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キケンなオンナたち 5


「抜かないのですか。ウズベル卿」

 風がざわざわと下草を鳴らす。

「女性を斬る剣を、私は持ちませんので」

「甘いことを!」

 言葉とともにぐんと踏み込むアイシア嬢。

 なかなかに鋭い。

 斬撃ではなく刺突を選択したのも良い判断だ。

 非力な女性では、力の乗った一撃というのは難しいだろうから。

 しかし、

「甘くなどありません」

 半歩だけ横に動いて回避し、伸びきった彼女の腕を脇に挟む。

 自慢っぽく聞こえたら申し訳ないが、私の戦闘力は高い。

 最強を謳われる青騎士どのでも、一対一と限定すれば私には勝てないだろう。

「もうおやめなさい。アイシア嬢」

 くいと腕に力を入れ、令嬢の肘関節をはずす。

 響き渡る悲鳴。

 細剣が芝の上に落ちた。

「いくら私が優男でも、ちょっと剣技をかじった程度のお嬢様には負けませんよ」

「殺しなさい!」

「嫌ですよ。どうして自殺の手伝いをしないといけないんですか」

 苦笑しながら解放する。

 アイシア嬢の右腕は、だらりと垂れ下がったままだ。

 (けん)は傷つけてないと思うけど、なるべく早く戻した方が良いだろう。

 脱臼はクセになるしね。

「なぜ……」

「有能なスタッフたちのおかげです。なんの情報もなく私がここにきたとお思いですか?」

 歩み寄り、令嬢の腕を戻す。

 今度は悲鳴をあげなかった。

 気丈な女性である。

「そもそも、貴女が私に好意を抱いている、という話が唐突すぎました」

 ほとんど面識がなく、言葉を交わしたのだって一、二度あるかないか。

 これで思いを寄せるとか、ちょっとリアリティがない。

 一目惚れを云々(うんぬん)できるほど幸福な世界に、貴族たちは生きていないのである。

 だから、私の容姿に惚れたという可能性はゼロだ。

 となれば残る可能性は政略しかない。

 そして白の軍の隊長を抱き込む政略とはなにか。

 パリスもジェニファも、王国に対する反逆を疑った。

 白の軍にアクセル伯爵軍。合すれば二万近くにはなるだろう。

 この武力を背景に、王国政府に対してかなり強気な要求をすることができる。

 私も当初はそう思っていた。

 しかし、またしてもメイリーがヒントをくれたのだ。

 アイシア嬢が、街の中で暴虐な振る舞いをしているという噂がある、と。

 私の前では公正で人徳に溢れる様子だったのに。

 猫をかぶっていただけ、と、結論づけそうになった私は、メイリーの言葉を思い出した。

 自分には政治のことはわからない、と。

 つまり彼女は、特権的に情報を得られる立場にはない。そんなメイリーがキャッチできる噂というのは、かなり広い範囲に流布(るふ)していると考えるべきである。

 私の前でだけ猫をかぶったところで、無意味なほどに。

「ようするに貴女は、私に嫌われようとした」

「…………」

「動機が判りませんでした。もともと知己でもなく、接点すらない私にわざわざ近づき、その上で嫌われることに、なんの意味があるのか」

 答えが出たのは、口上とともに彼女が斬りかかってきたときだ。

 父のように殺されるか、従うかを選べ。

「貴女は父殺しの大悪人として斬られようとした」

 そのために悪逆無道なおこないを、他人に見せつけた。

 意中の男性の前では良い子ちゃんぶっている、という姿を印象づけた。

 悪女として。

 すべて私に斬られるための土台作りだ。

「妾は父を殺しました。断罪なさい。ウズベル卿」

「その役に、どうして私を選んだのか謎だったのですが、やっと判りましたよ。貴女も、私を潔癖な優等生だと誤解していたクチですね」

「…………」

 父殺しの悪女というだけで、あるいは自分を騙した女というだけで、あっさりばっさり斬り捨ててしまうような堅物(かたぶつ)

 法と正義の使徒。

 そう思われていたのだろう。

 だから私が選ばれた。

 アイシア嬢を断罪し、殺す者として。

 回りくどいやり方だ。

 父殺しの罪を償いたいなら、普通に申し出れば良い。

 王国政府が、適切な罰を下すだろう。

 具体的には、アクセル伯爵家は除封改易(じょふうかいえき)。いわゆるお取り潰しだ。

 しかし、それをアイシア嬢は選択できなかった。

「弟御や妹御のため、さらには家臣たちのため。アクセル伯爵家が完全に消滅するのは避けたかった。違いますか?」

「…………」

 伯爵令嬢は応えない。

 私も重ねて問おうとは思わなかった。

 沈黙こそが雄弁に事態を語っている。

 減封(げんぷう)されたとしても、降爵(こうしゃく)されたとしても、とにかく少しでも領地を残さなくては、家臣団もその家族も路頭に迷ってしまう。

 だからアイシア嬢は、すべての罪を一身に背負おうとした。

 私に判らないのは、これほどの謀略の才を持ち、これほどの覚悟を持った彼女が、どうして父殺しなどという凶行に及んだのか、ということである。

 もちろん、やむにやまれぬ事情があったのだろうが。

「……父は、妾を犯しました」

「な!?」

 ぽつりと呟いたアイシア嬢の言葉に、私は息を呑んだ。

 いま彼女はなんと言った!?

「嫡子である弟は体が弱く、知恵も遅れていましたから」

 砂を咬むような独白が続く。

 ごく幼い頃から、アイシア嬢は言われて育った。

 お前が男だったなら、と。

 ようやく生まれた男児が、凡庸(ぼんよう)ということすらできないような弱い子供だったから、アクセル伯の苦悩はより深みを増していった。

 そしてついに、彼の精神は薄闇の領域に踏み込んでしまう。

 才幹に溢れたアイシア嬢に、自分の子供を産ませようと。

 鬼畜の所行だ。

「なんということを……」

 それでもアイシア嬢は、しばらく耐えていたらしい。

 しかし、父の口から、もし子供が生まれたら、弟を廃嫡(はいちゃく)して殺すというおぞましい計画を聞いたとき、彼女の中で何かが弾けた。

「どうやったのかは憶えておりません。気がついたときには妾の手に懐剣があり、血まみれの父が倒れておりましたわ」

 アイシア嬢の瞳に涙はない。

 そんな状況は、とうに過ぎてしまっているのだろう。

 アクセル伯は死んだ。

 その瞬間に、彼女がアクセル伯爵領のすべてを背負うことになった。

 むろん、アクセル伯の死を王国政府に報せないわけにはいかない。だが事実を報告するわけにもいかない。

 父が娘を犯し、その結果として殺されたなど。

「妾が選んだのは、父を殺して権力を奪い、白の軍をも抱き込んで、王国に対して無謀な挑戦をおこなおうとした、気の狂った悪女です」

「そして私は、その悪女を野望の途中で打ち倒す勇者に選ばれた」

遵法(じゅんぽう)精神ゆたかな御仁と聞き及んでおりましたので」

 渇いた笑いを浮かべるアイシア嬢。

 野心のために近づいた女を、私が捨て置くはずがないと読んだのだろう。

 なんとも嬉しくなるような評価である。

 私はそこまで正義漢ではない。

 大きく息を吸い、吐き出す。

 正面からアイシア嬢を見つめた。

「貴女のプランをそのまま進めさせることはできません」

「…………」

「それでは、あまりにも貴女が救われない。ゆえに、別のストーリーを走らさせてもらいます」

「ウズベル卿?」

 うなだれかけた彼女が、きょとんと顔を上げる。

「すでに我が軍が対抗情報戦をおこなっておりますので、それを少しアレンジすれば体裁が整うでしょう」

「何を言って……?」

「アクセル伯は急な病にて逝去(せいきょ)。嫡子はまだ幼かったため長女のアイシア嬢が一時的な後継となる。しかし、なんといっても彼女は女性である。そこに目を付けた白の百騎長が接近する」

 もちろん、アクセル伯爵家の財力と兵力を我がものとするために。

 ついでに美しい令嬢も手に入れるために。

 なにしろ白の百騎長には有力な門閥貴族の後ろ盾もなく、出世競争において他の四翼よりも不利な立場にあったから。

 ウズベル・オルローという鬼畜は、様々な噂を流して伯爵令嬢を追いつめていった。

 そしてある日、ついにアクセル伯の屋敷へと出掛けてアイシア嬢を自分のものにしようとする。

 しかし、そこに待っていたのは、覚悟を決めた令嬢であった。

「ウズベルとかいう慮外者(りょがいもの)は、思い切り平手で頬をぶたれ、ほうほうの体で逃げ出した。というあたりが、喜劇としてもオチが付いて良いでしょうね」

 不器用に片目をつむってみせる。

 すべては噂だ。

 どこにも証拠はない。

 しばらくの間、私がちょっと笑い者になるだけ。

「ウズベル卿……あなたという方は……」

 アイシア嬢の顔に浮かぶ泣き笑い。

 うんうん。

 泣くほど面白かったなら、重畳(ちょうじょう)だよ。


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