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収穫祭のできごと 3


 収穫祭のためにメイリーが用意した料理は、ピンチョという。

 まんま串焼きという意味だ。

 そこそこでっかい鉄串に牛肉を刺して、じっくり遠火で焼いただけのシンプルな料理なのだが、逆にシンプルだからこそ腕と素材と味付けがはっきりと判る。

(きじ)肉もブタ肉も良かったけど、結局は牛肉に落ち着いたね」

 開店を間近に控え、メイリーが笑う。

 私は大きく頷いた。

 彼女が用意した三種類のピンチョは甲乙(こうおつ)付けがたかった。

 雉肉も、豚肉も、こうするのが正解なんだといわんばかり美味さだった。

 そりゃ悩んださ。

 私だけでなく、ロバートもパリスもジェニファも。

 このうち一種類だけ選べなんて、苦行そのもの。

 雉肉の、あっさりとした中にも深みのある味わいも絶品だった。

 豚肉の、攻撃的なまでの旨みも最高だった。

 牛肉の、とろけるようでいて、なおも歯応えのある食感も至高だった。

 どれを選んでも血を見るような勢いだったのだ。

 そして私たちは選べなかった。

 選べなかったけど、じつは選んでいた。

 メイリーによって、ごく自然のうちに選択させられていたのである。

 最初、彼女は私たち全員に三種類を食べさせた。

 ちょっとというか、かなり小さめだった。

 当然のようにおかわりが要求された。

 そのときメイリーはそれぞれの皿に置くのではなく、大皿にピンチョを山盛りにして持ってきた。

 お好きにどうぞー、と。

 それが彼女の計算だった。

 三種類すべてを食べ終えた私たちが、四本目にどれを選択するか、ちゃんと観察していたのである。

 ほとんどの者が牛肉のピンチョを選んだ。

 そろそろ腹がくちくなってきたときにこそ、何が食べたいのかが如実(にょじつ)にあらわれる。

 空きっ腹なら、何を食べたって美味しいのだ。

 やはりメイリーはすごい。

 食べる人間が、何を食べたいのかを、見抜いてしまうのだから。

 まさに食の軍師だ。

「や。そんなたいそーなもんじゃないと思うんだけどね? 兄ちゃん」

 自分もどれを商品にするか決めかねていただけと笑う。

「どれを出しても、客は度肝(どぎも)を抜かれたでしょうけどね」

 苦笑するのはパリスである。

 うん。

 私もそう思う。

 ぶっちゃけ、三種類ぜんぶ売っちゃえよ! と思ったくらいである。

 仕入れと調理スタッフの数の関係で無理だったらしいが。

 なにしろメイリー軍団のほとんどは、自分の店を持っていたり高級店のシェフだったりするのだ。

 ずっと手伝っているというわけにもいかない。

 そうなると、メイリー以下数人で店を回さなくてはならないから、出せる料理だって限られてしまう。

白の軍(うち)から人を貸すってわけにもいきませんし」

 非常に心苦しげなパリス。

 私だって手伝ってやりたい。

 でもほら、王国正規軍が手を貸すわけにはいかないじゃん。

 ロバートとジェニファだけは、休暇扱いで手伝うけどさ。

 これだってけっこうグレーゾーンなんだよね。

「気持ちだけで充分だよ。ギュンターさん。それに案外売れないかもしれないし」

 自信なさげなことをいうメイリー。

 なんでそげんこというと?

 このピンチョ食わないヤツなんて、我が国の民じゃないよ?

「私は料理人としては無名だしねー」

「おうふ……」

 そうだった。

 王都コーヴに溢れる料理のうち、いくつかはあきらかにメイリーの研究から生まれている。

 しかし、彼女の名はいっさい伝わっていない。

 メイリー自身が拒否したのだ。

 誰が作り出したかなんてナンセンスだよ、と。

 そこに美味しい料理がある。それだけで充分でしょ、と。

 さすが私のメイリーだ。

 ものの道理というものをよく知っている。

 ただ、それがここにきて不利な要素となった。

 彼女の実力を知っているのは、プロフェッショナルたちだけ。

 あと、白の軍(うち)の連中だけ。

「ギュンター」

「御意」

 名前を呼んだだけの私に、副官が頷く。

 これだけで通じちゃうのもなんだかなって気がするけどさ。

 ほら、司令官と副官は以心伝心(いしんでんしん)なんだよ。

「なんか二人とも悪い顔してる」

 メイリーがつっこんだ。

 べつに悪いことは考えてないよ?

 ただ、非番の隊員たちがどこで食事を摂るかまで、私たちは関知しないってだけの話さ。

 お祭りがはじまる。




 我が女王(マイクイーン)が開催を宣言し、十日間にも及ぶ収穫祭がスタートした。

 こういう行事のときに挨拶するくらいしか、陛下の仕事がない。

 それはそれでけっこうなことではある。

 ことあるごとに国王が前に出ないといけないというのは、あんまり平和な国とはいえないから。

 と、ちょっと前までの私なら考えていただろう。

 我が国では、国王陛下が政治に興味を失われて、何代も経過している。

 実際に国を動かしているのは貴族と、その談合によって選出された大臣たちだ。

 これまで不思議に思ったことはない。

 だって、私が生まれたときにはすでにそういう状態だったからね。

 自分の生まれる前までさかのぼって、今の政治はおかしいと叫ぶほど、私は政治に興味を持ってこなかった。

 いまだって同じ。

 国に関わる者として無関心ではいられないが、私は一介の武辺(ぶへん)である。

 文官たちの領域にくちばしを突っ込むことはできない。

 のだが、しばらく続いた事件のことを考えると、寒心(かんしん)に堪えない。

 貧民たちが集まってできた村。

 血を残すために娘を犯した伯爵。

 魔族との契約を行った学生。

 なんというか、斜陽(しゃよう)の様相だ。

 本当に、この国はどうなってしまうのだろうな。

 巍然(ぎぜん)として屹立(きつりつ)する我が国があってこそ、大陸南西部の安定も保たれるというのに。

「三百年前の群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)に戻るというのか……」

「ピンチョの鉄串を片手に歴史を語る吟遊詩人騎士(トルバドゥールナイト)。絵にならなすぎて泣けてきますな」

「むしろ泣け。私のあだ名はこの際まったく関係ないだろう」

 ものすごい雑踏の大通りを歩きながら、私とパリスが馬鹿話を交わす。

 開催宣言と同時にメイリーの屋台に押しかけ、ピンチョを手に入れた。

 いやあ、仕事もしないで買い食いしているのは、誉れ高き四翼として忸怩(じくじ)たるものがあるけどさ、収穫祭の警備は王都守備隊(シティコマンド)の担当だしね。

 応援要請があればいつでも出られるようにはしているけど、四翼に表だった仕事はないんだわ。

 せいぜい馬上槍試合に出るくらいで。

「つーかあんまり食べ過ぎると試合に差し支えますよ? このあとすぐでしょうに」

「まだ一回戦さ。腹がきついくらいで負けていられないって」

「それを慢心というんです」

 警句めいた言葉を投げかけるパリス。

 失礼な。

 私は慢心などしていない。

 戦士が戦場に立つというのは、最高の状態で戦えるという意味だ。

 どんな言い訳だってできないのである。

 腹がきつくて負けたとしても、それはメイリーの責任ではなく、私の実力がその程度だったというだけの話だ。

「立派なセリフです。とても試合会場をこっそり抜け出して買いに行った人のものとは思えませんねぇ」

 うっさいうっさい。

 私が一番最初の客になりたかったんだい。

 それに、メイリーは自信なさげなことを言っていたけど、明日以降はたぶんすごい行列になって買えないと思う。

 となれば、初日にゲットするしかないじゃないか。

「さんざん試食したくせに」

「お前もなー」

 試食は試食。製品は製品。

 べつに私はパリスに一緒に来て欲しいなんて頼んでない。

 勝手についてきて、充分な量を確保したこいつに偉そうなことを語る資格なんてないのである。

 こほんと咳払いするパリス。

「まあ、ともかくご武運を。隊長」

「任せておけ」

 鉄串を持っていない手で握手を交わす。

 振り仰げば、王立闘技場の巨大な壁。

 歓声ともどよめきともつかぬものが響いていた。


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