彼女は天然! 1
彼女は、まるで玉のような赤子であった。
初夏の日差しのなか、はじめて彼女にまみえた私は、まるで天使が舞い降りたように思ったものだ。
幾ばくかの時が流れ、彼女は成長した。
玉のような赤子から玉のような幼女へと。
さらに玉のような少女へ、玉のような淑女へ。
うん。
なんでずっと形容詞が変わらないのだろうな。
自分で論評していて哀しくなってきた。
さて諸兄。お初にお目にかかる。
私の名はウズベル・オルロー。
王都コーヴで騎士などをやっている。
いちおう、百騎長という過分な地位をいただいているが、このあたりはどうでもいい。
問題は私のことではなく、彼女のことなのだ。
メイリー・ロウヌ。
御歳十七歳。
私の七つ年下で、ついでに部下の娘だったりする。
普通に考えれば、どこかに嫁いでいてもまったくおかしくない年齢なのだが、浮いた噂のひとつもない。
いくつか理由がある。
彼女の容姿が、あまり万人受けはしないというのもあるだろう。
くすんだ鉄灰色の髪も、同色の小さな瞳も、ころころとふくよかな肉体も、美人というカテゴリには入らないかもしれない。
事実として、メイリー自身が外見にほとんどこだわらないという事情もあったりする。
他の令嬢のように、着飾ったり化粧をしたりとか、そういうことにぜんっぜん興味がないらしいのだ。
令嬢以前の問題として、年頃の娘さんとしてどうなんだって話である。
代々続く王国騎士の娘なのに、そのへんの町娘とまったく変わらない格好で市場をうろうろする。
これを娶りたいと思う騎士や貴族は、いるのかもしれないがかなりの少数派だろう。
たとえば私のように。
たしかにメイリーは、我が女王陛下のような秀でた容姿はもっていない。
陛下が大輪の名花だとすれば、彼女は道ばたに咲く名もなき草花にすぎないだろう。
しかし、それはメイリーが魅力的な女性でないということと等号で結ばれない。
けっして派手ではないが、明るく、前向きで、真摯で、そして努力する。
私は彼女の良いところを、たくさん知っているのだ。
「娘は、やれませんなぁ」
「ぐ……」
こいつもメイリーが結婚できない原因のひとつだ。
すなわち、彼女の父親たるロバート・ロウヌである。
私が率いる部隊に所属する騎士の一人で、けっこう昔からの付き合いだ。
具体的には、私が生まれたときから。
ようするに彼は、もともと私の父に仕えており、私の傳役だったのである。
ぶっちゃけ頭が上がらない相手だ。
頭が上がらないから、下げるしかない。
「……理由を聞かせてもらおうか。ロバート」
なおも私は食いさがる。
一大決心をしてロウヌ家を訊ねたのだ。本人どころか、その前段である親に負けてすごすごと帰るわけにはいかない。
ちなみに本人よりもまず親に話を通すというのは、貴族社会の常識である。
市井の一庶民ならばともかく、それなりの地位にある者には、それなりの手順が求められる。
結婚というのは家と家の結びつきだから、当人同士が勝手に進めちゃうというわけにはいかない。
「え? だってこんな優男に嫁がせたら心配ですし」
「優男いうな! お前がドワーフみたいにムキムキなだけだろうが!」
思わず怒鳴ってしまった。
私だって気にしているのだ。
体質なのか、どれほど鍛えても私の肉体は細い。
同僚や、目の前の変異ドワーフみたいなおっさんのようにはムキムキにならないのだ。
宮廷でささやかれるあだ名は吟遊詩人騎士。
やかましいわ。
私は宮廷楽士などではない。
細面も、金色の巻き毛も、私の責任ではないのだ。
「だいたいですよ。若。王国の四翼のひとつ、白の軍の隊長ともあろう御仁が、乳兄妹を娶るってのは、なんぼなんでも世間が狭すぎやしませんかい?」
「ぐ……」
「若さえ望めば、伯爵家くらいなら令嬢を差し出すでしょうよ」
政略結婚というやつだ。
自分でいうのも気が引けるのだが、私は王宮内においてそれなりの地位にある。
爵位こそもっていないものの、王国軍の四分の一を率いるという栄誉に預かっているのだ。
しかも、その四人の隊長のうちで最年少だし、将来は軍務大臣という顕職も確実だろうといわれていたりする。
戦死とかしない限り。
ゆえに、我がオルロー家と縁を結びたい貴族は、少なくはない。
「そんな愛のない結婚は嫌だ」
「なにガキみたいなこと言ってんですか。あんたは」
「だいたい私は、彼女が七つのときに約束したのだ。将来は私に嫁いでくれると」
「それなら俺だって、メイリーが三つのときに約束しましたぜ。将来はパパのお嫁さんになるのーって」
「そんなものは子供のタワゴトだろうが!」
「若のだって同じでしょ!!」
私とロバートの視線が絡み合い、バチバチと火花を散らす。
互いの手が、そろそろと自分の腰のあたりをさまよう。
一触即発だ。
と、まて私。冷静になれ。
ここでロバートを斬っても、事態はまったく解決しない。
むしろ悪化するだけである。
おおきく息を吐く。
「そもそも、何が不満なのだ。まさか本気で娘と結婚できると思っているわけではあるまい」
自分の娘を手込めにする父親とか、どんな鬼畜だって話だ。
もし本気でそんなことを考えているなら、そのときは私がこの男を斬って捨てる。
(将来の)義父殺しの罪を背負ってやろうではないか。
「愛する娘をこんな優男に嫁がせたくないってのは事実ですがね。俺が気に入らねえのは、本人をすっとばして俺んところに頭下げにきたってことですわ」
でかい身体で真面目そうな顔をするロバート。
「…………」
私は二の句を繋げなかった。
「騎士としちゃあ、貴族としちゃあ当たり前のことでしょうよ。けどねえ、俺は娘の亭主が、べつにお偉いさんであってほしいなんて思っちゃいねえんですよ。騎士の義務。貴族の務め。若、あんたそんなもんでうちのメイリーを縛るつもりですかい?」
真剣な、父親の目。
戦槌で頭を殴られたような気分だった。
私は騎士としてメイリーを娶りたいと申し出た。
一人の男としてではなく。
それが当然だと思っていた。
婚姻とは家同士がするもの。
ロバートはそれを承知の上で問うているのである。
「……悪かった。ロバート。私が間違っていた」
深く頭を下げる。
「その上でお願いする。メイリーに告白する機会を与えてもらいたい、と」
「え? やですよ? なんで若なんぞに、うちの娘をくれてやらにゃならないんで?」
「…………」
こいつめんどくせえ。
もう斬っちゃおうかな。
私が不穏当な決意を固めかけたとき、
「あれ? 兄ちゃん。きてたの?」
当の花嫁候補が、父親の部屋に入ってきた。
「……メイリー。兄ちゃんはやめなさい。私たちはもう子供ではないのだから」
「なにいってんの。兄ちゃんは兄ちゃんでしょ。姉ちゃんになったの?」
「いや、そういう意味ではなくてな……」
だめだ。
通じていない。
私の言っているのは、そういう意味ではまったくないのだが。
どうしたものかと悩んでいると、声を殺して笑っているロバートが視界の隅に映った。
本気で斬りたい。このオヤジ。
「ていうか父ちゃんはなんで笑ってんの?」
メイリーがきょとんとする。
「き、きにすんな。た、ただの思い出し笑いだ」
息も絶え絶えだ。
あれ? これはチャンスではないか?
いまならくそオヤジも邪魔はできまい。
ロマンチックなムードはまったくないが、兵は巧遅よりも拙速を尊ぶ。
悪いが、ここで決めさせてもらうぞ。ロバート。
「メイリー。私の妻になってはくれまいか」
一瞬、驚いた顔をしたメイリーが、私の方へと歩み寄ってくる。
ふ。私の勝ちだ。
「兄ちゃん。疲れてるんだよ。仕事忙しいのは判るけどさ」
背伸びして、ぽんぽんと肩を叩く。
えー? なにそれー?
「兄妹で結婚なんかできるわけないでしょ」
「ちょ、おま、なにを言ってるんだ。私とお前とは血が繋がっていないだろうが」
「へ?」
へじゃねーよ!
こんな似てない兄妹いねーよ!
髪の色も目の色もぜんぜん違うだろうが!
ついに我慢できなくなったのか、ロバートが腹を抱えて大笑いをはじめた。
ちくしょうちくしょう!