城なしと誇りなきオオカミ ~俺と出会う少し前まで編~
その昔。
神さまは、太陽系を複製してこの世界を創造した。
だから太陽も月もこの世界に存在する。
生物なんかも複製したものだから、地球に存在した生物は大体存在したりする。
それは人間も例外じゃあない。
しかし、地球に存在しなかった生物、“魔物”なんてモノを創造した時、人間が住むには相応しく無い環境になってしまったそうな。
最初期の魔物は今よりもずっと凶悪だった。
魔物の強さに不具合があったからだ。
第一世代の人間は、試験的な意味合いが強かったので、かなり甘めに力を与えられていたのだが、それでも魔物に打ち勝つことが出来ずに苦戦する。
人類を中心として造り上げた世界で、人類を敗北させるわけにはいかない。
神さまは慌てて人々を一時避難させるために空飛ぶ島を用意した。
これが城なし。
そして、オマケ程度の守護者として毛むくじゃらを生み出し、城なしに見えない鎖で縛り付けた。
これが自称誇りなきオオカミだ。
これはそんな二人……。
いや、一匹と一島のお話。
ある日のお昼をちょっと回った頃。
毛むくじゃらは怠慢この上なく、腹を空へ向けてゴロゴロしていた。
確かに誇りなんて見受けられないわ。
完全にワンコだもん。
しかし、それも仕方の無いことか。
魔物は空を飛ぶことが出来なかったため、城なしは平和だったのだ。
そんな平和を腹で表現する毛むくじゃらのところへ子供たちがやってくる。
第一世代の人類だけあって、毛皮を巻いただけの格好をしている。
言ってしまえば原始人だ。
「ワンコー。ゴハンだよー」
「えっ、ボク食べ物食べる必要ないんだよ? それにその手に持ってるの泥ダンゴたよね?」
「ゴハン食べてくれないの……?」
おっと、これは究極の選択だ。
まさか、この時代におままごとが既に存在していたとは。
はてさて、毛むくじゃらは泥ダンゴ食べて期待に応えるか、はたまた食べずに悲しませるか。
正解?
食べるふりでいいんだよ。
本当に食べるのはお腹にも教育にもよろしくないから絶対にダメだ。
まあ、まさか本当に食わんだろうが。
「た、食べてみせるとも!」
「おっ、美味しい?」
「んー……? ジョリジョリして斬新な味わい」
食べちゃったかあ。
泥ダンゴ食べる子に育ったらどうするんだ。
いや、それはないか、泥ダンゴ咀嚼する毛むくじゃら見て、子供たちの顔がひきつってるもん。
「ワンコ本当に食べたー!」
「ばっちい!」
「最低だー」
なんと、既に衛生概念が存在した。
それが周知されているということはしつけや教育もまた存在するのだろう。
「ええええ? じゃあ、なんで食べさせたのさ!」
「食べるけど食べないの!」
「そんなのもちらないの?」
「ワンコおバカだなー」
そんなやり取りを見てとるに、人間大して時代によって変化なんてしていないようにも思える。
「理不尽だ! あんまりバカにすると食べちゃうからね。ガオー!」
「「「わー! にっげろー!」」」
毛むくじゃらをからかうだけからかうと子供たちは帰っていった。
ワンコもオオカミもガオーとは鳴かんだろうよ。
でも、毛むくじゃらは嬉しそうだな。
構ってもらうのが大好きなのか。
「ボクばかり、構ってもらえてズルいよね?」
毛むくじゃらは、子供だちが去っていった方を見て目を細めながらひとりごちた。
しかし、それに応えるモノがいる。
『……』
城なしだ。
「えっ、泥ダンゴ食べたくないからいいって? アレはボクだって食べたくないよ……」
そして、城なしの言葉を理解できるのは、世界でただ一匹。
この毛むくじゃらだけなのだ。
一匹と一島は、毎日そんな平和な人々を見守って過ごしていた。
しかし、そんな平和も長くは続かなかった。
なんて事はなく延々と平和は続く。
そう、“平和”だけは。
神さまによる不具合の排除と再調整が終り、人々は地上へと移ることになった。
城なしは地上に下ろされ、人々は荷物をまとめて去っていく。
「じゃあ、行ってくるね。ワンコ、ばいばい!」
「うん。行ってらっしゃい」
そんな人々を毛むくじゃらは、しっぽ振ってお見送りする。
そこに寂しさも哀しみもない。
なぜなら、帰ってくるものだと信じていたからだ。
それに彼らには例え離れていても様子を伺うことが出来る。
「ふふっ。あっかなビックリしなから、地上を探索してるよ?」
『……』
「心配かい? でも、いつかはやらなきゃ行けないことだからね」
『……』
「うん。困ったらまたここに戻って来るはずたから待っててあげようね」
しかし、彼らのところに人々が戻って来ることはなかった。
何故ならずっと平和だったからだ。
それからかなりの年月が過ぎた。
それこそ、毛むくじゃらに泥ダンゴ食わせた子供たちの子孫すら追いきれないほどに。
「誰も来ないね」
しかし、城なしは応えない。
いつの日からか城なしは心を閉ざしてしまっていた。
人類はあまりにも彼らを放置しすぎたのだ。
今や城なしは大地と一体化し、面影はなくなってしまった。
「ボクも君も人には必要が無くなっちゃったんだね」
しかし、城なしは何気なく彼がこぼした言葉に最後の反応を見せた。
『……』
「えっ、今なんて?」
まさか、言葉が帰ってくるとは思いもよらず、彼はその言葉を聞きそびれた。
ゴゴゴゴゴ……。
城なしは空へと浮かび上がった。
何故何の為に浮かび上がったのかはわからない。
ただ、それきり、ぐるぐると星の周りを回るだけ。
それでも、毛むくじゃらは城なしに語りかけ続けた。
「じゃあ、どうしてボクたちは消えて無くならないんだろう」
彼はその疑問の答えにたどり着くまでに10年の月日をかけた。
「あっ、神さまにも存在を忘れられてるんじゃ……」
そう。
不具合が不具合を呼び、未だにその対処に追われ、神さまも当に忘れていた。
「でもでも、人は進歩してるしいつかは空だって飛べるようになるかも知れない」
「そしたらきっと……」
しかし、100年経っても誰も来ない。
「だから待ってれば……」
200年経っても誰も来ない。
「……」
彼もまた、語りかけるのを止めてしまった。
「……」
それでも、500年は待った。
「もうボクも疲れちゃった……。少し眠るね。気がむいたら起こしてよ」
そういって彼は、目頭を肉きゅうでぬぐうと丸くなって眠りについた。
とうとう孤独に堪えられなくなったのだ。
期待するが叶わない。
更に期待することで励ましてきたが限界がやって来た。
少し眠ると言った彼だが、その眠りはもう目をさます気が無いほど深いものだった。
そして城なしがこの星の周りを、ぐるぐるとバターになるんじゃないかってぐらい回った頃。
人々が彼らを忘れて以来、初めての人間がやって来た。
そう、俺である。
しかし、毛むくじゃらは起きない。
俺が倒れこんで眠りにつき、しばらくしたところでようやく目をさました。
「うーん。寝すぎた気がする。体が乾燥してかさっかさだよ。ホコリまみれだし。お水浴びよう……」
この毛むくじゃら、いったいどんだけ寝てるんだ。
かさっかさどころか、体積が三分の一になっているじゃないか。
そのまま敷物に出来るわ。
あっ、水浴びたら膨れた。
乾燥ワカメみたいでやだなあ。
「はー、サッパリしたー……。ム? ムムム!? 人間が寝てる!?」
城なしの上で横たわる俺を見つけた毛むくじゃらはビックリして腰を抜かして後ずさった。
いやいや、驚きすぎだろう。
しっぽお股に挟んじゃってるもん。
お前のオオカミ成分どこいった。
「違うや……。羽生えてるから魔物だね。そんな人間見たことないもん」
あぁ。
しょげて寂しそうなため息を吐かれると申し訳なくなる。
ん……?
申し訳あるぞ?
俺は魔物じゃない!
「魔物ならやっつけなきょ!」
あっ、噛んだ。
カッコ悪いなあ。
もうちょっとオオカミらしく出来ないのかね。
「あれ? でもボク魔物と戦ったこと無いぞ?」
一度も役割を果たしていない事実に気づいてしまった毛むくじゃらは固まった。
戦ったことが無いってことは平和だったって事だから凹む必要ないと思うんだが……。
まあ、そんな頼りない城なしの守護者はなんとか気をとりなおすと、どうするかうんうんと悩んだ。
そして、何やら思い立つと、取りあえず侵入者である俺を食べてみる事にした──。