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収穫祭のできごと 2


「おい! スインがいないぞ!」

「く……まさかスインまで……」

 三人の男が、身を屈めて言葉を交わす。

 視線は絶え間なく周囲をさまよい、握る剣の柄はじっとりと汗ばんでいた。

「どうするんだよユキ……このままじゃ……」

「焦るなタカ。俺たちはまだ三人いる。やれるはずだ」

「やれるったって、敵の位置すら判らないんだぞ」

 ぼそぼそと絶望的な会話。

「…………」

 沈黙を保っていた男が、すっと背を伸ばした。

「どうしたんだ? ミヤ」

「……もういやだ」

「お、おい」

「もう、こんなのはたくさんだ!!」

 突然、弾かれたように走り出す。

 不意を突かれた二人が手を伸ばすが、わずかに届かない。

 ミヤと呼ばれた男が路地に消え……。

「うわぁぁぁぁっ!?」

「ミヤぁぁぁぁ!!」

「バカ! いくなタカ! 敵の思うつぼだ!!」




「……なにやってんだ? あいつらは」

 訓練場で展開される光景に私は首を振った。

 額のあたりに右手を添えて。

「訓練ですよ。隊長」

 律儀にパリスが応えてくれる。

 うん。

 まあそうだろうよ。

 問題は、なんの訓練をしてるのかって部分だよ。我が親愛なる副官どの。

「寸劇?」

団体戦(トゥルネイ)のですよ。決まってるでしょう?」

 おい。さも当然のように言うな。

 私がバカみたいじゃないか。

 なにをどこからどうみたら、馬上槍試合の訓練に見えるってんだ。

 団体戦は、パリスが指揮を執ることになった。

 これは仕方がない。

 隊長みずから指揮する、というわけにはいかないから。

 どの軍も同じ。

 副官あたりが、二十名程度を指揮して争うことになる。

 ぶっちゃけ、たった二十人で取れる戦術なんかたかが知れているんだけど、まあ、あくまで遊びだからね。

 問題は、なんであんな演技をする必要があるのかって話である。

 普通に戦えよ。

 なんで市街戦を想定してんだよ。

 本番は、だだっ広い闘技場だよ。

 障害物とか、べつに配置されてないよ。

 そもそも、勇壮な騎士たちのぶつかり合いをこそ観客は望んでいるわけで、虚々実々の駆け引きが見たいわけじゃない。

 悲壮ぶった演技を見たいわけでは、もっとないだろう。

「いやあ」

 いやあじゃねえ。

「まともに戦って、青とかに勝てるわけないんで、演出的ななにかで話題をさらおうかと」

 ダメだこの副官。

 はやくなんとかしないと。

「演技賞とか、面白かったで賞とか、ないからな?」

「判ってないですね。隊長は。お祭りなんですから、目立ったもん勝ちですよ」

「お前さんは、目立つ方向性を間違っている」

 ちなみに、馬上槍試合(トーナメント)って名前だけど、べつに馬に乗って戦ったりはしない。

 もともとは騎乗していたらしいんだけど、百年くらい前から徒歩(かち)になった。

 たぶん理由は、騎乗だと一回の交錯で決着がついちゃうから。

 見ていても面白くないんだろう。

 観客なんて勝手なもんである。

 主催者もね。

 毎年いろんな趣向を凝らすから、けっこう盛り上がるのだ。

 あきらかにイロモノっぽいチームとかも出てくるし。

 反対に、純粋な武勇を競うのが個人戦(ジョスト)である。

 こっちは国中の腕自慢が集う。

 当然のように青騎士や赤騎士だって出てくるだろう。

 三連覇している私だが、楽勝という相手はいない。

 勝負は時の運、というのもまた事実だったりするのだ。

 しかも今年は、負けられない理由がある。

「優勝してプロポーズするんだ」

「あおった小官がいうのもあれなんですが、今から気合いを入れすぎない方が良いかと」

 やれやれと肩をすくめるパリス。

 気合い入れろと言ってみたり、入れるなと言ってみたり、忙しい男である。

「大丈夫だって。力が入りすぎて失敗するなんてヘマはしないから」

「と、小官も思いますがね。隊長だって人の子ですから」

 まあたしかにそれはその通りだ。

 目に見えるカタチでのプレッシャーなんて、じつはたいして怖くない。

 他人からの応援だったり、激励だったり。

 そういうのは、なんだかんだいって力になる。

 問題になるのは、自分の中での葛藤(かっとう)とかだ。

 良いところをみせようと思えば思うほど、意識は身体さばきを妨げる。

 考えてから戦って勝てるような生ぬるい相手は、ジョストの本選には出てこないから。

「普段通りで良いと思いますよ。隊長は充分に強いんですから」

「見た目で油断も誘えるしな」

「それは一回目だけですて。三回も優勝してるヤツに油断するバカはいませんよ」

 笑い合う。

 どことなく浮ついたムードだ。

 私もパリスも。

 なんだかんだいって、収穫祭が楽しみなのである。




 一月(ひとつき)ちかくも準備に時間をかけて、収穫祭はとりおこなわれる。

 もともとは、その年の豊饒(ほうじょう)を祝うお祭りだったが、祭りを楽しむための祭りになって久しい。

 なにしろ我が国には三百年の歴史がある。

 はじまりの理由とか、どんどん忘れられていくのだ。

 そんなものである。

「ていうか、私はてっきりロバートもエントリーするのかと思っていたよ」

 いつものロウヌ家。

 いつもどおり晩ご飯を御馳走になりにきた私は、酒杯を手にしたまま苦笑した。

 だって、くそオヤジ(ロバート)が私の優勝を阻むために出場するとか、いかにもありそうな話じゃん。

「でませんぜ。さすがに若い連中に混じって戦うのは、しんどいですからなぁ」

 苦笑するロバート。

 すげー元気に見えるけど、こいつもう四十代の後半なんだよね。

 そろそろ無理が利かなくなってきてる。

「若とのタイマンなら、いつでもいけるんですがねえ」

 若い騎士たちを何人も撃破してから私と戦う。それだけでもきっついのに、勝ったからって終了じゃないのだ。

 決勝戦でもない限りは。

「まあ、例年通りなら十回やそこらは戦わんといかんでしょ。身体が保ちませんや」

 こればかりは仕方がない。

 ロバートほどの戦士でも、年齢には勝てないから。

 瞬間的な力はともかくとしても、連戦というやつはとにかく体力勝負だ。

「ジョストでお前と戦えないのは残念ではあるけどな」

「べつに若となら、庭で戦ってもかまわんでしょ」

「いやあ、大会なら事故を装って殺せるじゃないか」

「……言うようになりやしたね。若。俺から一本も取れずぴーぴー泣いてたガキが、立派なもんですぜ」

「ふふふふ……いつまでもあの頃と同じと思うなよ……」

「くくくく……若が強くなったんじゃねえですぜ? 俺が弱くなったんでさあ」

 あやしげな笑いを浮かべながら睨み合う。

 非常に心温まる関係だ。

「むしろ貴殿らは、毎日毎日仲良くケンカして、よく飽きないものだな」

 呆れたように口を挟むのはジェニファである。

 こいつはこいつで、正式に白の軍の一員になったくせに官舎に引っ越すこともなく、ロウヌ家に居座り続けている。

 なんでもー メイリーの護衛も兼ねてるんだってさー

 ぜってー嘘だよな。

 官舎のまずいメシと、メイリーご飯を秤にのせただけだよな。

「くそ。私が女だったらメイリーと一緒に住めるのに」

「それだと結婚できないのではないか? ウズベル卿」

「しまったっ!」

「貴殿はたまに……いや、頻繁に阿呆だな」

 ひどい。

 あとくそオヤジ(ロバート)。声を殺して笑うな。

 お前ら仲良すぎだから。

 筋肉連合かよ。

「ともあれ、護衛というのは本当だぞ。ウズベル卿にとってのアキレス腱はメイリーだからな」

「ぬ?」

 アキレス腱ってなに?

 たとえがわかりにくすぎる。

「ようするに、メイリーを人質に取られたら、貴殿はどんな要求でも呑むだろうということだ」

 当たり前だ。

 それ以前の問題として、彼女に危害を加えようなどとしたら、八つ裂きにした上に燃やしてから下水に流してやる。

「そういうザマにならないようにわたしがいるのだ。ロバートどのはお強いが、なんといっても男性だしな。四六時中ついてまわるというわけにもゆくまい」

「おおう。そうだったのか。すまないジェニファ。私が浅慮だったようだ」

「お気になさるな。これも客将の務めというもの。だが、謝意を示してくれるなら、今夜の食事につく三本の串焼きのうち、一本をわたしに譲るというのはどうだろうか」

 え?

 串焼き?

 今夜串焼きなの? 新メニュー?

 それを譲れというのか……。

 鬼畜めっ!

 厨房の方から、なにやら香ばしい匂いが漂ってくる。

 あ、お腹鳴りそう。


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