キケンなオンナたち 4
噂が立った。
私こと白の百騎長たるウズベル・オルローと、アクセル伯爵の長女であるアイシア嬢が恋仲である、という噂だ。
不思議なことに、軍と貴族の癒着を危惧する声はあがらなかった。
それどころか、宮廷人たちは概ね好意的に、微笑ましく見守っているという雰囲気だ。
「知謀に優れ、剣士としても勇名高き吟遊詩人騎士と、宮廷の名花と称えられるアクセル伯爵令嬢アイシア。まさに知勇と美の競演。もしふたりに子が生まれれば、どちらに似ても美しく聡明な子だろう」
「どんだけ先走ってるんだよ」
宮廷に飛び交う噂を集め、報告してくれたパリスに、私は苦い顔を向ける。
恋仲どころか、私はアイシア嬢に指一本ふれたことなどない。
なんで子供が云々って話になるのか。
「判るでしょう? 隊長なら」
「まあな。流された噂ってことだろう」
自然発生したものではない。
なんらかの意図があって、人々の興味と思考を誘導するためにコントロールされた噂である。
だいたい、世に飛び交う噂なんてもんには、願望とかも含まれているのだ。
こうだったら面白いな、という。
で、本質的に人間は、幸せ一杯ですって話より、誰と誰が別れたってよ。というゴシップの方を好む。
私とアイシア嬢が恋仲? だから?
ってのが、わりと普通の反応だろう。
それが、揃いも揃って祝福ムードってのは、どう考えてもおかしい。
「退っ引きならない方向へ追い込む、というのが目的のひとつでしょうね」
「私としては、選ばなくてはいけないわけだ。噂通りにアイシア嬢と接近するか、それとも完全否定して伯爵家と険悪になるか。どちらも楽しい未来図だなあ」
「どうしてどうして。女にしておくのは惜しいほどの謀略の才ですな」
で、と視線で促すパリス。
時間をかければ状況は悪くなるだけ。
私がどちらを選択するか、副官は問うている。
「好きでもない女性とお付き合いできるほど、私は器用な男ではないよ」
「それを聞いて安心しました。対抗情報戦を開始します」
噂に対するには噂。
この場合、最初の噂を否定するのは意味がない。
かえって信憑性をあげるようなものだ。
だから、否定するのではなくかぶせるようなカタチで危機感を煽る。
これが基本方針である。
白の軍がアクセル伯爵と結んで、勢力拡大を狙っているとか。
娘は人身御供に差し出されたとか。
あんな細い優男に嫁がされるなんて可哀想とか。
きっと艶本みたいにいやらしいことをされるに違いないとか。
私が夜なべして考えたのだ。
まあほら、アイシア嬢を悪役にするのはダメだろ? 男としてさ。
泥は全部、私がかぶるよ。
「ああ。いっときますけど隊長。うしろ二つは使い物になりませんからね」
「なんでだよ! せっかく考えたのに!」
「あんまこういうこと言いたくないんですがね。隊長モテますからね」
そんな嫌そうにお世辞をいわなくても良いのよ。
無理に。
私がモテるわけないだろうが。
そんくらい知ってんだよ。
け。
「……処置なしか。仕方ないけど。こいつ昔からメイリー嬢しか目に入ってねえもんなぁ……」
聞こえない声でぼそぼそ言ってる。
「ん? なんて?」
「なんでもありません。とにかく、上のだけで充分ですから。わざわざ隊長の容姿や性的嗜好を暴露せんでも大丈夫です」
「変な趣味はないぞ?」
「はいはい。知ってますよ。つまんねーくらいにどノーマルですからね。アンタは」
「あれ? バカにされた?」
「じゃ、小官はとっとと仕事にかかりますんで」
すいーっといなくなってしまう副官。
ホントさ、私くらいナイガシロにされてる隊長っていないと思うんだよ。
パリスにいじられ、ロバートにちょされ、ジェニファに呆れられ。
なんて可哀想なヤツなんだっ!
私がメイリーだったら、すぐに結婚してあげるくらい可哀想だよっ!
……むなしい。
ひとりしかいないオフィスで、私はなにをやっているのだ。
私は私の仕事をしよう。
情報工作はパリスが万事ぬかりなくやってくれる。
その間に、私はアイシア嬢に会わなくてはならない。
そして、どうしてこのようなことをしたのか問い質さなくてはならない。
私への好意が原因であれば、はっきりとお断りしなくてはいけないし、もし政治的な思惑があるのなら、それなりの対処をしなくてはいけない。
嫌な仕事だ。
しかし、こればかりは他人にやってもらうことはできないのだ。
アクセル伯爵家の上屋敷は、貴族街と呼ばれる一角に存在する。
もちろん本邸ではない。
居城は当然のように所領にあるので、上屋敷というのは王都に滞在するときの別荘のようなものだ。
たいていの貴族はこれを持っている。
王都にきたときはホテルですごすよーん、って人もいないわけではないのだが、やっぱりバカにされちゃうのだ。
上屋敷を立てるお金もないのん? と。
で、いろんな貴族が見栄を張り合った結果として、貴族街の屋敷はどれも立派だ。
ただし、成金趣味ではない。
閑雅にして豪華というやつで、なんというか、見えないところにこそお金を使うって感じである。
馬鹿馬鹿しくならないかな?
ともあれ、アクセル伯の屋敷は、べつに豪華でも壮大でもなく、普通の屋敷だった。
まあ、周囲に比べて普通というだけなので、たとえば私の屋敷の十倍くらいは金がかかっていそうではある。
しかたないよね。
私ただの騎士だし。
門を守る兵に来意を告げる。
ちなみにこの人たちは王国軍ではない。貴族たちが各々の財力によって雇用している私兵だ。
公的にはアクセル伯爵軍と呼称される。
私とは命令系統が違うため、白の百騎長だから顔パス、というわけにはいかないのである。
普通は使者を送って、まず面会日を調整するものだから、下手をすると追い返されちゃうかもしれない。
そういうことにはならないだろうけどね。
待つことしばし。
屋敷の中に消えていた私兵が戻ってくる。
「お会いになります。どうぞこちらへ」
「痛み入ります」
丁寧な物腰の兵士に案内され、私はアクセル伯爵邸の前庭へと足を踏み入れた。
ここから先は、王都であって王都ではない。
アクセル伯爵領にいるのと同義だ。
王国軍といえども、強制捜査などには相当に煩雑な手続きを必要とする。
その前庭に立つ人影がひとつ。
「そろそろ来る頃だと思っていましたわ。ウズベル卿」
あるかなしかの風に揺れる金髪と、強い光を放つ緑の瞳。
先日との違いは、彼女がまとっている服装だろうか。
ドレスではなく動きやすい乗馬服で、腰には剣を佩いている。
「私がくるのが判っていたような口ぶりですね。アイシア嬢」
「妾の使った策を読めない程度ならば、それまでの殿方だと思いました。そして、そうはならないだろうと」
大輪の花がほころぶような笑み。
この上なく不吉なもののように、私には思えた。
「買いかぶりですよ。私個人としては、すっかり騙されていましたからね」
気付いたのはパリスだし、善後策についても、ロバートやジェニファ、メイリーの知恵を借りている。
私ひとりでは、ここまで辿り着けなかった。
「優れたスタッフを集め、使いこなすのも将の器というものでしょう」
そおかなぁ?
いつもいじられているだけとしか思えないんだけどね。
もちろん、内心のつっこみを口に出すことは避けた。
とてもそういう雰囲気ではなかったので。
「アイシア嬢。貴女は結局、なにをしたいのですか?」
「それを問いますか。いまさら」
「むしろ、いまだからこそ、判らなくなっています」
私を待ちかまえているのは、アクセル伯爵その人だと思っていた。
しかし、庭に立っていたのはアイシア嬢で、しかも武装している。
わけがわからない。
「判らないのではなく、認めたくないだけなのでは? 妾が父を殺し伯爵家の実権を奪ったなどと」
美女の唇が半月を描く。
音高く、剣の鞘がはらわれた。
「ウズベル卿。貴方にも選ばせてあげましょう。妾と組むか、このまま帰らぬ人となるか」




