襲撃 (下)
「私か?」
頭領の娘が剣を抜くが、海賊はそれを手で制し、下がらせるように小言を言う。
意外にも娘は、素直に部屋から去っていった。
ただならぬ雰囲気をお互いから感じ取ったのだろう。
私の短剣を持つ手にも、自然と力が篭められた。
しかし、いくら魔法で体力を回復させても、即席で体力以外を回復させる魔法は使えなかった。
手を酷使し続ければ皮膚は磨り減り、長時間振り続ければ痛みが走る。
さっきの踏み込みだって、普段ならもっと瞬発力を活かした速度が出ただろう。
そろそろ限界が近かった。
私は不利を悟ると、とっさに部屋の端まで距離を取った。
「自分が名乗らないのに、失礼に失礼を重ねる奴だな」
物腰には少しだけ気品があった。
確実に言えるのは、それは騎士の剣だ。
顔や服装は海賊なのに、立ち振る舞いは立派だった。
「その様子だと、もう他の島は壊滅したのか?」
私の返り血で濡れたマントは、もう乾いてカピカピしている。
それが何より、殺した人数の多さを雄弁に語っている。
「その剣に心当たりは無いが……、国軍の関係者だな?これだけの功績、噂に聞く暗殺部隊の奴らか」
「……」
別に、黙秘のつもりで語らなかった訳じゃない。
相手は、適当な誘い口上で、墓穴を掘るのを期待しているのだろう。
この場を生き残るだけの自信に裏打ちされた、実力を有しているのが厄介だ。
「語らぬか。では、もう用はない。死ね!」
スピードは私ほどではない。
しかし、一足で五メートルは詰めて来るのであれば、あと一秒もせずに肉薄するだろう。
体つきは大きいのに、突撃してくる先端の刀は細かった。
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短剣は、魔法適正が高い金属で作られた場合、魔法使いが使う杖の代わりになる。
杖を使えば、魔法と魔力の変換効率が大変良くなる。
それが何故なのかは、分かっていないのだが。
普通に考えれば電気伝導率が良い素材を使ったとしても、電気が導線を通るまでに、多少の抵抗によって阻害されるはずである。
魔力を、電力と同義な力と捉えるなら、杖のような木材や魔法適正の高い金属を使っても、阻害にしかならないと思える。
しかし、現実には『何故か』魔法として顕現する力は、杖を使った方が効率が良いのだ。
それは、もしかしたら外部に魔力を放出する過程で、杖を使った方が『浪費』される魔力が少なくなるのではと、この世界の研究者は語る。
閑話休題
なぜ、このような話をするのか?
私はいつものように、左手を背後に隠している。
そして、今回用に準備した安物の短剣ではなく、いつも私が持っている短剣を握っているから。
ただし、普段の仕事で使うものではなく、趣味で購入したもの。
それは、魔法適正の高い、儀礼用の剣でありながら、業物でもある高価な剣。
それを静かに抜き放つ。
剣を受けるのは右手の短剣だが、左手の剣で魔法を発動する。
だが、男は予想していたかのように、横なぎに蹴りを放ってきた。
何かをすると感じたのか、折角詰めた距離を離してきた。
「何をするつもりだ?」
よく喋る奴だと、私は思った。
相手を殺すのに、言葉など要らない。
剣か魔法のどちらかが、あればいい。
もしくは、道端にある大きめの石でも良い。
「驕ったな。私はこれでも…………魔法使いだ!」
距離を離したのは間違いだったと、悟らなければいけない。
もちろん、先程は近距離に魔法を使うつもりだった。
しかし、距離を離した方が選択肢が広がる。
「……!」
横腹を蹴られ、脳に痛覚が信号を伝えてくる。
しかし、今の私は重力の抵抗をあまり受けないので、相手が想定しているよりは飛ばされた。
相手は私が魔法使いと言った瞬間に、顔色を変えた。
それまでどこか、余裕があった表情を、緊迫したように変える。
「眠れ」
男の周囲、その尽くの酸素を焼いた。
皮膚が焼かれ、喉が焼かれ、肺が焼かれ、呼吸も出来ない様相だった。
「ぐぁ……」
くぐもったような悲鳴が漏れて、私の方にも熱気が押し寄せてくる。
鼻までを覆うように、袖の服で口元を隠すと、急いで部屋の入り口まで脱出する。
そして、男は倒れた。
入り口を出ると、さっきの娘が居た。
私が無傷で出てくるのを見て、次いで部屋の中を見ると、父親が死んでいるのを見つけたようだった。
「あ……お父様……?」
驚愕に目を見開いて、私の存在すらもう眼中に無かった。
まさか、父親が負けるなど、草の根ほども考えていなかったようだった。
私は、ただその姿を眺めると、父親に縋ろうとする娘の背後から、横一文字に切り殺す。
悲鳴はない。
慈悲もない。
これが、賊に身を落とした者の末路だと、知らしめるように。
残りの仕事を憂鬱に思いながら、私は娘の部屋に足を運んだ。
そして、娘の日記と一つの巾着袋を懐に収めると、この屋敷に火を放った。
「殲滅戦だ」
疲れた表情を押し殺しながら、誰に向けるでもない笑顔で、軽快に足を躍らせる。