襲撃 (上)
私は麻袋に短剣を詰め込んで、帰りに着る服と、返り血を拭う為の手ぬぐい、必要なものを詰め込んだ。
麻の袋の中にも、いくつか袋が入っていて、帰りに使い終わった武器などを仕舞っておく為のものも用意してある。
無人島と思われていた島々の、その中の一つに降り立った。
飛行の為の魔法と、透明化する魔法を同時に行使しながらも、魔力の消費は魔石が代行していてくれる為、いつもより使用に負荷を感じることはなかった。
「今まで使ったことはなかったけど、一個くらい持っておこうかな」
首飾りで、先端に石を嵌めるようにアクセサリーにした魔石。
これなら、戦闘中も落とす事はないようにと、簡単に加工したもの。
服の下に隠れているが、魔力を使う際に、ほんのりと光を出している。
雨は止んだが、海の上はいまだに荒れている。
私が見下ろすのは島の入り江の、その先に続く海の波。
島の岸壁に波がぶつかると、入り江に轟音が響く様子が、荒れ模様の強さを表していた。
魔法の行使にも、自然現象の中では抵抗が大きかった。
風は強く飛行の際にも、指向性の持たせ方に気を使う必要があり、魔力の消費がいつもより多い感覚があった。
やはり魔石を注文していて良かったと、ここでも実感した。
海に落ちれば、波に飲まれる以外にも、漂流物に巻き込まれ大怪我をするのは必定だった。
「朝日が出てきた」
無理をして、雨が上がった直後に飛行した。
その理由はいつもより海流が荒れることが、予想できたから。
逃がさないように、逃げられないように。
そうして、私は船の周りの見張りを数えていた。
船の中に3名、入り江の波が届かない範囲にあった建物の中に数名。
建物の中はさすがに入ることが出来ないので、人の気配の有無だけを確認している。
マントを羽織り、腰の部分には左右に4本の短剣が挿して有る。
麻袋は木の上に隠し、予備とは別に抜剣済みの短剣を左右の手に持っている。
人数が圧倒的な敵に対して、少なくとも一人では身に余る数ではあった。
故に、敵が最も警戒していない時間帯から、移動手段を潰したり、狭い範囲から出られないようにする。
そういう意味では、小さい島というのは、外敵から身を守り易い反面、閉じ込められたら逃げ切れないな。
そうして、私は透明化を解いた。
敵の背後で、剣を振りかぶりながら。
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首を綺麗に刎ねるには、少しばかりコツが居る。
私も最初の内は、死刑囚とは言え、殺すのに手間取って苦しませたことがある。
「な、何者だ!」
背後、振り向く素振りでもう一人の首を飛ばす。
武器を持っていたが、関係ない。
それなら、大声で助けを呼び、女だからと油断せずに逃げればいいものを。
折角の迎撃の機会を一つ逃した敵に、同情した。
人は、自分の知らない速度で迫られれば、焦点が合わず近づかれたことさえ気付けない。
そして私は、武器を構える相手の手を右手の短剣で切り落とし、左手に順手で構えた短剣で首を刎ねる。
一瞬で見張りは全員殺した。
当直用の小屋に入ると、大抵の者は寝静まっており、外に出ていたのが交代で起きていた者であることが認識できた。
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その日、前日の雨の影響で、船の見張りは憂鬱だった。
雨の日には、錨が降りていない場合など、間違って海に船が流されることがある。
その為、常に船内に三人は残しておくことになっている。
もちろん、そんな事故を起こす者は皆無だが、錨を繋ぎ止める為の鎖が破損し、海上に流されることもある。
船は滅多なことでは転覆しないが、そんな有事を想定して、常に船に乗組員を用意している。
三人では少ないが、それでもぎりぎり立て直せる人数でもあった。
俺は船の上に居たが、少し血のにおいがした。
そして、その方向へ走っていくと、仲間が二人殺害されていた。
「な、何者だ!」
口に出た言葉が、最後の言葉になるなんて、俺は思っていなかった。
振り返った者は、髪が綺麗な女だった。
頬にはたった今、切り殺した仲間の血と思われる液体が、一筋だけ流れていた。
武器を持つ手に力が入った。
だが、それを振る暇なんて、残されてはいなかった。
痛みはなく、右手が痺れたように感覚が消えた。
目でそれを追おうとしたら、今度は視点がずれて動けなくなった。
女は、俺の目なんて見ては居なかった。
その時には、背を向けて興味を失っていたようだった。
何も考えられなくなってきた。
脳が訴える痛覚は既に遮断されていて、何も感じなかった。
手足が動かせないのではなく、手足と頭が離れてしまったのだと、自分の体を見てしまった。
そして、俺は死んだのだ。
気付いてしまったら、意識を保てなかった。
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船の内部で徹底的に魔法を使った。
出来る限り致命的になるように、爆発させて、内部から外に繋がる穴を開けた。
燃やすことはしなかった。
狼煙となれば周囲の島々へ、この島で何かあったことが露呈してしまう。
幸いにして、風は強い為、音が外部へ漏れる心配もあまり無かった。
入り江になっている事で、音が外に漏れにくいというのもある。
町となっている所へ出れば、人っ子ひとり歩いてはいない。
当たり前だ、まだ日が出たばかりで、朝食の準備に薪を焚いている所が、数箇所あるかないか。
「因果応報とは言うけれど、じゃあ、私が行った因果は、いつか私に返るのかな?」
一人、楽しげな気分になったので、呟いていた。
海賊は、海ではなく陸へ襲撃を行ったことで、運悪くミシェルや私が町に来たタイミングで、こうして殲滅されようとしている。
因果応報とは、悪い行いの結果、報いとして自分達が酷い目に合わされるという言葉である。
そう言う意味では、私はどんな災厄が待っているのか。
もう分からないくらい、殺しを行ってきた。
「誰か、死神でも連れてきてくれれば、戦ってみたいものね」
両手の短剣に篭める力を、少しだけ強くすると、まずは手っ取り早く一軒目の建物に入る。
正確な地図は頭の中に入っていて、紙でも用意はしているが、襲撃の手順はもう何度も想定していた。
淀みなく、寝ている男、寝ている女、寝ている子供や稚児、老人や子供まで。
多少の狩り残しはあるかもしれないが、まずは人数という最大の強みを消していく。
概算、一つの島に百五十人程度。
それが合計三つあり、海賊としてはそこそこの規模と、勢力である。
実戦力が、子供や動けない老人を除けば、一つの島に70~100人程度だろうと思われる。
船が合計で10個ほどあり、財貨もかなり溜め込まれていたが、それに興味はなかった。
まずは130人を殺した。
短剣二本だけでは足りなかったので、腰に刺した予備の左右四本、計八本の内、既に2本が切れ味が悪くなっていた。
そして、時間も朝食時になりそうな頃、ふたつ目の島に降り立った。
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麻の袋には短剣が何本も入っていて、損耗した本数を改めて補充すると、私は使い終わった剣を麻の袋に入れて、飛行中に海の深間に落として捨てた。
浅瀬では拾われる可能性もあるが、これならば誰も見つけられないだろうと。
それにしても、130人を切り殺すのは、そこそこに疲れる作業ではあった。
さすがに、一人で追加でふたつの島々を襲撃するのは、少し無茶だったかと思ったが、魔力で体力を補った。
さすがに「体力」という曖昧な指定をしたせいで、飛行や透明化よりも多い魔力を消費してしまった。
それでも、魔石が蓄える魔力の量からすれば、雀の涙程度なので、取るに足らない出費だった。
「いやあああ」
女性や子供の声が木霊する。
それは朝食時であったし、空は早朝に比べて曇り始めていたが、それでも前日に比べて乾いた風が吹けば、遠くまで音が届くような状況だった。
3割ほどの民家を音も無く処理は出来たが、それでも外を歩く者も多くなってきていて、異常に気付く者が現れはじめた。
住民の統制は取れてはいないが、男性が徒党を組んで、私に向かって来るのが見えた。
ざっと50人ほど、私が殺した人数から言えば、多分そのあたりが残る最大戦力では有ることが伺える。
しかし、徒党を組んで、進軍してきてくれる。
これは、幸運以外のなんでもなかった。
ちらほらと弓を持った者もいるのが見えたので、私はさっと、建物の角を曲がると同時に、姿を透明化させた。
私は高速で背後を取るように移動すると、燃焼を促す魔法をその場で、自身の想定する最大出力で、50人を巻き込むようの「酸素」だけを集中的に燃やし尽くした。
すると何が起こるのか。
もちろん、熱で焼け死ぬ者も居るが、空気中の熱で肺が焼かれ苦しむ者が大半。
全員が酸素が無い事で、意識を失い、呼吸できないことにもがき苦しむ。
苦しみに目が覚まされ、覚めてもまた気を失い、地獄絵図と化している。
長くはないだろうが、今日中に死ねれば幸運だろうと思う。
少なくとも、看病されなければ、死ぬだろう。
強い巻き込むような風が起こり、酸素濃度が周囲と平均化された事で元に戻る。
しかし、燻った火が酸素を得た事で、残留魔力の助けも借りて火をおこし続ける。
熱で近づく事が出来ないので、私は止めを刺さずにその場を後にした。
残った民家、そこから男手のなくなった家庭に侵入すると、その尽くを殺しつくしていく。
そして、最後の一人は涙を流しながら、私を睨み付けるしかできない女性だった。
声を出さずに死んでいったが、苦しめるつもりなど最初からない。
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最後の島は、海賊の頭領が居る島だった。
船の周りには、幸いにして人が見張り程度しかいなかった。
前日の雨では、海が治まるまでは、海には出ないだろう。
透明化しながら、私はそれまでと同じ手順で、移動手段を潰していく。
そして、見張りや、直近で武装している者たちを出来る限り静かに殺すと、そこで予備の短剣は残り四本になった。
握力は少しだけ限界になってきたので、首を切り裂き、致命傷を与えるだけ与え、悲鳴を気にせずにとりあえず殺していく。
そして、一番豪華な邸宅に真っ先に行くように、通行している者を殺しながら騒ぎを大きくしつつも、頭領の首を取る事を最短の目標にする。
「敵襲だ!敵襲!」
到着する頃になれば、頭領の屋敷の周りには人が集まっている。
だが、私の姿は見えず、私も草むらを走り血の跡が極力見えないように近づいていく。
前に、侵入したことがあり、詳細な建物の図もある。
そして、高く飛び、急降下する中で建物に入った。
これで、肉壁が周囲を覆うだけの、無防備な状態にまで落とし込んだ。
処理するのは敵首領を取った後、じっくりと殺す。
そこで、私はわざとらしく透明化を解いた。
そして、居間となる場所へ窓を突き破って入ると、そこには海賊の頭領とその娘がいた。
厳つい顔をし、切り傷の痕が残り、いかにもな風体の大男だ。
じろりと、視線だけを私の方へ向け、剣を引き抜いて向けてきた。
「何者だ?」
陳腐な台詞だった。
だが、雰囲気だけ言えば、カリスマ性が無い訳ではない。
これだけの規模の集団を取りまとめる頭領だけの事はある。
「名乗る名など、無い」
一足で十メートルはある距離を詰めるが、男はそれに応戦してきた。
「ほお……」
返す刃で、私は思わず力負けしそうになる。
それでも、耐えられないほどではない。
「貴方こそ、何者?私の剣を受けるなんて、ただの賊であるはずがない」
力量で言えば、よく訓練された騎士や、噂に聞くような剣聖と呼ばれる武芸者に近い。
不意を打つ私の剣は防がれたが、逆に言えば防げるだけの、武芸の心得があった。
正面から討つには、私の精神的な疲労具合が限界に近かった。