまえ!

 ここは乱入したらいけない場面だろうが!

 すげー嫌そうに首を巡らすと、ロバートだけじゃなく、パリスやジェニファまでいるし。

「いけませんなぁ。若。騎士が誓いを破るたぁ、ちぃと風上におけやせんぜ」

 のっしのっし近づいてくる。

「父ちゃん……?」

「おうメイリー。おめえの気持ちは判った。若が好きってなら、俺はもう止めねえよ」

「えっと、ありがと?」

 なにいってんだこいつ、という感じで疑問符を頭の上に浮かべるメイリー。

 なんていうか、そもそも彼女はロバートが反対しているなんて思ってなかったんだろうしね。

 いつものじゃれ合いくらいにしか。

「けど若はいかんですなぁ。優勝して迎えに行くって言ったんでしょお?」

 にやにや笑うくそオヤジ(ロバート)

「ぐ……」

 優勝の前に、準がついちゃってるからな。

二言(にごん)しちゃうんだ? 白騎士ともあろう御仁が? 約束を守れなくても良いんだ?」

「うぐぐぐ……」

 くっそくっそ。

 なんも言い返せない。

「父ちゃん。意地悪いわない」

 メイリーが助け船を出してくれる。

「まあ、ゆーて俺も鬼じゃねえ。若の頑張りまで否定する気はねえですぜ」

 笑って私とメイリーの肩に、ぽんと手を置く。

「優勝のご褒美が結婚だったんなら、準優勝の賞品は交際ってとこですなぁ。若」

 え?

 交際を認めるってこと?

 マジで!?

 思わず、伝説の怪物を見るような目でロバートを見てしまう私だった。


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