収穫祭のできごと 6
やはりというかなんというか、決勝戦の相手は青騎士どのであった。
これは私も予想していたし、多くの観客たちもそうだろう。
ちなみに賭率としては、私の方がやや有利。
二度勝っているからね。
下馬評なんてそんなもんだ。
「三度目の正直といきたいところだな」
私の前に立ったライザック卿が告げる。
精悍な顔を飾るのは不敵な笑み。
「二度あることは三度あるにして差し上げますよ」
私も同種の表情を作った。
ライザック卿は私より三歳ほど年上で、パリスなどと同年代。
学生時代より俊秀の呼び声高く、将来を嘱望されること、私の比ではない。
ややくすんだ金髪にアイスブルーの瞳。
筋骨隆々というわけではないが、均整の取れた肉体と精悍な顔立ち。
くっ 惚れてしまうだろっ てくらいの美丈夫だ。
当然のように、宮廷でもモッテモテである。
審判が距離を取るのを横目で確認しつつ、剣を抜く。
どちらの得物も一般的な長剣だ。
なんだかんだいって、人間と戦うには剣が一番使いやすい。
人を殺すために作られたものだからね。
逆にいうと、剣ってのは他の使い道がほとんどないのだ。斧や槍なんかと違って。
すっと切っ先を合わせる。
「いざ尋常に」
ライザック卿の言葉。
「勝負」
私が続けた。
同時に跳び離れる二人。間合いを探って。
彼も私も似たタイプだ。
圧倒的なパワーでねじ伏せるのではなく、どちらかといえば技巧によって相手を倒す。
ゆえに、間合いというものを非常に重きを置く。
着地と同時に私が飛び出した。
速度ではこちらが上。
ライザック卿の体勢が整うより前に決めさせてもらう!
「疾っ!」
最高速で駆け抜ける。
ヒューゴ卿を打ち倒した、私の必殺剣だ。
しかし、
「まじか……」
青騎士の後背、数歩の距離を置いて足を止めた私は、無念の臍を噛んだ。
「紫電三閃。初めて見たときは反応することすらできなかったな。昨年は二発防ぐので精一杯だった。しかし、今年の私はひと味違うぞ。ウズベル卿」
振り返り、にやりと笑うウィリアム卿。
バケモンかよ。
ひと味どころの騒ぎじゃない。
上段、下段、中段に放った私の攻撃をすべて防ぎきった上に、カウンターまで繰り出したのだ。
とっさに回避しなければ、私の顔面に剣が叩き込まれていたことだろう。
頬をひとすじ血が伝う。
完全には避けきれなかったか。
水を打ったように静まりかえる観客席。
誰かがごくりと唾を飲み込んだ音まで聞こえそうなほどに。
「私もこれを防がれたのは初めてですよ。ライザック卿」
去年までの動きとぜんぜん違う。
もとより侮っていたわけではないけれど、青騎士の強さは本当に天井知らずだ。
「年少者を相手に三連敗はできないからな。頑張って鍛えたのだ」
「怠けていてくれれば良かったのに」
ふ、と笑う二人の剣士。
同時にライザック卿が踏み込んでくる。
受けずにサイドステップで避ける。
「くっ!?」
避けた先に剣がきた。
なんて機動だよ。
かろうじて弾く。
が、私の右手には痛いほどの痺れが残った。
くっそう。
やっぱり重いなぁ。騎士の中の騎士の剣は。
さがろうとする脚を、私は必死で縫いつける。
一歩退けば、二歩踏み込んでるような相手だ。
後退はできない。
神速の斬撃。
なんとか右に流す。
体勢が崩れたかに見えた青騎士が、そのままくるりと一回転し、遠心力まで利用して胴打ちを繰り出す。
むしろ崩されたのは私か。
「なんとぅ!」
さがれない。受けられない。踏み込めない。
上しか逃げ場がなかった。
大きくジャンプした私を、追尾するように剣が襲う。
「跳べば死角だぞ」
「知ってますよ!」
地面から足を離してしまえば、それ以上速くは動けなくなる。
足場がないから軌道も変えられない。
そんなことは百も承知。
「なにぃっ!?」
驚愕の声はライザック卿の口から。
足場ならね。あるんだよ。
ライザック卿の剣っていうね。
追いかけてきた剣を一瞬踏んで、もう一度跳んだ私は、青騎士からやや離れた場所に着地した。
「……とんでもないことをする御仁だな。卿は。まさか自ら剣を踏むとは」
「どんな刃物でも斜に引かねば斬れないものです」
いやまあ、ジョスト用の剣には刃がないけどね。
競技だからって使った技ではないってことを言いたかったんだよ。
「言うのとやるのでは、天地ほどの開きがあるだろうがな」
苦笑したライザック卿は、すぐには攻撃してこない。
大きく肩で息をしている。
一連の攻防で、かなり疲労したのだろう。
もっとも、それは私も同じ。
このレベルの相手と戦うとなると、一瞬の判断ミスで勝負が決まってしまう。
だから、体力もさることながら、精神力の削られかたが半端じゃないのだ。
じりじりと間合いを詰めるライザック卿。
どうしようかな……。
必殺技が防がれちゃったから、私の打てる手ってあんまり残ってないんだよな。
未完成だけど使うしかないかぁ。
右手の剣を逆手に持ち替える。
「速度を最大限に活かすために、振り抜こうということか」
「ばれましたか」
ほんとね。
可愛くない相手ですよ。青騎士どのは。
左手を前に、右腕を身体の後ろに隠す。
さて、いけるかな?
「勝負!!」
「きませい!!」
迎え撃つ姿勢のライザック卿との距離を半歩で詰める。
すでに最高速だ。
そのまま回転するように剣を繰り出す。
中段ではなく、下段から掬いあげるように。
逆手の剣が下から出てくるとは、さすがに思わないでしょ!
ライザック卿の防御姿勢がわずかに崩れた。
たぶん最初で最後の好機!
ここで決める!
「おぉぉぉぉぉ!!!」
「ぬぅぅぅぅぅ!!!」
戦士二人の雄叫びが重なり、澄んだ音が響いた。
きん、と。
陽光を照り返し、くるくると回りながら飛んでいった剣。
ほぼ半分の長さになったそれが地面に刺さる。
「あ……」
信じられないものを見るように、私は手に残った柄を見つめた。
防御が間に合わないと悟ったライザック卿は、なんと柄頭で私の剣を打ったのである。
奇跡のようなタイミングという他なく、私の長剣は真っ二つに折れてしまった。
武器喪失。
「勝者! 青騎士ライザック!!」
高らかに審判が宣言する。
「参りました。ライザック卿」
大きく息を吐き、私は敗北を認めた。
「なんの。卿が愛用の剣を使っていれば、負けていたのは私だろうよ」
青騎士が笑いかけてくれる。
それはお互い様ですて。
むしろ、魔法の品物の剣を使って斬り合ったら、どっちか死んじゃうから。
「良い勝負だったな」
右手を差し出すライザック卿。
かたく握りかえしながらも、私は偽らざる本音を口にした。
「正直、悔しいですよ。この試合に賭けてましたので」
将来をね!
「知っているさ。だから私も必死だった」
えー?
なにそれー?
「私も独身だからな。三つも年下の卿が先に結婚したら悔しいではないか」
ひっどい理由だよ!
むしろ誰から聞いたんだよ!
あいつか! やっぱりパリスかっ!
くっそくっそ!
ライザック卿なんか、猫のうんこでも踏めばいいんだ。
「最悪ですね。ライザックどの」
「ふふふ。卿の怨嗟は心地良いな。もっと言ってくれ」
「ばかあほまぬけ」
「子供か。卿は」
豪快に青騎士が笑う。
苦笑する私。
悔しさはあるが、後悔はない。
互いに本気で戦ったのだから。
出せる限りの力で、出せる限りの速度で、持ちうるすべての技で戦って敗北した。
恥じるべきなにものもない。
勝利とは、なんと得難いものだろう。
あーあ。
負けちゃったなぁ。
メイリーになんて言おうかな。
きっと彼女は笑って許してくれるだろうけど、そういう問題ではないのだ。
私にだって、ささやかなプライドはあるのである。
勝って迎えに行くと約束したからね。
あーあ。




