キケンなオンナたち 3
自分ではまったく意識したことがないのだが、私は保身に無関心すぎるらしい。
その夜、ロウヌ家を訪れた私は、ジェニファに指摘された。
「個人としては美点だが、組織人としてははっきりと欠点だろうよ。それは」
「いやいや。私はけっこう気を使っているつもりだよ?」
上役には礼節をもって、同僚には敬意をもって、部下には親愛をもって接してるじゃん。
パリスには優等生だとバカにされてるくらいなんだぜ。
「そういう次元の話ではない。貴殿は、他者、とくに異性から自分がどう見られているかを知るべきだろう」
「むう?」
「判らぬなら良い。問うたわたしが愚かだったようだ」
やれやれと肩をすくめる客将。
なんだよ。
副官と同じ表情してやがるよ。こいつまで。
「苦労しておられるな。ロバート卿」
「だべ?」
横に視線を投げるジェニファと、大きく頷くくそオヤジ。
なんで君たちは連合しているんだ?
筋肉オヤジと筋肉女。
筋肉同盟か?
やはりジェニファをロウヌ家に預けたのは失敗だったかもしれない。
当初は私の屋敷に住まわせるつもりだったのだ。
まさか軍の官舎ってわけにはいかないから。
なんといっても、私の客将だしね。
ところが、ロバートが申し出てくれたのだ。
私と父上しかいないオルロー家では何かと不便だろうから、年頃の娘がいるロウヌ家で預かろうと。
これにジェニファは飛びついた。
そりゃね! ロウヌ家なら毎日メイリーご飯が食べれるもんね!
私だってここに住みたいわ!
くそオヤジを始末してからな!
「わたしがこちらを選択した理由すら、判っておられぬのだからな」
「まあ、若だしな。しゃーないぜ」
聞こえてるぞ。
本人のいる前で悪口はやめたまえ。
傷つくじゃないか。
私が泣いたら、ちょっと鬱陶しいぞ?
「思うに、メイリーが原因のひとつなのではなかろうか」
「俺もそれを考えないじゃなかった。若の思考法はメイリーすごいで七割くらい占められてるからな」
「なんだお前ら。メイリーの悪口は許さんぞ。私の悪口なら笑って流してやるが、それだけは絶対に許さん」
場合によっては斬って捨てる。
という意志を眼光に込めて睨んでやる。
「……ああ。これダメなやつだな」
「……うん。あかんやつだ」
頷きあってる。
なんなのだ。いったい。
「おや? 兄ちゃん。またきてたんだ。ここんとこ、毎日きてない?」
ひょこっとロバートの私室に顔を出したメイリーが笑う。
「暇なの?」
「暇じゃねーよ」
「じゃあ私に会いたくてきてるんだ。ふひひひひ」
「間違っていないが、その下品な笑い方はなんとかならんのか?」
「ぶひひひ?」
「それではブタだろうが」
いつもの馬鹿話。
なんだかんだいって、私はこのスタンスを気に入っている。
またしてもロバートとジェニファがため息をついた。
あれだよ? お前たち。
ため息ばっかりついてると幸せを逃がすぞ?
まあ、私がロウヌ家を訪れたのは、一応は謝罪のためである。
伯爵令嬢と不用意にお茶を飲んでいたため、おかしな噂が立ってしまうかもしれないから。
「ふーん。アクセル伯爵のご令嬢ねえ」
場所を大食堂に移し、食事をしながらの会話となった。
同席しているのは、私たち四人の他に、ロバートの妻とメイリーの弟が二人。
ようするに彼女は四人兄妹の上から二番目なのだ。
ロウヌ家はけっこう子福者である。
一人っ子の私には、羨ましい限りだ。
「知っているのか? メイリー」
「面識はないよ。向こうは伯爵令嬢だし、私は一介の騎士の娘だし」
接点があろうはずもない。
ただ、と、メイリーが付け加える。
私と相対したアイシア嬢の態度が、彼女の知っている噂と符合しない、と。
「そうなのか?」
「あくまで噂だよ。私が実際にみたわけじゃないからね。街で庶民を乗馬鞭で叩いたとか、料理屋のご飯が美味しくなくって匙を投げつけたとか」
「なんだその無法者はって話だな」
私は肩をすくめてみせ、やや悔いるような顔のメイリーの頭を撫でた。
他人の悪口を言ったようで、心が痛いのだろう。
彼女はそういう人間だ。
しかし、メイリーの話が事実だとすると、サロンでの行動はおかしい。
私には、アイシア嬢がそんな暴虐な人物とは思えなかった。
「猫を被っていただけでしょうよ。にゃーん」
気色悪い声で、ロバートが鳴き真似をする。
かなり気持ち悪い。
斬るべきだ。
「演技していたということか? いくら私でもそのくらいは看破できるぞ?」
「そおですかねえ?」
にやにやと笑うくそオヤジ。
「じゃあ、決を採ってみましょうかい。若なんかに女の嘘を見破れるわけがねーって思う人、挙手」
私なんかって、なんてひどい設問だ。
こんな可哀想な多数決、初めて見たぞ。
あと、こんなひどい結果も初めてだ。
私以外のすべてが挙手してるんだもん。
ジェニファやメイリーだけでなく、弟たちまで。
敵ばっかりだ!
「最も民主的な方法で、若が唐変木だと決まりましたぜ」
「ただの数の暴力だろうが!」
「まあまあ、ウズベル卿」
まるで平和主義者みたいになだめてるけどさ、ジェニファ。
きみも賛成票を投じたひとりだからね?
「なんの思惑があって件の伯爵令嬢が貴殿に接近したのかは判らぬ。単なる貴族のご婦人の火遊びなれば気に病む必要はなかろう。適当にあしらっておけば、そのうちウズベル卿の残念さに呆れて去ってゆくだろうからな」
またれいジェニファ卿。
聞き捨てならない言葉が混じっているぞ。
私のなにが残念なのか。
顔か?
筋肉か?
く。心当たりがありすぎる。
「問題は、真剣な恋愛感情を抱いている場合だ。立場や地位に関係なく炎というのは燃え上がるものだからな」
む?
判りにくい。
どういうこと?
助けを求めるようにメイリーを見る。
「身分が違うからって諦めちゃうような恋は、そもそもホントの恋じゃないんだよ。兄ちゃん」
「そうなの?」
「本気で好きなら奪いとらなきゃ。駆け落ちしなきゃ」
「それはお前の読んでる物語のなかだけじゃないか? ちょっと現実的じゃなさすぎると思うぞ」
「それ。その現実ってやつ。そういうのが見えてるうちは、変な行動をしないってのをジェニファは言ってるのよ」
「なるほどな……」
回りくどかったが、理解はできた。
アイシア嬢が、どうしても私を手に入れたいと考えれば、貴族と軍の間に軋轢を生む。
抱き込もうとしても、あるいは逆に入り込もうとしても。
「むろん、本人というより伯爵自身の意志が問題になろうがな」
思慮深げにジェニファが腕を組んだ。
「探ってみる必要があるだろうね」
先手を取られた。
パリスではないが、明日には噂が広がっているだろう。
もしアクセル伯爵が軍との繋がりを欲しているか、それとも忌避しているかで対応が異なってくる。
ことが政略の範囲となれば、十五、六の小娘に出番などない。
面白くもおかしくもないが、娘という存在自体が政略の駒でしかないのだから。
「伯爵の方はそれでいいとして、令嬢はどうするんですかい? 若」
問いかけるロバート。
「放っておいていいんじゃないか? 会えば噂になるというなら、会わないのが一番だろう」
「そういうと思った。冷たいもんですな。若は」
やれやれと肩をすくめるが、くそオヤジの目は笑っている。
だって、どうしても会いたい相手ってわけじゃないし。
手紙とかきても、無視しちゃえばいいじゃん。
「白騎士に好かれたくて小細工までした女性に、無体な仕打ちではあるがな」
ジェニファまで笑ってるし。
「私は君子なので、危うきには近寄りたくないんだよ」
「でもさ、兄ちゃん。アイシア嬢って、冷たくされたからってそのまま諦めちゃうような人なの?」
「さあ? ちょっと話しただけだし、為人まではわからないな」
「良く判らないのに退いちゃうんだ。なんか兄ちゃんらしくないね」
む。
たしかにメイリーの言うとおり。
戦略家としての私は、情報というものに非常に重きを置く。
知らないというのは、攻防いずれの選択肢も取れないというのと同義だと思っているのだ。
「振るならさ。きっちり振ってあげなよ。中途半端な優しさなんて、かえって残酷だよ?」
真剣な顔の妹。
なぜか、少しだけ哀しそうに見えたのは、私の気のせいだろうか。




