宝箱
あたしは海賊の娘。
海賊がどのようなものか、理解はしている。
略奪の手伝いもするし、やむを得ずとは言え、殺しの経験もある。
「エマ、今日の収穫だよ」
父は略奪した宝石の中で、売れない物か、扱いに困る物を譲ってくれる。
多くは結婚指輪や、高すぎる宝物がそれに当たる。
流すルートはあるが、流せる金額には限界がある品である。
「綺麗ね」
名前が彫られた婚約指輪で、男性用の銀製指輪。
あたしは使わないが、綺麗な巾着袋に仕舞い、時々眺めるのが趣味だった。
この指輪は1年前のもの。
その日は、珍しく『狩り』に同行できなかった。
お土産は期待しろと言われていたが、皆の顔色が不気味だった。
ある者は思いつめたように。
ある者は機嫌が悪そうに。
海賊には、海賊の流儀がある。
一つ、不用意に人は殺さない。
一つ、財貨は盗んでも船は壊さない。
一つ、軍船には近づかない。
一つ、貴族の船には近づかない。
長く生き残るための不文律。
だが無法者に代わりなく、抵抗があれば殺す。
流儀より優先すべき利益があれば、もちろん背くこともある。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
宝石が散りばめられ、金と銀の糸で編み込まれた巾着袋。
その中に入った宝石を机の上に並べている。
この袋も盗品だが、気に入って、父に譲ってもらったのだ。
どんな思い出があるか、それは奪う側には関係がない。
見て、楽しめればそれで良い。
「だからと言って、着けてみたいとは思わないけど」
それは、気持ちが悪かった。
大半は生きたまま、隠してある宝物か脅迫して奪われた物。
だけど、稀に死体から取られた宝物もある。
あたしは、笑顔でそれらを眺めている。
たった一つ、海賊の娘でよかったと、思える瞬間の一つだった。
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「……」
趣味の悪い部屋、趣味の悪い屋敷。
挙句の果てには、趣味の悪い住人達。
ここは海流が激しく、船では近づく事が困難な島のひとつ。
昼間に空から見下ろして、詳細な地図を作り、夜間に見回り、狼火(灯り)が見えた島に印を着けた。
それを再度、昼間に巡っている最中。
本来、この辺りに人が住む島は、無いと聞いている。
故に、その全てが海賊の根城であり、船を着ける入り江があった。
手配書が回っている海賊旗が、そこかしこに有ったのだ。
詳細な地図を、空に飛び上がって作り、地に降りて、実際の襲撃ルートを定める。
首領の屋敷を探しながら、武器庫や重要施設を調べ上げる。
もちろん、ここで殺して回ってもいいが、下手に残党が出れば、いずれ災禍の火種になる。
下調べをきっちりし、出来る限り、殲滅しなくてはいけない。
調査は丁度、当初の予定通りの三日で済んだ。
だから、一旦帰ろうと、そう思った。
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私は、エミリーが部屋に戻って来たのを確認した。
初日以来、金髪で通しているエミリーは、とても目立つし、とても可愛かった。
同性でも、目を引くその姿は、普段から髪を染めれば良いのにと、思うほどだった。
あんまりお酒を飲ませすぎると、弱気なエミリーが見えて楽しい。
この旅行で、親睦を深めようと考えていたが、目的は少しは達成できたと思う。
「戻った。これが報告書よ」
調査開始から三日。
エミリーは三日で済むと言ったが、私は半信半疑だった。
漠然とした居所は分かっても、敵の本拠地や規模まで、全く掴めていない状態であったのに
「え?嘘でしょ?」
そこに書いてあった内容に、私は驚愕した。
潜伏場所の地図、首領の屋敷や人数の内訳。
船の停泊場所と数、主要施設の規模や、男女比まで、襲撃に必要な情報が全て詰まっている。
船の数に至っては、夜と朝に確認したと書かれており、外出中の船や人員があっても、誤差は少ないだろうと書かれていた。
「よく調べたわね」
絶句するしかない。
こんなに細かく、情報も精査されている。
やはり、私の部署の同僚になって欲しいくらいだ。
「で、いつ襲撃する?」
明日以降であれば、いつでも構わないと言う。
ただし、町の襲撃スケジュールは掴めなかったようで、一言だけ添えてきた。
判断が難しいが、早い方がいいかもしれない。
しかし、一方で役人の方も始末しなければ、原因が取り除かれたことにはならない。
「政治の方は、手を回している最中。海賊の方は明日からでも、始めちゃっていいわ」
エミリーは頷きを返してくる。
「天候を見て、一番良い日を選ぶから。明日は……雨が降りそうだから。止むまでは行けそうにない」
私もそれで問題はなかった。
そもそも雨の中では、海賊も海には出ないだろうし、エミリー以外じゃ船で島まで近づけない。
ただでさえ、気難しい海域なのに、拠点に選んだ海賊自身だって雨の日に移動は困難だろうと結論付けた。
「全員殺すけど、良い?誰か捕らえた方が良い?」
島には女子供も居ると情報にあったが、それも含めて全員という意味だと分かる。
禍根は残すと厄介であり、賊となれば報復も辞さない場合も多い。
「残さなくて良い。エミリーもその方が嬉しいんじゃない?」
幾分、エミリーは残酷な性格をしているし、殺害任務に至っては喜ぶだろうと、前回の任務で分かった。
期待に反する事もなく、唇を吊り上げるように微笑むと、エミリーはお酒に手を伸ばしていた。
「乾杯」
私も、お酒に手を伸ばした。
私の場合、実家に居た頃は、お酒を飲むのも仕事の内だった。
酔っても、貴族の集まる夜会で粗相があってはいけないし、お酒を辞すのも失礼にあたる。
その為の訓練を受けている。
「……乾杯」
エミリーも、少し機嫌が良さそうだった。
これは、仕事ぶりに期待しても良さそうだった。